Essay

経済力の復活が日本の国力の強化に繋がるVol.394[2025年7月号]

藤 誠志

製造業の国内回帰により
今後日本経済は上昇傾向に

 二〇二五年四月二十五日付の産経新聞電子版に「二〇二四年のカリフォルニア州GDPが日本を抜く 米・中・独に次ぐ世界『四位』に」という見出しの記事が掲載された。「米カリフォルニア州は二三日、二〇二四年の州の経済規模がドル換算で日本を抜き、国別の国内総生産(GDP)で比較した場合に『四位』になったと発表した。米ブルームバーグ通信は最近では円高ドル安が進み、日本が再び同州を上回っていると報じた。カリフォルニア州によると、二四年の名目州内総生産は四兆一〇〇〇億ドル(約五八五兆円)で、四兆二〇〇億ドルだった日本を超えた。国際通貨基金(IMF)と米商務省のデータに基づくとしている。成長率は六%だった。国別の名目GDPでは米国が首位で、中国、ドイツが続く」という。かつては世界第二位の経済大国だった日本も、GDPが二〇一〇年に中国に抜かれ、昨年にはドイツに抜かれて世界第四位となり、とうとうアメリカの州にまで抜かれることとなった。
 日本経済は、一九八〇年代のバブル経済の崩壊から、失われた一〇年、二〇年、三〇年と経済の低迷が続いた。二〇一二年十二月から始まったアベノミクス景気が「いざなぎ」超えの好景気で、戦後二番目の長さと言われても、株式市場や一部の業種などを除けば、好景気の実感は得られにくかったのではないか。足元では、コロナ禍の終息もつかの間、その間の金融緩和政策やウクライナ戦争の影響で世界的なインフレが進行した。日本では長らく続いたデフレ経済から脱却したということで、日本銀行が二〇二四年三月にマイナス金利を解除、同年七月には政策金利を〇・二五%へ引き上げ、さらに二〇二五年一月には〇・五%へと引き上げた。多くの国民が好景気を実感できないまま物価が上昇し金利も上昇したことで、生活に苦しさを感じ、将来に不安を抱いているためか、政府に対して減税を求める声が大きくなっている。
 日本経済の長期低迷の理由については多くの専門家が分析しているが、時代の流れを俯瞰すると、東西冷戦の終結による経済のグローバル化、プラザ合意後の円高、バブル経済の崩壊の三つが時期的に重なったことが大きかったのではないかと思う。その背景には、冷戦終結によりアメリカの標的が軍事大国であるソ連から、経済大国の日本に変わったことがあることも忘れてはならない。経済のグローバル化により、海外から安い製品が輸入されるようになり、中国や東南アジアの経済成長と共に品質も向上した。さらに円高に苦しんだ日本のメーカーは海外に生産拠点を移していった。日本が輸出中心の経済であった頃は、輸出が増えて企業の業績が伸びるとさらに設備投資をして国内経済全体が潤っていたが、今は企業の業績が伸びても国内経済への還元は部分的で、海外への投資と投資家への配当に回されてしまう。
 少し前の記事になるが、産経新聞電子版に二〇二四年五月二十五日付で、「歴史的な円安を逆手に外食大手は海外出店 製造業は国内に生産回帰」と題した記事が配信された。「円安は海外進出を進めてきた製造業にも影響を与えている。アイリスオーヤマは中国で生産する国内向けの家電や日用品の一部を日本の工場に移管した。中国から商品を輸入する際の輸送費や原材料価格が高騰したためで、国内回帰を図ることで費用削減に取り組む。音響機器メーカーのJVCケンウッドも米国で生産していた業務用無線を山形工場(山形県鶴岡市)に移管し、日本から米国へ輸出する形に切り替えた。山形工場はロボットの導入で自動化が進んでおり、製造コストを三割削減できたという。製造業は米中対立など地政学的リスクの高まりも重なり、サプライチェーン(供給網)の強化を目的に生産の国内回帰が増えた。帝国データバンク情報統括部の石井ヤニサ主任研究員は『最近は中国の景気減速で国内に生産を戻す企業も増えている。歴史的な円安でさらに加速する』と語る」という。製造業の国内回帰に円安の影響が大きいのは間違いないが、それだけではない。コロナ禍を経て、製造業にとってはサプライチェーンの強化が重要な課題となり、安ければどこで製造してもよいとは言えなくなった。さらに、工場の自動化が進むことで人件費の差の影響も受けにくくなった。そのため、製造業の国内回帰は一過性のもので終わらないのではないかと思う。その際課題となるのは人手不足だが、一方生産性向上やサプライチェーンの安定が見込め、日本経済にはプラスに働くのではないだろうか。

好調を続ける観光業界が
経済の牽引役になっていく

 日本のGDPが世界第四位になったとはいえ、日本の最先端科学技術や医療技術はまだまだ世界で戦っていけるだけの競争力がある。さらに日本には、それらと並んで世界と戦えるものとして、観光資源がある。私はこれまで世界八十二カ国を訪れた経験から、日本ほど素晴らしい国はないと感じ、日本はいずれ観光大国になると確信していた。日本には長い歴史と文化があり、豊かな自然と四季の移り変わりがある。また、治安が良く、町は清潔で、公共交通機関は時刻通りに動いている。さらに、多くの人々は親切で、日本料理をはじめ多様な料理を味わうことができ、衛生面の不安もない。このような国は世界中を探しても日本しかないだろう。この私の確信は現実となった。二〇一〇年にアパグループは「頂上戦略」と題して、東京都心に大々的にホテルを増やし始めたが、当時の訪日外国人数は、二〇一〇年で八六一万人、二〇一一年で六二二万人だった。それが二〇一八年には三〇〇〇万人を超え、コロナ禍では一時低迷したが、二〇二四年には過去最多を更新して、約三七〇〇万人となった。日本の観光産業はこのインバウンドの増加によって活況を呈しているが、その中核を担うのがホテル業だ。訪日外国人の増加によって、アパホテルは昨年度、過去最高売上、過去最高利益を更新することができたが、ホテル業界全体が好業績を達成している状況だ。
 不動産業界ではこれまではマンションやオフィスが開発・投資の中心だったが、近年ホテルへの関心が急速に高まっているのを感じている。ホテル業界の好業績を背景に、投資利回りがマンションやオフィスに比べて高いというデータも出ている。大手デベロッパーは大型開発のビルの上層階に外資系高級ホテルを誘致し、日本に高級ホテルが急速に増えた。また外資系ホテルが低価格帯のホテルのラインナップ展開を開始したり、日本企業の異業種からホテル事業参入が相次いだりと、ホテル業界全体が活性化している。
 アパホテルは客室をコンパクトにしながらも機能性を高めて利便性を追求しつつ、環境へも配慮した造りとなっている。また、主要駅近くに建てることで、用途を限定せず、多目的に利用できる施設となっている。一定の規模を超えると大浴場を設置し、さらにプールを併設して、都会に居ながらにしてリゾート気分を味わえる「アーバンリゾートホテル」とした大型ホテルもある。これらが相まって、アパホテルの好業績を生み出している。一方、他社もそれぞれ創意工夫を凝らしており、訪日外国人客を想定し、広い客室によって大人数で宿泊できるホテルや、キッチンなどを設置して長期滞在できるホテル等、多様なホテルが増えてきている。新規参入が増えることで競争が激化することも予想されるが、互いに切磋琢磨してホテル業界全体の魅力が高まってくれれば、結果として日本経済の成長に繋がる。このホテル業界の活性化は当面続くと、私は睨んでいる。

好業績を維持することで
魅力ある企業であり続ける

 アフターコロナで経済活動が回復してくると、どの業界でも人手不足が深刻化してきた。特に今年に入り、若くて優秀な人材を確保するため、大企業による大卒初任給の大幅な引き上げが相次いで報道されている。二〇二五年四月三日に発表された、みずほリサーチ&テクノロジーズの竹内誠也氏の「初任給引き上げは誰を幸せにするのか?」という論文には、「初任給引き上げ競争の勃発」についてこう記述されている。「『ベアなき初任給引き上げ』はいわゆる『日本型雇用システムの崩壊』の一端と見ることができる。そもそも、日本型雇用システムの特徴として、一般的に、長期雇用、後払い賃金、企業内組合が挙げられる。初任給引き上げの観点で見ると、『入社段階では職業能力が十分でない学生を低い賃金で雇って社内で育成し、長期勤続、本人の成長の末に、高い賃金が得られる』という仕組みとなっている企業が多い。自社に適した能力を身につけさせつつ、将来も報酬が上がり続けるという形で人材定着を図ってきた。既存社員の給与水準を十分に見直さず初任給のみを引き上げると、従来よりも入社後に給与が上がらない仕組み(賃金カーブのフラット化)となる。すなわち、『入社時は低い賃金』『長期勤続の末に高い賃金が得られる』という前提が崩れつつあると言える」という。さらに、初任給引き上げについて、ベアを伴うものとベアが初任給の上昇率についていっていない場合があり、後者の場合、「企業の人件費配分の効率低下」や「既存社員のモチベーション低下」を招く恐れがあると指摘している。
 アパグループでは、初任給引き上げに先立ってベアを続けてきた。二〇一三年以降、コロナ禍の二〇二〇年、二〇二一年を除いて毎年ベアを実施し、今年実施する分を含めて累計八万一〇〇〇円となった。これを可能としたのは会社に高い収益力があったからである。創業から五十四年、アパグループが一度の赤字を出すこともなく、社会貢献として多額の納税の義務を果たし続けてこられたのは、私に時代を先読みする力があったからだと自負している。また、アパホテルは所有、運営、ブランドを一社で賄うことで、三五%の高い経常利益率を確保するという、ホテルの新しいビジネスモデルを確立した。このことが今、社員に還元することができる原資を生み出している。
 人手不足の現在、企業が人を選ぶのではなく、人が企業を選ぶ時代になった。これからの時代は、企業が社会的責任をしっかり果たし、社員が満足して働くことのできる環境を整えなければ、選ばれるのは難しくなる。アパグループではここ数年、毎年約六〇〇人の新卒採用を行っているが、「マイナビ・日経 二〇二六年卒大学生就職企業人気ランキング」では、アパホテルが文系で前年度の五三位から十二アップして、四一位にランクされた。また、同じ調査の業種別ランキングの「ホテル・旅行」では四位と、アパグループが学生から好感を持たれる流れが生まれつつある。これを確かなものにしていかなければならない。
 円安やトランプ・ショックによる製造業の国内回帰とインバウンドが牽引する観光業の活性化によって、今後の日本経済の見通しは明るい。これに伴う人手不足時代にアパグループは真っ向から向き合い、ホテルに関する独自のビジネスモデルを土台に、これまでの経験やDX等を駆使したサービスで多くのお客様に満足を与えながら好業績を維持、納税義務を果たした上で、給与を含めた社員の労働環境の充実を図っていく。こんな企業が多く出現して切磋琢磨していくことが、結果的には日本の国力を強化することに繋がると私は信じている。

2025年5月21日(水) 17時00分