馳浩の永田町通信

2015年11月号 第183回そりゃないだろう

 自民党本部6階。
 エレベーターを降りて左に曲がると、広報本部長室がある。その奥には政調会長室。
 そして反対側には総務会長室。
 6階にはその他に、組織運動本部長室もあり、いわゆる役員室エリア、となっている。
 部屋に入ると女性秘書の小部屋があり、ガラスとびらを開けるとミーティングデスクや応接セットと共に私の机がデンと控えている。
 広報本部長になって何が嬉しいかと言えば、週に一度、安倍総理(総裁)に直接会って話しを聞けること。末席に座る私にももちろん発言権はあり、司会役の谷垣幹事長に促されて私見を開陳することもできる。
「イルカ問題、大きなことですよ!! 政府全体として整合性をもって対応して下さい。」
 と発言した時など、翌日からすぐに党本部で環境(自然保護)や文部科学(水族館の管理はなんと博物館法であり生涯学習政策局)や外務(条約)の関連部会が総裁指示のもと開催され、イルカの捕獲や食文化や水族館への引き渡し問題などについて整理された。
「なるほど。政府と与党の一体とは、組織とは、政治とは、こうやって動いていくんだな。権力の中枢にいるということは重大な責任がともなうんだな!!」
 とあらためて思い知った。
 総選挙のポスターを作成する時、安倍総理は、
「経済再生、この道しかない。」
 のキャッチコピーを数点の中から選ばれたのだが、
「経済再生より、 景気回復の方が、庶民にはなじみやすいですよ!!」
 と申し上げると、あっさりと、
「あ、そう?! じゃ、それでいこう!!」
 と拍子ぬけするほどスパッと決断された。
 統一地方選の全国ポスターを作成すると、
「ん〜? 『地方が主役』じゃ、あっさりしすぎだね。もうちょっと説明入れよう!!」
 と指摘され
「地方こそ 成長の主役」
 に決まった。
 リーダーの資質っていろいろあるのだろうが、この的確一語に対する瞬発力もその一つではないだろうかと思えてくる。
 春のゴールデンウィーク明けに
「そろそろ平和安全法制のキャンペーン広告を!!」
 と広報本部として決裁を上げたときは、
「イヤ、今のタイミングではない。野党は戦争法案とか違憲とか徴兵制などとレッテル貼りしてるからそんな挑発にまんまと乗ってはならない。様子を見よう!!」
 と広報の時期を探られた。
 この判断が正しかったかどうかは私も広報本部長として反省している。なぜならば、衆議院憲法調査会の与党参考人が、
「平和安全法制は憲法違反」
 と明言してしまい、以降、野党に攻め込まれる口実を与えてしまったからだ。これ以来、
「抑止力のために日米同盟関係強化」
「あくまでも憲法解釈の自衛の措置の範囲」
「力づくで領土の現状変更をしようとする勢力へのけんせい」
 との、法案の必要性とその歯止め論を展開する勢いをそがれてしまったように思う。
 そこで。
 衆議院を通過する前後から、総理には積極的にメディアに登場していただく事になった。
 とりわけネットメディアの重要性を意識し、自民党の独自チャンネル「カフェスタ」に五夜連続で出演していただいた。
 生放送。そしてニコニコ動画との連動。
 インタビュアーは自民党の女性議員。
 大沼みづほ、牧島カレン、丸川珠代の三名は、総理みずからが指名され、和やかな雰囲気の中でわかりやすく、存分に答弁された。
 広報の仕事とは、発信力を強化すると共に、事の本質をわかりやすく伝えることによって求心力を高めることにある、そう感じるようになった。求心力こそ政治力。
 そんな新米広報本部長にとって強烈なメッセージコピーについ最近接する事になった。
「アベ、バカかお前は」
 ……
 もう説明はいるまいが、国会前のデモ隊の群衆の中で、ひときわ元気の良い茶髪(金髪?)の大学生のワンフレーズである。
 二十歳そこそこの学生が、臆面もなくスピーカーでアジる単語として耳に残るし、マスコミにもてはやされて時代の寵児のごとく取り上げられている。でも、それでいいのか?
 強烈な発信力とともに、そのTPOがシンボリックであるがゆえに、残念ながらモラルと品位の求心力も披瀝してしまったように思う。もちろん、 徳のカケラもない表現力の。
「そりゃ ないだろう」
 彼のような日本人を恥ずかしく思ってしまうのは私だけだろうか。
(了)