GOOD TALK

激しい環境変化に対応できる組織・環境づくりが経営者の仕事だVol.7[2025年12月号]

アース製薬株式会社 代表取締役社長 CEO 川端 克宜
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アパグループ専務 元谷 拓

世間の非常識を常識に変えていく推進力が、経営トップには求められる。

アパグループ 専務 元谷 拓

虫ケア用品の「アースジェット」、「アースノーマット」、入浴剤の「バスロマン」、オーラルケアの「モンダミン」など様々なブランドの商品の製造・販売を手掛け、二〇〇五年から二十期連続増収を達成。今年(二〇二五年)に設立百周年を迎えたアース製薬株式会社。新卒としてアース製薬に入社、二〇一四年に若干四十二歳で代表取締役社長に就任、以来積極的な事業展開で会社を引っ張ってきた川端克宜氏に、アパグループの元谷拓専務がその経営観の真髄を尋ねました。
川端 克宜氏 Kawabata Katsunori
1971年兵庫県生まれ。1994年近畿大学商経学部(現経営学部)経営学科卒業、アース製薬株式会社入社。2011年役員待遇営業本部大阪支店支店長、2013年取締役ガーデニング戦略本部本部長を経て、2014年代表取締役社長に就任。大塚達也会長との共著に『BATON バトン トップを走り続けるためにいちばん大切なこと』(ダイヤモンド社)がある。
「困りごと」で商品を開発
「悩み解決企業」を目指す

元谷 今日はグッドトークにご登場いただき、ありがとうございます。また八月二十六日に設立百周年を迎えられたとのこと、おめでとうございます。今年は、何か新しいことにチャレンジする節目の年になるのでしょうか。

川端 ありがとうございます。これは社員全員が理解していることですが、アース製薬という会社は、どちらかというとコツコツ実績を積み上げる会社です。それもあって、これまで八十周年も九十周年も、何もやっていませんでした。ところが四年前、商品ブランドの整理を始めたら、その時が九十六周年ということがわかったのです。過ぎていたら無視したのですが、その前にわかった以上は、百周年の節目として何かやろうと。ここまで会社が存続したのもお客様や得意先様、取引先様、社員や社員の家族の血と汗の結晶だということで、関係者皆で喜びを分かち合える百周年イヤーになればと考えています。具体的な事業としては例えば、発祥の地である兵庫県赤穂市のJR播州赤穂駅の駅名標に「アース製薬発祥の地」と加えたり、市内にアース製薬の商品をデザインしたマンホールを設置したり、お客様向けの販促キャンペーンを実施しました。

元谷 多くの企業が短命に終わる中、企業として百年間生き延び、さらに優秀な人材を育てて成長を続けているというのは、素晴らしいことだと思います。川端さんは、アース製薬ならではの強みは何だと考えていますか。

川端 私はアース製薬を「悩み解決企業」だと思っています。いつも言っているのは、社員である前に一消費者であることを大事にして、商品開発を行うということ。生活していく中での困りごとを、商品を通じて解決していくのです。こんな単純なことを、意外と多くのメーカーが出来ていません。

元谷 また川端社長は二〇一七年に「殺虫剤」という言葉を止め、「虫ケア用品」に変えました。これはトップの信念で行ったことだとお聞きしています。

川端 「殺」という文字に私は違和感があり、消費者調査でのネガティブな結果もあったのです。そこで社内の反対があったのですが、私の判断で変更しました。反対があったとしても、信念を持ってやらなければならないこともあります。誰が信念を持つかといえば、それはトップでしょう。また一九九〇年代に常識にとらわれない発想で、「ゴキジェット」や「アースジェット」といった高シェア商品を生み出した成功体験が、私やアース製薬に受け継がれています。この「常識にとらわれない」というDNAも、名称変更の原動力だったように思えます。

元谷 非常識を常識に変えて、後から振り返って正しかったと確信できる決断をしているのが、川端さんだと思います。

「期待値のハードル越え」が
お客様のリピートに繋がる

元谷 アース製薬には数々のヒット商品・ブランドがあるのですが、商品開発はどのような考えで行っているのでしょうか。

川端 先ほどお話しした「悩み解決」が一番大事ですが、後は「追求して尖らせていくこと」を考えています。色を徹底的に濃く、香りも徹底的に強くなど、振り切った商品に人気が出るようです。入浴剤「温泡 デカまる」も疲れている時に錠剤を二つ入れるという話から、さらに二個分だと他社もやるから二・五個分にしようと考えた商品です。そして一番大切なのは、使ってもらった時に期待値のハードルを越えること。この「越えた」感覚をお客様に与えることが、リピートに繋がるのです。アパホテルも同様で、泊まった時にどう思うか。私はアパホテルを良く利用するのですが、歯ブラシから枕元での集中コントロールまで完璧です。だからリピート客が多いのです。お客様目線と言いながら、実行していない企業が如何に多いか。きちんと実行すれば、普通に商品は売れていくはずです。

元谷 私が驚いたのは二〇二三年十月から、JR神田駅の発車メロディが「モンダミン」のCMソングになっていることです。駅名標にも「アース製薬本社前」が追加されました。これまであまりなかった試みですね。

川端 これは社員からの発案で実現しました。何事にも成功と失敗がありますから、自主性を重んじている以上は、提案は無下には否定しません。特に、「前例がないからやらない」という言葉は本当に嫌いです。

元谷 アパホテルは「前例がないこと」ばかりをやってきました。独自の工夫で一部屋のCO2排出量は他のホテルの三分の一。このような環境に優しい施策を、SDGsが盛んに言われる前から実行していたのです。

川端 突然CO2排出削減が表舞台に出てきたのですが、私達はメーカーとして、昔から工場改善の一環として行ってきました。

表現はそれぞれ異なるが
経営者は同じことを言う

元谷 お聞きしてきたような川端さんの思いが詰まった著書『BATON バトン トップを走り続けるためにいちばん大切なこと』が、昨年十月に上梓されました。

川端 元谷さんと違って、私は本を書くのが不得手なのですが、百周年記念事業としてやるということで。出版してみて気付いたのは、一冊の本にまとめることで、アース製薬のDNAが引き継がれていくということです。社員に強制する気はないのですが、「これ読んだら全部わかるで」という本が完成し、やってみたら悪くなかったというのが今の心境です。この三月には、他の二人の社長との共著で『サラリーマン社長の出世術』という本も出版しました。これらの経験を踏まえて知ったのは、経営者は言葉を変えているだけで、皆同じことを言っているということです。本当に共通点が多いですね。とにかくトップが受け身では「普段言っていることと違う」となってしまうので、『BATON バトン』の出版は、新しいことにチャレンジという気持ちで臨みました。この思いが全社に伝わっていけばいいなと考えています。

元谷 社長就任から十一年、困難な時期をどう乗り越えてきたのでしょうか。

川端 経営者はある意味繊細で、ある意味鈍感な人が多いと感じています。私もそうで、鈍感力でいうと、周りがピンチだという状況でも、本人は感じていないことがあったかもしれません。ただ、AIが登場し円安が進行した等ここ十年間の環境変化は、それまでの九十年に匹敵するぐらい激しかった。今後も環境変化に対応できる組織づくりと、それが可能な環境づくりが経営者の仕事だと考えています。これができれば、アース製薬は次の百年に向けて続いていけるはずです。

元谷 最後に、川端さんにとって商売とは何でしょうか。

川端 相手のあることなので、お互い嬉しいと思うことが重なっていけば、商売になって売上も上がっていくのではないでしょうか。東京オリンピックなどのオフィシャルパートナーも、相手に喜んでもらえるならばと参加しています。「オフィシャルパートナーで儲かるの?」と言われますが、目線がそこではないのです。即効的な広告効果ではなく、いずれ回り回って…という考え方でやっています。

元谷 そのような判断ができる、川端さんの懐の深さを強く感じます。今日は貴重なお話をいろいろとありがとうございました。

川端 ありがとうございました。