BIGTALK

何より重要なのは、
国境を越えた相互理解だ

駐日トーゴ共和国大使館 臨時代理大使 スティーブ・アクレソ・ボジョナ
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APAグループ代表 元谷外志雄

ドイツ、フランスの植民地から一九六〇年に独立。西アフリカでも最も安定した国の一つとして発展してきたトーゴ共和国。従来の主要産業の農業のさらなる推進から、自国のハブ空港による観光振興にも意欲を燃やすトーゴの駐日臨時代理大使のスティーブ・アクレソ・ボジョナ氏に、トーゴの現状や今後の展望についてお聞きしました。
スティーブ・アクレソ・ボジョナ氏

1982年生まれ。ロメ大学法学部修士課程を修了後、トーゴ国立行政学院を修了(外交専攻)。トーゴ共和国外務省に入り、2009年から2010年まで国際交流基金の開催国際センターで日本語研修。2010年10月の駐日トーゴ共和国大使館開設以来、臨時代理大使を務める。

綿花やコーヒーなど農業がトーゴの主要産業

元谷 今日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。トーゴ共和国と聞いても、多くの日本人がどこにあるどんな国かがわからないのが現状です。今回の対談で広くお国のことを知ってもらえれば…と思い、お招きしました。

ボジョナ ありがとうございます。このような機会を作っていただいたことを、非常に感謝しております。

元谷 以前トーゴの隣国のブルキナファソの大使とこのビッグトークを行ったことがあります。また同じく隣国のガーナの大使は、ワインの会にいらっしゃいました。まずはアフリカのどこにあるのかから、お話いただけますでしょうか。

ボジョナ はい。トーゴは西アフリカにあって、北をブルキナファソ、西をガーナ、東をベナンと接していて、南は大西洋に面しています。十五カ国からなる西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の一員でもあります。国土の面積は約五万六千六百平方キロメートル、人口は約六百六十万人、首都はロメになります。エヴェ族やカビエ族をはじめとする約四十五の部族が存在しています。宗教はキリスト教が四五%、イスラム教が一八%、その他伝統的な宗教や仏教などが信仰されています。

元谷 キリスト教ですが、カトリックとプロテスタント、どちらが多いのでしょうか。

ボジョナ カトリックです。これは植民地時代の宗主国がフランスだったからでしょう。今でも公用語はフランス語です。しかし歴史的にはドイツとも深い関わりがあります。一八八四年のベルリン会議でトーゴランドとしてドイツ領になったのですが、ドイツの第一次世界大戦の敗戦によって、フランスの委任統治領となったのです。

元谷 宗主国が変わることで混乱はなかったのでしょうか。

ボジョナ 混乱はあまりなかったと聞いています。もちろん学校で学ぶ言葉がドイツ語からフランス語に変わったり、国のシステムが変わったりはしましたが。

元谷 トーゴの主要産業は何になるのでしょうか。

ボジョナ 最も重要な産業は農業です。国民の六〇%が農業に従事していて、綿花やコーヒー、カカオ、タピオカの原料となるキャッサバ、ヤムイモ、トウモロコシなどを栽培しています。

元谷 トーゴの地形や気候が農業に適しているのですね。暑さが厳しすぎないでしょうか。

ボジョナ 暑さは適当で、農業には適している国です。収穫量が十分なので、一部はニジェールやマリなどに輸出しています。ただ米の需要が多いのですが、国内での生産では十分ではなく、輸入しています。

元谷 米の生産には適していないということでしょうか。暑いので、二毛作とか三毛作もできるのでは…と思うのですが。

ボジョナ 米の栽培には適度な水が必要なのですが、その確保がトーゴでは難しいのです。日本では四季があって、どの季節でも適度に雨が降りますが、トーゴでは乾季と雨季がはっきりしています。ずっと雨が降っているか、全く降らないか。水利施設の充実など、政府も米の生産力アップにいろいろ努力をしている最中です。

元谷 なるほど。トーゴの鉱物資源はどうなっているのでしょうか。

ボジョナ 豊富とまでは言えませんが、国の経済の屋台骨の一部を支える程度には採掘されています。多いのは燐鉱石や大理石、石灰です。鉄や金、マンガンも採れていますが、量は少ないですね。

首都ロメにハブ空港今度の観光振興に期待

元谷 ブルキナファソで二年に一度開催される映画とテレビのフェスティバル・FESPACOが非常に有名で、開催期間には世界中の映画関係者がブルキナファソに集まるとお聞きしました。隣国のこういったイベントに、トーゴも連携しているのでしょうか。

ボジョナ はい。FESPACOは西アフリカ地域全体を巻き込むようなイベントで、トーゴも参加しています。トーゴも映画祭などの文化イベントを独自に開催していますが、まだブルキナファソのものほど知名度がありません。伝統的なイベントとしては、かつての首都だったアネホで毎年年末にアフリカの神のまつりを行います。これを目当てにブラジルやハイチなど世界中から観光客が集まります。

元谷 西アフリカの拠点空港はどこになるのでしょうか。

ボジョナ トーゴのロメ空港でしょう。西アフリカ諸国に飛ぶアスカイ航空の本部があります。ハブ空港として機能しており、ここからアフリカ全土へ飛ぶことができます。

元谷 ハブ空港があるだけでも、観光には大きなアドバンテージです。トーゴは観光振興にも力を入れているのでしょうか。

ボジョナ はい。観光資源がいろいろあり、多くの可能性があると考えていて、政府も観光振興に注力しています。現在トーゴにはユネスコの世界遺産が、「バタマリバ人の土地・クタマク」の一つしかありません。もっと他の観光資源が世界遺産に指定されれば、観光客も増加すると思うのですが…。

元谷 クタマクというのは、どういうところなのでしょうか。

ボジョナ タキヤンタという泥で作られた円筒形の住居が有名です。宗教的な意味もある建物なのですが、これらに入る時には昔からのしきたりで、後ろ向きに足から入らなければならないのです。その理由は、野生動物や他部族の攻撃に対応するためと言われています。

元谷 観光で見るべき所としては、他にはどんな場所があるのでしょうか。

ボジョナ ファザオ・マルファカッサ国立公園のような、国立公園の整備が進んでいます。数多くの種類の植物やスイギュウ、ゾウ、レイヨウなどの野生動物を見ることができます。ファザオ・マルファカッサ国立公園にはホテルもあり、自然の中でゆっくり過ごすことができる公園になっています。

元谷 昔、駐日南アフリカ大使の招きで、南アフリカを訪問し、大使の友人のロッジに行きました。空港から自家用機で自分が所有している飛行場に降り、そこに待機していたヘリコプターでロッジへ向かいました。ロッジの周囲は大自然そのもので、あらゆる動物がいて、非常に楽しかったですね。野生動物に出会えるというのは、観光資源として非常に貴重なこと。サファリの開発ということもあり得るのではないでしょうか。

ボジョナ 仰るとおりです。ゴルフは首都ロメでできます。また、一部の国と比べるとそれほど大きくありませんが、トーゴにはサファリのツアーを楽しめる公園もあります。観光客も大好きです。スペースも十分ありますので、代表が仰る方向で、開発を進めていくことになると思います。

元谷 私は世界八十一カ国を訪問してきたのですが、開発途上国の中には、水道や井戸がないために、水汲みだけに毎日数時間を要するという所がありました。一日の労働時間の三分の一がそれに充てられているのです。これではGDPは伸びません。社会的なインフラ作りは非常に重要です。トーゴではインフラ整備はどうなのでしょうか。

ボジョナ 水に関するインフラは一〇〇%整備されたとは言えません。まだトーゴでも水汲みが必要な所があります。これを解決すべく政府が井戸を掘るなど、懸命な努力を行っています。この事業の最も重要なパートナーの一つは日本です。

元谷 国造りにとって社会的なインフラと共に重要なのは教育です。就学率はどうなっていますか。

ボジョナ 政府が力を入れてきたこともあって、小学校への就学率は七五%になっています。二〇〇八年から小学校の完全無償化を行い、親が子供を学校に送り出しやすくするために、無償の給食も始めました。学校の数を増やすことも続けています。

元谷 きちんと教育が充実すれば、国は必ず豊かに発展していきます。トーゴの未来は期待できますね。

ボジョナ 私もそう考えています。

宗教が理由の紛争は今に至っても終わらない

元谷 ところでボジョナさんは、臨時代理大使になられてどれくらいになりましたか。

ボジョナ まず八カ月間、大阪で日本語研修を受け、一旦トーゴに四カ月間戻り、それから臨時代理大使として日本に赴任して五年経ちました。

元谷 大学教育はどこで受けられたのでしょうか。

ボジョナ トーゴのロメ大学の法学部の修士課程を修めた後、トーゴ国立行政学院で外交を学びました。その後外務省に入ったのですが、そこから先ほどお話したように大阪の国際交流基金の関西国際センターで日本語を学びました。

元谷 元々ボジョナさんは外交官志望だったのでしょうか。

ボジョナ 大学で学んでいる時に外交に興味を持つようになりました。外務省に入ってから、日本関連の業務を担当することになり、日本行きを希望したところ、日本政府から日本語研修の提案があり、訪日が叶ったのです。

元谷 優秀だったから日本行きに選ばれたのでしょう。もう日本に来られて五年ですから、大阪や東京の他にも日本各地にいろいろ行かれたと思いますが…。

ボジョナ 広島、長崎、和歌山、神戸、京都、仙台、名古屋などに行きました。今度は北海道や沖縄にいってみたいと考えています。

元谷 今仰ったところ全てにアパホテルがあります(笑)。日本の印象はいかがですか。

ボジョナ どこに行っても、日本の皆さんのおもてなしの心を感じます。日本人は外国の文化を学びたいという気持ちが強いですし、また自分たちの日本文化に対する愛情も深いですね。国の発展には自国への愛情が不可欠です。これが日本の力になっていると思っています。

元谷 ありがとうございます。様々な国の駐日大使にお話を聞くと、皆さん日本は素晴らしいと仰る。しかし日本人の中の少なくない人々が、日本を良く思わず、自虐的な考えを主張しています。そのような話をいつもこの月刊Apple Townにエッセイとして書いているのですが、読んでいただけていますでしょうか。

ボジョナ はい、読んでいます。

元谷 訪問した街の最初に広島、長崎と仰ったのですが、この二つの都市が被爆地だから行かれたということでしょうか。

ボジョナ はい、そうです。大阪で研修を受けている時に、原爆投下の歴史についてもっと知りたくなり、個人的に訪問しました。長崎は被爆地ということもありますが、私がクリスチャンということもあり、日本でのキリスト教の歴史についても知りたかったからです

元谷 なるほど。確かに長崎とキリスト教との関係の歴史は古く、浦上天主堂は日本におけるカトリックの総本山です。この浦上天主堂の真上で原爆が爆発しました。私はアメリカがプロテスタントの国であるが故に、日本におけるカトリックの総本山の真上に原爆を投下することを躊躇わなかったのでは…と考えています。広島には軍事施設も多く、軍港である呉も近いですから投下の理由がある。しかし特に軍の施設のない長崎に原爆を投下した理由が、宗教上のもの以外にはないように思えるのです。

ボジョナ 宗教上の理由での紛争は、世界の歴史には枚挙の暇がありません。キリスト教だけではなく、イスラム教もそうです。

元谷 確かにイスラム教内のスンニ派、シーア派の宗派間の争いは、年を経るごとに激しくなってきている印象があります。原爆に関して、私は真の日米友好のためには、アメリカが逃れられない原爆投下の呪縛を解いてあげなければならないと考えています。アメリカは日本の終戦の意志を知りながら、原爆を投下したいがためにそれを黙殺し、完成を待って広島と長崎に投下しました。その理由は、ソ連を牽制してコミンテルンの世界赤化の勢いを削ぎ、第三次世界大戦という「熱戦」を「冷戦」に変えることでした。日本はこのアメリカの原爆投下の真の理由をきちんと認めてあげるべきです。原爆投下の罪悪感から自らの正当性を主張するためには、「日本が悪い国だから原爆を落とされた」としなければと思い込んだアメリカは、中国が主張する南京大虐殺など東京裁判史観を日本人に刷り込み、韓国が主張する従軍慰安婦強制連行を黙認したのです。今度の安倍首相の戦後七十年談話は呪縛を解くのには最高の機会です。原爆投下の真の理由を認めることを明言することで、日米関係を新しいステージへと向かわせることができるはずです。こういう意見を言う人は、日本でも非常に少数なのですが(笑)。

過去の功罪は全て飲み込み未来志向の外交関係へ

ボジョナ 私が日本人は素晴らしいと思うことの一つが、過去の悲劇への向き合い方です。被害者として加害者の責任を追求するのではなく、被曝体験を世界的にこの悲劇を繰り返してはいけないという気持ちへと昇華させています。他の国も同じスタンスをとれば、もっと世界は平和になるはずです。

元谷 全く同感です。どの国にも被害の歴史はあるのです。トーゴであれば、ドイツやフランスに植民地化された歴史やさらに古い奴隷貿易の歴史があります。他国を非難できる史実はあるにせよ、多くの国は過去のことを飲み込んで、未来志向で外交を行っています。日本が「併合」によって植民地化ではなく日本化しようとし、資本を投入してインフラ整備など近代化を行い、結果人口が増え寿命も増えた朝鮮半島の国が、いつまでも日本との過去に関して文句を言い続けるのは、どうなのでしょうか。

ボジョナ 歴史的にはどんな国も、良いことをした時も悪いことをした時もあるものです。私の意見としては、それらをまず全て受け入れて許しを与えないと、未来へと発展することはできないと思います。

元谷 仰る通りです。

ボジョナ 例えば原爆投下や植民地化など、過去の一つの出来事に焦点を当てて外交問題化するのは、その国の戦略なのでしょう。

元谷 正にその戦略によって数カ国から責め立てられて、日本は困っているのです。

ボジョナ それも理解できます。

元谷 話を変えますが、二〇一三年に出された詩集「夢想」を拝見しました。その前の年に出されている詩集「希望のベール」もこの「夢想」も、ボジョナさんが日本語で書かれた詩を集めたものですが、この感性は素晴らしいですね。詩は日本に来てから書き始められたのですか。

ボジョナ 高校生の時から書いていました。大阪での日本語研修の時に日本語で詩を書き始めました。

元谷 「夢想」の一番初めの「美しい国」という詩は、ボジョナさんが自分の国トーゴのことを描いているのですが、最初に読んだ時、私は日本のことを書いているのかと思いました。

ボジョナ 私は自分の祖国について書いたのですが、同時に他の国の人が読んでもそれぞれの祖国が思い浮かぶことを意識しました。他の詩も私が感じたことを日本語にして書いています。詩を書き始めて気がついたのは、「私は日本が大好きなのだ」ということですね。

元谷 先ほどのお話を聞いて、この詩を読んでいると、ボジョナさんは日本精神をお持ちだなと感じます。

ボジョナ 日本に滞在して、様々なものを見聞きしてきましたから、そのようになったのかもしれません。

元谷 どうして詩集のタイトルを「夢想」にしたのでしょうか。

ボジョナ この詩集のテーマは平和や愛です。実現するのが難しいのはわかっていますが、なんとか理想を叶えたい。こうした夢を読者とシェアして実現したいという想いから、このようなタイトルにしました。

元谷 私は詩は書きませんが、自分の生き様をAPA的座右の銘として短い文章にして、Apple Townに毎号掲載しています。私が研究してきた孫子の言葉も少しありますが、大半がオリジナルで考えたものです。

ボジョナ 正に人生哲学ですね。素晴らしい。

元谷 ありがとうございます。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。

ボジョナ 私もまだ若いですが…。

元谷 まだ三十二歳ですね。確かにお若い。

ボジョナ では平和へのメッセージを。世界にはまだいろいろな紛争が溢れていますが、よりよい世界の構築は若い力にかかっています。何よりも重要なのは相互理解です。若い人にはぜひ国境を超えて欲しい。そうすることで認識が変わり、人と人の距離をしっかり感じることができます。このような相互理解で現状が変わるのです。

元谷 素晴らしいメッセージです。ボジョナさんの優秀さは、トーゴの教育システムが優れていることの証だと思います。

ボジョナ 確かにトーゴの教育システムはかなりユニークです。

元谷 若い人への教育が国の力になるのですから。トーゴはそれを実践しているということですね。今日は本当にありがとうございました。