真の海洋政策に目覚めた
四月五日付の読売新聞の朝刊に、近く閣議決定を予定している第四期海洋基本計画案に関して、「監視能力を高めて権益守れ」というタイトルの社説が掲載されている。「『海洋強国』を掲げる中国が、日本の主権や権利が及ぶ海域を脅かしている。政府はあらゆる施策を講じ、海洋権益を守らねばならない」「政府が海洋政策の指針となる海洋基本計画の案を公表した。計画は、二〇〇七年に制定された海洋基本法に基づき、概五年ごとに策定されており、次期計画は四期目となる。意見公募を踏まえ、近く閣議決定される」「日本は、領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積が世界第六位の広さを誇る。海底には、レアアースなどの鉱物資源が広範囲に存在している。海洋の秩序を維持し、安定的に管理することは、国益に直結している」「計画案の特徴は、武力攻撃事態への備えを強調したことだ。防衛相が海上保安庁を指揮・統制する手順をあらかじめ定めておくとともに、自衛隊と海保が共同訓練を行う重要性を指摘した」「中国の海警船は、尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返している。計画案が有事への対応に言及した背景には、不測の事態がいつ生じてもおかしくない、という厳しい認識があるのだろう」「重武装した他国の漁民が離島を占拠した場合、海保では対処できまい。自衛隊と海保は様々な想定に基づいて訓練を重ね、役割分担を明確化しておくべきだ」「計画案はまた、海中の監視能力を向上させる必要性も指摘し、『水中ドローン』と呼ばれる自立型無人探査機(AUV)の開発を後押しする方針を打ち出した」「中国の海洋調査船は昨年、石垣島沖のEEZ内に、無断で観測機器を海中に投入した。沖ノ鳥島周辺も活発に調べている。鉱物資源の調査が目的とみられる」「中国の独善的な活動は看過できない。政府は、中国に毅然と対処するとともに、警戒監視能力を強化する必要がある」「計画案は、洋上風力発電など産業育成にも重きを置いた」「洋上風力発電は現在、秋田県の能代港などに導入されている。ただ、遠浅の海が少ない日本では、海底に設置する『着床式』の適地が乏しい。このため計画案は、海に浮かべる『浮体式』を、EEZに設置する構想を示した」という。
この海洋基本計画の背景については、三月二十一日に産経新聞電子版で配信された「正論」の「日本の命運左右する海洋基本計画 東海大学教授・山田吉彦」が詳しい。「日本国政府は、真の海洋政策に目覚めたようである」「政府は、第四期海洋基本計画の策定に着手し、その原案を示した。その中では『我が国の領海等における国益はこれまでになく深刻な脅威・リスクにさらされている』と認識し、北朝鮮のミサイル発射、中国海警局の警備船(海警船)による領海侵入、不法な海洋調査、中露軍艦が連携した示威活動などに対する警戒の必要を説いている。中国、ロシア、北朝鮮などの脅威に厳正に対処することを宣言するものと受けとめる。さらに防衛力や海上法執行能力等の向上を目指し、我が国自身の努力によって抑止力・対処力を強化することを目指す意向だ」「平成一九年、第一次安倍晋三内閣は海洋基本法を定め、海洋立国の実現により経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上を図ることを目指した。同法は『海洋の開発及び利用と海洋環境の保全との調和』『海洋の安全の確保』『海洋に関する科学的知見の充実』『海洋産業の健全な発展』『海洋の総合的管理』『海洋に関する国際的協調』の六項目を基本理念としている」「この基本理念を実践するためには、日本の管轄海域が平穏でなければならない。他国による侵略行為や妨害を阻止する必要があるのだ。海洋安全保障体制の充実が、すべての海洋政策を支える。日本の未来を担う海洋政策を実践するためには、海洋安全保障を国家の最重要施策の一つとしなければならない」「海洋基本法では、国は基本理念にのっとり、施策を策定し実施する責務を有する。地方公共団体は、その区域内の自然的社会的条件に応じた施策を策定し実施する責務を有することが規定されている。国及び地方公共団体は、海洋施策を実践するために領土、領海を守る義務を負い具体的な行動を起こさなければならない」としている。
実際、この海洋基本計画案では読売新聞の記事にあるように、武力攻撃事態への備えなど海洋安全保障のための施策を担当省庁別にかなり詳細に記述している。これは今の日本の状況を考えれば、当然のことだろう。またその海洋安全保障強化の施策の一つとして海洋状況把握(MDA)の強化も謳われており、Apple Town四月号のこの稿でも取り上げた「水中ドローン」とも呼ばれる自立型無人探査機等の技術の育成・活用もしっかりと記載されている。
尖閣の施政権明確化へ
山田吉彦氏の「正論」にはまだ続きがある。(国や地方自治体が、領土・領海を守る義務を負うことの)「象徴的な存在は、尖閣諸島である。中国は領土的野心を隠さず、同諸島における日本の主権を脅かしている。準軍隊化した中国海警局は、重武装の海警船を投入し日本漁船を追うなど脅威を与えているのだ。しかし国は海保、海自の警備体制に依存し、尖閣の施政権を明確化し中国の侵出に歯止めをかける行動をとっていない」「昨年一月、尖閣諸島を区域内に持つ沖縄県石垣市は、市の責務を果たすべく実現可能な施策として尖閣諸島周辺海域における海洋調査を実施した。それは海洋基本法に示された自然的社会的条件に応じた海洋環境及び水産資源の調査であった。政府は、この調査にあたり国際法、国内法を順守した自治体の活動として了承し、海上保安庁及び海上自衛隊による調査船の警備を指示していた」「この調査は、極秘裏に準備が進められ、調査時、中国海警船が二隻領海に侵入したが、海保の警備により調査船への接近も阻止された。調査の実施は、積極的に施政権を示す行動として評価を得た」「石垣市ではこの調査を一過性のものとしないため、今年一月にも尖閣海域の海洋調査を実施した。今回の調査は事前に告知され、中国当局にも情報が伝わっていた」「石垣市は、海保との綿密な調整のもと海洋調査を実施した。ドローンを使い島の現状を撮影し、魚釣島の南側で草木の減少と土壌の崩壊が進み水流も枯渇していることが判明した。原因はヤギによる食害等と考えられ、早急に手を打たねば島の生態系が崩壊し、活用不能となることが危惧される」「石垣市の調査の日、中国は四隻の海警船を領海内に侵入させたが、海保の早期対応により調査船に近付くことさえできなかった。領海の外には、重武装した大型海警船など二隻を待機させていたが、海保の警備体制を見てか、行動を自制したようである。海保は出漁していた漁船の警備も含め二〇隻近い巡視船を導入し警戒にあたり、上空には、海上自衛隊の哨戒機が飛行していた」「日本側の尖閣警備体制の充実を目の当たりにした中国当局は、侵攻体制の再構築に相当な時間を有することであろう。また、中国の台湾戦略に対し、米国が台湾防衛に協力している現状において人民解放軍の動きは制約されている。今、尖閣の施政権を確立し、それを国の内外に示すチャンスが到来している。この機を逃さず尖閣諸島に上陸しての環境調査及び第二次世界大戦時に遭難し魚釣島に眠る方々の遺骨収集を行うとともに、島の管理拠点の整備を進めるべきである」「石垣市の調査は尖閣調査を前提とした『ふるさと納税』による資金で行われた。国民は領土・領海を守る活動へ期待しているのだ」「政府は、海洋基本計画において『総合的な海洋の安全保障』を掲げている。海保、海自による海上警戒だけではなく、離島を管理し活用する施策を進めるべきだ。まず、尖閣における総合的な海洋の安全保障実践が、日本の海洋政策の成否を分かつものとなる」。
こういった石垣市による調査のことも、広く日本国民には知られていない。一方中国海警局の船は、三月末から四月上旬にかけて領海侵入の最長時間を更新した。中国の偶発を装った尖閣諸島上陸、不法占拠を防ぐためにも、山田氏が提唱するような管理の拠点整備等、国による尖閣諸島の施政権の明確化を急ぐべきだろう。
EEZの洋上風力発電
海洋基本計画では、「海洋の産業利用の促進」として、日本周辺海域に相当量存在すると見込まれるメタンハイドレート等の資源開発施策に並び、カーボンニュートラルを見据えた排他的経済水域(EEZ)における洋上風力発電に関する技術開発や法整備といった施策にも言及している。EEZは領海とは異なり、沿岸から二〇〇海里(約三七〇km)と領海よりも広い範囲で設定できるもので、どの国もこの水域内の天然資源の探査・開発等の経済活動の主権的権利と、海洋の科学的調査権、海洋環境の保護・保全等の管轄権を持つ。EEZでの洋上風力発電施設の建設が可能になれば、その恩恵は非常に大きいが、技術的には世界でも先例の少ない「浮体式」での実現が求められること、国際法的な洋上風力発電施設の位置付けが求められ、さらに船舶の航行との兼ね合い、安全保障上の障害にならないかとの検討も必要となる。
様々な課題もあり、実現には十年以上のスパンを要することになるが、日本の脱炭素社会の実現には不可欠なものだ。多くの人の知恵の結集による推進を強く望む。
植民化されなかった言語
二〇一五年十二月二十四日に産経新聞電子版で配信された上田和男氏の「日本語は世界で唯一植民化されなかった言語 国際人たる前に『立派な日本人』であれ」という一文が興味深い。「日本の文化力が、なぜ世界中で図抜けているかと問われれば、『人類史を通じて、日本語が唯一、植民化されなかった言語であり、そこに独自の客観的世界観が凝縮されているから』と答えられるでしょう」「いま世界で一番普及している言語は英語ですが、それは七つの海を支配した大英帝国が植民地化してきた地域が六〇数カ国・地域にも及んだからです。同様に、スペイン語やポルトガル語が中南米を席巻し、英語同様、フランス語も植民地化されたアジア、アフリカへ、そしてロシア語もソ連体制下の東欧や中央アジアに広がりました」「しかしながらわが日本だけは、中世は元寇の役をしのぎ、幕末の英(朝廷側)と仏(幕府側)両国の植民地化狙いを退け、内輪揉めは自らの手で維新したことで、中国語・モンゴル語や英仏語による置き換えを逃れてきました。戦後のアメリカ占領下でも、ヘボン式ローマ字化を通じた英語への誘導にも乗せられず、(換言すれば、識字率の高さと日本語教養力の高度成熟度が壁となって)文化大国としての日本が二千年来の母語を維持継続できたわけです」という。
日本はさほど大きな国ではないが、日本語という共通言語によって一体感を維持してきた。島国でありながら適度に大陸にも近く、宦官や纏足等の悪しき制度は一切受け入れず、大陸から良い制度や必要なものだけを吸収して独自に発展してきたのだ。それ故に、アメリカの国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは世界の文明を八つに分類、その一つとして日本文明を「一国で成立する、主観的な自己認識を持つ孤立文明」と評価した。この唯一無二の日本文明を未来に残すためにも、日本は充実した海洋政策を今後も強く推進していかなければならない。
2023年4月14日(金) 18時00分校了