BIGTALK

日本とフィリピンは 東アジアの平和と繁栄のため、 手を携えて協力しよう

テレビ局や電話会社、電力事業などを手がけるフィリピン有数の企業集団の総帥でありながら、駐日フィリピン大使に任命されたマニュエル・M・ロペス氏。日比関係の未来の姿までを存分に語って頂きました。

独立を賭けアメリカと戦うフィリピンを明治時代の日本は支援していた。
歴史的にも関わりが多い
日本とフィリピンの関係

元谷 本日はビッグトークへのご登場、ありがとうございます。ロペスさんはフィリピンでも有数のコングロマリットの総帥でありながら、ベニグノ S・アキノ大統領に駐日大使に任命された方です。フィリピンが日本との関係を非常に重視しているのがよくわかりました。

ロペス 今日はよろしくお願いいたします。元谷代表がおっしゃる通り、フィリピンは日本との関係を非常に大切にしています。文化的にも経済的にも、一緒にお互いを高めていくことができる仲間だと考えていますから。理想のパートナー同士ではないでしょうか。

元谷 それは私も同感です。

ロペス 駐日大使としての私の仕事は、両国の関係をもっと深めていくことです。今、年間四十二万五千人の観光客に、日本からフィリピンへと来ていただいています。これももっと増やしていきたい。代表にもいろいろと協力していただければと考えています。

元谷 もちろんです。実は六月二十六日から三泊四日で、私達はフィリピンのマニラを訪問してきました。戦跡や旧日本兵が収容されていたモンテンルパ収容所、初代大統領の生家を中心とした施設、アギナルド・シュラインなどを巡りました。また以前日本の私の家で対談を行ったことがある元下院議長のホセ・デベネシアさんともお会いしてきました。今度は逆に家に招いてもらって、食事も用意してあったのですが私の方に時間がなくて…。また同じく日本で対談をしたことがある元観光大臣で今は赤十字の総裁のリチャード・ゴードンさんとも約束をしていたのですが、彼が渋滞に巻き込まれ次の会議の時間になってしまったため、お会いできませんでした。

ロペス それは残念でした。

元谷 今回のマニラ訪問で感じたのは、今日の独立国家となるまでのフィリピンの苦難の戦いと、その過程における日本の関わりの深さですね。ロペスさんのおっしゃる通り、フィリピンと日本はもっと連帯感を強めていくべきだと思い、日本に戻ってきました。

ロペス フィリピンがなぜ今日のような発展ができたかというと、戦後一貫して常に前へ前へと進んできたからです。このフィリピンの経済成長を日本は投資や技術援助という形でずっと支えてくれました。私達は日本に非常に感謝しています。

元谷 日本は明治時代から、フィリピンのスペインからの独立を支援していました。例えば、フィリピンがアメリカと戦った米比戦争の最中の一八九九(明治三十二)年、武器と共に独立革命に参加しようとした日本人志士を乗せた布引丸が長崎から出港しています。途中暴風雨のため、無念にも沈没してしまったのですが。この頃からの百年以上にもわたる連帯感が、日本とフィリピンの間にはあるのです。

ロペス おっしゃる通りだと思います。さらに古い時代の結び付きもあります。そのひとつがキリシタン大名として知られる高山右近です。晩年彼は一六一四(慶長十九)年、徳川家康によるキリシタン国外追放令を受けて、三百人のキリスト教信者と共にマニラに到着しました。敬虔なキリスト教徒として名が知られていた右近は、フィリピンで歓迎されるのですが、残念ながら体調を崩し翌年には他界してしまいます。その高山右近を今、カトリックの「聖人」に列しようという動きがあり、日本カトリック教会は最近、高山右近のものだと言われている遺骨を日本に持ち帰り、鑑定しているところです。もしこれが彼の遺骨だと証明できれば、日本カトリック教会は高山右近の列聖化のプロセスを加速できるでしょう。右近没後四百年にあたる二〇一五年までの認定を目指していると聞いております。

元谷 それは可能なのでしょうか?

ロペス 昨年十月には、フィリピン人として二人目の聖人ペドロ・カルングソッドも列聖しています。高山右近にも十分に可能性があるのではないでしょうか。

元谷 それは楽しみです。

マルコス時代の迫害不遇を克服し、財界での卓越した地位を築いたロペス一族

元谷 私がフィリピンという国に注目している理由は、アメリカ軍の完全撤退を実現し、外国の軍隊を国内に一切置かない真の独立国家となっていることです。これは尊敬すべきだと。一方、日本は経済こそ発展しましたが、アメリカとの連携に頼りすぎ、半植民地と言っても過言ではないほどの体たらくです。フィリピンは、スペイン、アメリカ、日本の統治を受け、第二次世界大戦後にやっと独立しました。この歴史が今のフィリピンを形作っているのではないでしょうか。初代大統領のアギナルド氏は独立を達成し、その後九十五歳まで闊達に寿命を全うしました。これも素晴らしいことです。

ロペス そのように評価していただくのは、非常にうれしいですね。

元谷 ところで日本人はフィリピンの場所などは大体わかるのですが、その他のことをあまり知りません。国に関することを少し教えていただけますか?

ロペス フィリピンは七千百九の島からなる国で、総面積は日本の八割ほどです。

元谷 そんなに多くの島があるのですか!

ロペス はい、そうです。人口は約一億人、首都はマニラです。民族的にはマレー系が主体なのですが、中国系やスペイン系、そしてそれらの混血の人々がいます。公用語はフィリピノ語と英語。基本的にはキリスト教国なのですが、ミンダナオ島だけはイスラム教徒が人口の二割以上います。

元谷 少しロペスさんの個人的なこともお聞きしたいのですが。ロペスさんがトップを務めるロペス財閥を創設したのは、お父さんのユージェニオ・ロペス・シニア氏ですね。愛国者で民主主義を信奉した方ですね。氏は、フィリピンでのビジネスを幅広くおやりになっていたとお聞きしています。

ロペス はい、そうです。父は一九二八年から事業を始めていましたが、多方面に事業を拡大したのは、フィリピン独立後のことです。

元谷 しかもユージェニオ氏の弟、ロペスさんの叔父さんにあたるフェルナンド・ロペス氏は、副大統領だったとか。

ロペス そうです。叔父は二度副大統領になっているのですが、二回目がマルコス大統領の時代でした。当初マルコス政権とロペスグループとの関係は良好だったのですが、一九七二年にマルコス大統領が戒厳令を敷いて反体制派を弾圧し始めて、状況は一変しました。叔父は副大統領の座を追われ、私の兄であるユージェニオ・ロペス・ジュニアは投獄されました。マルコスは、息子を釈放して欲しければ、グループの中核企業である電力会社の「メラルコ」を、自分の妻であるイメルダの弟に譲渡しろと父に迫ったのです。

元谷 お父さんはどうしたのですか?

ロペス その要求に応じたのですが、兄が解放されることはありませんでした。その間、父は亡くなり、兄は一九七七年に自ら脱獄したのです。兄が監獄で知り合ったのが、今のアキノ大統領の父親のベニグノ・アキノ・ジュニア氏でした。彼はご存知のように米国での病気療養のため出獄を赦され、一九八三年、フィリピンに戻った直後に暗殺されるのですが、それがきっかけとなり一九八六年にマルコス政権は転覆、ベニグノ氏の夫人であったコラソン・アキノ氏が大統領となりました。このピープルス パワーレボルーションによって、多くのビジネスが私達の手に戻り、兄も叔父も再び表舞台で活躍できるようになりました。

元谷 困難な時代があったのですね。現在のロペス財閥のメイン事業は何になるのでしょうか。

ロペス 大きな柱はメディア・通信事業とエネルギー事業になります。フィリピン最大のメディア企業となるテレビ局・ABS‐CBNや電話会社のバヤン・テレコム、配電会社のメラルコなどがその中核となっています。年間売上高は約五億四千万ドルという規模です。

元谷 それは大きいですね。アキノ政権とロペスグループとの関係の良好さが窺えます。

ロペス 今のアキノ大統領は汚職を一掃し透明性が高いクリーンな政治を行っています。私達もその方針には大賛成ですから、政府に協力して事業を展開しているのです。

日本語が通じるホテルのアジア展開は成功の可能性が大きい
世界遺産からリゾートまで観光資源に恵まれた島国

元谷 フィリピンの現状が非常に良い方向に向かっているということがわかりました。

ロペス そういう好環境ですので、元谷さんにはぜひビジネスの面から、日本とフィリピンを繋ぐ役割を果たしていただければと思っているのです。

元谷 私はもう東京オリンピックが決まったと思っているので(笑)、二〇二〇年の開催に向けて、東京都心にアパホテルを五〇棟建設するのが今の目標です。現在までに二十九ホテルの建設が決まっています。全国でアパホテルはパートナーホテルを含み二百三十棟、私は日本一のホテルオーナーなのです。

ロペス 凄いですね。

元谷 先日マニラでホセ・デベネシア氏と久しぶりに会食をした時、彼はぜひフィリピンにアパホテルを作って欲しいというのです。私は海外進出には現地のパートナーが必要だと考えています。ロペスグループとコラボレーションができると面白いかな…とも思うのですが。アジアのビジネスに精通されているロペスさんから何かアドバイスはありますか?

ロペス ホテルであれば、どういう場所に誰に向けたものを作るかということで、全く計画が変わってくるでしょうね。北部なのか南部なのか、リゾートなのかシティなのか…。ひとつヒントがあります。マニラを訪れる日本人のVIPは、他の大規模な一流ホテルではなく、ダイヤモンド ホテル フィリピンに宿泊することが非常に多いですね。かつて日本人が所有していたホテルで、日本人スタッフが多くて言葉が通じるというのが、人気の理由です。こういう路線が良いのではないでしょうか。

元谷 確かに、そういう形態は成功の可能性が高そうですね。アパホテルにはビジネスマンを中心に現在日本で六百万人の会員がいますから、ビジネスユースをメインとした日本語が通じるホテルをアジアに展開することは、十分に考えられると思います。

ロペス そうですね。

元谷 今回この対談が掲載されるApple Townは毎月六万部の発行、ホテルの部屋に設置していることもあって、五十万人が目を通すメディアです。フィリピンの観光スポットを教えていただければ、日本人観光客数アップに貢献できると思うのですが。英語が通じてキリスト教国ということもあって、今回の私達の旅も非常に快適でした。親日的なところにも好感が持てましたし。

ロペス 先ほどお話したように、フィリピンはマニラのあるルソン島を中心に、七千百以上もの島々から構成されている国です。世界でも有数のダイビングスポットとして知られていて、日本からも多くの人々がダイビングのためにリゾートを訪れています。

元谷 美しい海が楽しめそうですね。

ロペス はい。一年中違う島でお祭りが行われるのですが、それぞれ少し異なっていて、その土地土地での文化を見ることができます。公用語はフィリピノ語と英語ですが、実はそれ以外に八十もの言葉があるのです。

元谷 マニラだけではなく、地方にもいろいろと訪れる価値があるものが存在するのですね。

ロペス それは日本でも同じでしょう。私は先日福岡を訪れて、博多どんたくを見て、ラーメンを食べて来ました(笑)。長崎のキリシタンゆかりの場所にも行きました。

元谷 ロペスさんも、かなり日本各地に行かれているのですね。

ロペス はい(笑)。さてフィリピン観光の話ですが、まずは元谷代表も行かれたマニラでしょう。様々な遺跡も残っていますし、グルメやショッピングも楽しめます。リゾートとして名高いのはセブ島です。ここはかつて世界一周の航海に出たマゼランが上陸した島で、彼にまつわる様々な場所が残されています。島の中心にあるセブ市はマニラに次ぐフィリピン第二の都市です。また、フィリピンで一番古い都市でもあります。

元谷 日本でも人気がありますね。

ロペス ダイバーに人気なのが、ボホール島でしょう。この島の沖のダイビングスポットでは、地球上で最大の魚と言われるジンベイザメに出会える可能性があります。以前から欧米人に人気のあったビーチリゾートがボラカイ島です。遠浅のビーチは、なんと沖合五十メートルまで続いています。その他美しい自然と多種多様な生物が存在するパラワン島のエルニドや、ユネスコ世界遺産にも登録されている棚田「ライステラス」を観ることができるルソン島中央の町・バナウエなど、見どころは豊富です。

元谷 今度はもう少し時間を作って、ゆっくりといろいろな場所を巡ってみたいですね。

ロペス 東京から飛行機で三時間半?四時間と近いですし、物価も安いですよ。ゴルフコースも沢山あります。元谷さんはゴルフはされるのですか?

元谷 アパリゾートとして、栃木の森ゴルフコースと妙高バインバレーの二つのゴルフ場を保有しています。私はそれらの視察がてら、たまにコースを回る程度です。

日本とフィリピンは兄弟のような関係若者を中心に連携をさらに強固なものに
東アジア諸国が一団となり地域の安全保障・安定性・法の支配を確立すべき

元谷 日本とフィリピンで観光客が行き来して、両国の関係が密接になっていくというのは、非常に有意義なことです。安全保障上の意味もあります。日本列島から沖縄、フィリピン、ベトナムは、中国が海洋覇権を求めることで影響を受けるエリアです。実際、西沙諸島、南沙諸島、そして尖閣諸島で緊張が高まっています。

ロペス フィリピンは中国に比べると、非常に小さな軍事力しか保有していません。日本の安全保障上の協力に感謝しています。

元谷 船舶の提供などで、もっと積極的に日本はフィリピンを支援すべきでしょう。日本とフィリピン、そしてベトナムの三カ国が手を組んで、中国の領海侵犯を防ぎ、国際法を遵守させるのです。その際、アメリカ軍の後ろ盾なしに中国の領海侵犯に対抗しているフィリピンの姿には、日本は大いに見習うべきでしょう。

ロペス 日本と同様にフィリピンもアメリカとの間に相互防衛条約を締結しています。これによりアメリカは相手国が外部から侵入されれば介入する義務があります。しかしながら、フィリピンは、我国の領域侵犯に対し、中国の主張は国連海洋法条約に違反するとして、国際裁判所に提訴をしました。国連の仲裁裁判所での審理が七月より開始されています。大国・中国に比べるとフィリピンは余りにも小国ですから、拡張政策を取る中国に対してあまり利益を引き出せない二国間の問題に留めずに、国連というさらに上のレベルにこの問題を持っていったのです。

元谷 それは正しい戦略でしょう。デベネシアさんも言っていましたが、アジアの複数の国家が手を結んで中国を牽制、それぞれの国の安全を守ると同時に、中国自体を民主的な国家へとソフトランディングさせていく必要があります。

ロペス 全ての国が民主化への道のりを進めていくべきでしょう。その課程での行動規範に於いて、お互いに他国に対し、国際法の遵守を尊重しなくてはなりません。

元谷 共に平和な東アジアを築くために、頑張って活動していきましょう。いつも最後に「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

ロペス 今日もいろいろとお話してきましたが、歴史的にも日本とフィリピンの関係は想像以上に緊密です。現在も約二十五万人のフィリピン人が日本に住んでいますし、逆に多くの日本の若者がフィリピンにやってきます。昨年台風ボファによりミンダナオ島で多くの被害が出た際には、日本から多くの支援を頂きました。逆に東日本大震災の時にはフィリピンから日本に様々な形で支援を行いました。私達の関係は兄弟のように親密で確かな関係です。若い人々を中心に、この連携もさらに強固なものにしていきたいですね。

元谷 おっしゃる通りです。そしていずれは日本もフィリピンのように、自分の身は自分で守ることができる国になり、アメリカとの関係も共同互恵のものへと変えていかなければ。今日はいろいろと興味深いお話をありがとうございました。

ロペス 楽しい時間でした。ありがとうございました。

マニュエル・M・ロペス氏

フィリピン・イースト ユニバーシティーにて経営学学士号を取得。その後、ハーバードビジネススクールにてマネジメント育成プログラムに参加。数々のロペスグループ内企業の役員、社長を歴任後、ロペスホールディングの会長兼CEOに就任。2011より駐日大使に。

対談日:2013年7月10日