BIGTALK

日本人はこの国に生まれ暮らすことがどれだけ素晴らしいことかを自覚すべきだ

ソ連時代から工業国として高い技術力を保持し、日本と同じ加工貿易の国として経済成長を続けるベラルーシ。化学の博士号を持つ科学者から外交の世界に転身した特命全権大使のセルゲイ・ラフマーノフ氏に、ベラルーシの主力産業や原子力発電を続けることを決断した理由、ユーラシア連合の一員として今後どのように進んでいくのかをお聞きした。

日本は経済も文化も人々も優れている先進国であっても日本から学ぶことは多い
祖国を誇りに思う感情を戦後教育はねじ曲げてきた

元谷 本日はビッグトークにご登場いただきまして、ありがとうございます。もう五年前になりますが、バチャノフスキ・レオニド駐日ベラルーシ大使と対談させていただき、いろいろとお話をお聞きしたことがあります。ラフマーノフさんは、どれくらい前に日本に赴任されたのですか?
ラフマーノフ 八カ月前になります。
元谷 まだいらっしゃったばかりですね(笑)。日本の印象はいかがですか?
ラフマーノフ 来る前の日本のイメージは、素晴らしい技術を持つ工業国といったものでした。実際に来日して驚いたのは、日本人の素晴らしさですね。文化水準や教育水準が高く、それでいて思いやりがあって優しい。他のどこにもいない、非常に優れた民族だと思います。このことについて私は一冊、本を書いていますよ。
元谷 ありがとうございます。しかし外国の方が賞賛してくれることを、日本人自身が自覚していないのが問題なのです。
ラフマーノフ それはおかしなことです。私は世界中の国々を訪問してきましたが、どの国でも日本はいい国だと言っています。特に一つの分野だけに長けているのではなく、経済も文化も人々も全方位的に優れているのです。先進国であっても、日本から学ぶことはまだまだ多いと思います。
元谷 その通りです。もっと日本人は日本を誇りに思ってもいいはずなのですが…。人が自分の故郷を誇りに思うのは当たり前のことでしょう。しかしこの自然な感情を、日本の戦後教育はねじ曲げてきたのです。本当のことを知って日本人としての自信と誇りを取り戻そうと、私は『誇れる祖国「日本」』など何冊かの本を書いたり、「真の近現代史観」懸賞論文を募集したりして、啓蒙活動を行なっているのです。
ラフマーノフ それは非常に重要な活動だと思います。
元谷 今日はいろいろとベラルーシのことを語っていただきたいと思い、お越しいただきました。以前の対談では、ベラルーシというのは「白ルーシ」のことだとお聞きしました。ここから日本では昔はベラルーシを「白ロシア」と呼んでいました。この白というのは自由という意味。モンゴル帝国によって「ルーシ」(キエフ公国のこと)の大半が占領されたのですが、ベラルーシの領土だけは占領されなかった。そこから「自由なルーシ」という意味で名付けられたというお話でした。
ラフマーノフ その通りです。もう一つの理由は、住んでいる人々の肌の色が白いからです。
元谷 確か人口は一千万人ぐらいでしたか。
ラフマーノフ そうです。国土の面積は日本の半分ぐらい。首都はミンスクです。ベラルーシ語とロシア語が公用語になっています。ヨーロッパの中でも自然が豊かな国として知られています。日本には多くの山がありますが、ベラルーシは平地のみ。国土の三分の一が白樺やオーク、松などの森林で、そこにバイソンやヘラジカなどの多くの野生動物や野鳥が生息しており、これを目当てに世界中から人々が集まってきています。湖や池、川が五万五千もあるのです。また古くからロシアからの通商路となっていて、ポロツクという九世紀に誕生した古い街では、聖ソフィア大聖堂など壮麗な中世建築が今も残っていて、格好の観光スポットになっています。歴史がある分、文化的にも進んでいて、ベラルーシで初めて本が出版されたのは、ロシアよりも百年早かったと言われています。
元谷 ラフマーノフさんは、しっかりとベラルーシを誇りに思ってらっしゃいますね。これが普通です。ベラルーシも歴史がありますが、日本も古いですよ。神武天皇が即位してから二千六百七十二年、今上天皇で百二十五代になりますから。
ラフマーノフ 本当に古いですね。

ユーラシア連合によって地域の経済連携を強化

元谷 日本のような島国とは異なり、内陸国のベラルーシでは戦争の危機を乗り越えて民族を守るには、相当の苦労があったと思うのですが。
ラフマーノフ おっしゃる通りで、平和を維持するのが非常に困難でした。ただ私達は強い民族なのですが、極力周囲にはソフトに接するように努めてきました。ベラルーシはソビエト連邦に属していた時代には連邦一番の工業地帯であり、それは今でも変わっていません。化学品や日米ベラルーシ共同開発のトラクターなどを輸出する貿易相手国は、百カ国にも及んでいます。
元谷 工業立国なのですね。
ラフマーノフ 日本と同じ加工貿易の国なのです。石油や天然ガスなどの資源を輸入して、工業製品を輸出しています。
元谷 ソ連崩壊後も、しっかりと国を維持しているのが非常に素晴らしいことだと思っています。ロシアとの関係はどうなのですか。
ラフマーノフ ベラルーシとロシアは伝統的に仲が良いのです。石油や天然ガスは大半をロシアから輸入し、逆に工業製品を輸出しています。トラクターは年間六万五千台も輸出しているのです。
元谷 それは予想以上の規模ですね。
ラフマーノフ 一方農業も盛んで、食料自給率は九三%にのぼっています。ベラルーシの食品は添加物がなく高品質だと世界的に有名です。特にチーズの美味しさがヨーロッパでは良く知られています。
元谷 それは知りませんでした。
ラフマーノフ ベラルーシ自体の人口はあまり多くはありませんが、周辺国を考えると一億人のマーケットが存在しています。ロシアやカザフスタンなど周辺の国々と形成しているユーラシア経済共同体、さらに二〇一五年の発足を目指しているユーラシア連合によって、経済の連携が強化される予定です。通貨統合なども検討されています。
元谷 ところで、観光でベラルーシを訪れた際のオススメスポットを教えていただけますか。
ラフマーノフ 自然を楽しむのであれば、まずベラヴェージスカヤ・プーシャ国立公園です。中世には国王や貴族の猟場だったこの公園には、樹齢五百年を超える大木があったり、バイソンなど多くの野生動物が生息していたりと、見どころがたっぷりです。一九九二年にはユネスコの世界自然遺産に登録されています。またベレジンスキー特別保護区も人気の自然スポットです。ハイキングコースや運河でのボート遊覧でじっくり自然探索を行うことができます。自然博物館や野外動物園もあります。
元谷 それは楽しそうですね。
ラフマーノフ 歴史的建造物なら、ミール城が有名です。十六世紀に長い時間をかけて完成に至ったこの城は、ルネサンス様式の部分とゴシック様式の部分がある非常に美しい建築物です。世界文化遺産に登録されています。
元谷 季節的にはいつ訪れるのが良いでしょうか?
ラフマーノフ ベストシーズンは四?七月でしょう。九月の秋の風情もいいですね。ベラルーシはヨーロッパの人々に非常に人気のある観光地です。
元谷 わかりました。ぜひ一度訪れてみたいと思います。

事故を教訓として安全性の高い原発を開発輸出することが日本にとっての世界貢献だ
経済の独自性維持のために原子力発電継続を決断

元谷 もともと学者で、大学の副学長や国立科学アカデミーの副理事長などを歴任されていたラフマーノフさんが、なぜ今回駐日大使となったのでしょうか。
ラフマーノフ それは地震と津波、そして原発事故に見舞われた福島の応援がしたかったからです。
元谷 チェルノブイリはベラルーシの隣のウクライナにあるのですが、原発事故ではベラルーシでも大きな被害が出ました。昨年起こった福島での原発事故は、チェルノブイリのものとは全く異なります。チェルノブイリの事故は運転中に原子炉が爆発したという深刻なものですが、福島の原発事故の爆発は、燃料棒を覆っているジルコニウム合金が水と反応して発生した水素が爆発したものです。爆発で吹っ飛んだのは建屋だけで、原子炉が爆発したのではありません。それなのに、自らチェルノブイリと同じレベル七とこの事故を評価して公表したのは、あまりにも自虐的ではなかったでしょうか。
ラフマーノフ おっしゃることは非常に良くわかります。二つの事故は原因も違います。チェルノブイリの事故は、ものすごく複雑な経緯はありますが、基本的には人為ミスによるものです。しかし福島の事故は事故調査委員会が発表している通り、自然災害に加えて人為ミスという二つのことが原因となっているのです。
元谷 また原発止めろという声も大きいですが、では止めて、石油など火力発電の燃料費が年間三兆円も増えていいのか。貿易収支が赤字になるなど、これまでの日本の強みが失われるような気がしてなりません。石油メジャーもわざと原発に対する不安を煽るような行動をとって、利益を得ようとしているようです。
ラフマーノフ その観点は重要です。
元谷 一九七九年のスリーマイル島の原発事故によって、アメリカでは原発の新設がストップしました。一方日本は着実に原発技術を磨き、二〇〇六年には東芝がウェスティングハウスの原子力部門を買収し、原子力発電の分野で世界のリーディングカンパニーになると宣言しました。これをアメリカは苦々しく思っていたのではないでしょうか。トモダチ作戦のヘリコプターへの過剰な除染作業の映像を流すなど、アメリカは日本が脱原発に向うよう、情報謀略戦を仕掛けているように思えます。
ラフマーノフ 日本の原発技術が世界トップレベルだということは確かです。
元谷 とにかく過剰に反応しすぎています。民主党政権発足時、鳩山首相は温室効果ガスの一九九〇年比二五%削減をぶち上げましたが、この構想では電力の半分を原子力発電に頼るという計画でした。脱原発というのは、この国際的な公約を何の検証もなく止めるということ。非常に情けない政府の対応には憤りを覚えます。
ラフマーノフ ベラルーシも原子力発電を敢えて続けています。先ほどもお話しましたが、ベラルーシは石油や天然ガスをロシアからの輸入に頼っています。ですから原発を維持しないことには、経済の独自性が保てなくなるのです。このことから、私達は原発に依存することを決めました。ただベラルーシの場合は津波も地震もありませんから、それらへの対策は不要です。人為ミスを防ぐコントロールに集中することができます。
元谷 それは正しい選択だと思います。日本だけが脱原発したとしても、中国や韓国は自国の領土に粗悪な原発の建設を行うでしょう。それらが事故を起こした場合、偏西風によって流れてくる放射能によって日本も被害を受けるのです。これを避けるためにも、日本は福島の事故を教訓として安全性を高めた原発技術を開発し、世界に輸出すべきなのです。日本の脱原発は世界にとってもマイナスです。温室効果ガスの排出規制も必要な今、こんな自虐的な政策をとるべきではありません。

日本がベラルーシとタッグを組むことでカザフスタン、ロシアの市場を手中に
技術流出を防ぐ手立てを日本は早急に考えるべき

ラフマーノフ 元谷代表の考え方は、私達とほとんど同じです。ベラルーシでも技術を非常に大切にしてきました。レーザーや計測機器、建設機械の分野では世界有数の技術を保有しています。またマイクロエレクトロニクスの分野では、ソ連時代からの積み上げで世界一の技術を持っています。
元谷 先端技術立国・日本だったのですが、冷戦終結後は産業スパイや引き抜き、定年退職者の流出などで、日本の素晴らしい技術が他国に奪われてしまいました。スパイ防止法を作るとか、技術者の雇用条件の改善とか、良い技術が流出してしまうことを防ぐ体制を作らないと、日本の国際競争力はどんどん低下してしまいます。
ラフマーノフ おっしゃる通りだと思います。ベラルーシも日本も技術立国を志す国で、共に高いレベルの技術力を持っています。私が今提案しているのは、ベラルーシと日本が組めば双方に大きなメリットがあるということです。ベラルーシとカザフスタン、ロシア間では、無関税で自由に商品が行き来しています。日本はベラルーシと組むことで、これらの大きなマーケットに進出することができるのです。日本とベラルーシ間の交流が増えれば、ホテルのニーズも高まっていきます。森や湖など自然の美しいエリアからも近く、都市にも近いホテルには絶好のスポットが数多くあります。元谷代表にはぜひベラルーシにホテルを作っていただきたいですね。
元谷 世界のホテル業界を見た時に、高級ホテルや安ホテルというジャンルでは非常に数が多いのですが、アパホテルのようなミドルクラスのホテルというのはとても少なく、これから伸びる余地が大いにあると踏んでいます。
ラフマーノフ 確かにそうですね。
元谷 まず日本で十万室の客室数を持つ断トツのホテルグループとなり、その上で世界進出を行なっていく方針です。「サミットファイブ」という五カ年計画を立て、今二年半が経過しているのですが、ホテルだけでも二十二軒の新築が進んでいます。来月には、アパホテル〈秋葉原駅前〉が、また十一月には〈三田駅前〉〈東新宿駅前〉〈渋谷道玄坂上〉がオープン。アパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉は日本最高層のホテルなのですが、千室の客室を今回五百室増室して千五百室にしました。五百万人のアパホテル会員がアパホテルの大きな財産です。この支えもあって、早晩十万室を達成するのではと睨んでいます。
ラフマーノフ ベラルーシでは土地が余っているので、高層ホテルというのは存在しないのですが…(笑)。日本でのアパホテルの躍進ぶりは、本当に素晴らしいですね。日本を制覇した暁には、どの国にまず進出されるのですか。
元谷 アフリカ、中東、中米など候補は数多くあります。来月にはバーレーンを訪問する予定です。もちろんベラルーシも候補の一つですよ(笑)。
ラフマーノフ よろしくお願いします(笑)。
元谷 最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。
ラフマーノフ では日本の若い人に。日本に生まれて暮らすことがどんなに素晴らしいことかをぜひ自覚して欲しいですね。そして日本の素晴らしい伝統をこれからも引き継いでいって欲しいと願っています。
元谷 おっしゃる通りだと思います。日本人の誇りを取り戻すため、私もがんばっていきます。今日は本当にありがとうございました。
ラフマーノフ 楽しかったです。ありがとうございました。

セルゲイ・ラフマーノフ氏 Sergei Rakhmanov
1952年ロシアのクラスノダ生まれ。1974年ベラルーシ国立大学を卒業、1977年同大学大学院にて科学博士号を取得。ベラルーシ国立大学化学学部教授として教育、研究を行い、2004年には副学長に就任。その後も国立科学アカデミーの副理事長などを歴任する。2011年12月に在日ベラルーシ特命全権大使として来日した。

対談日:2012年9月5日