Essay

核抜きの金正恩体制が日本の国益だVol.310[2018年7月号]

藤 誠志

アメリカ人解放後も
米朝間には緊張が続く

 五月九日の日本経済新聞に「北朝鮮、融和姿勢を示す」「米国人解放 米朝会談成功狙う」という見出しの記事が出ている。「六月初旬に予定されている米朝首脳会談の実現に向けて九日、大きく前進した。非核化を巡る立場に違いが残る中、北朝鮮が拘束していた米国人三人を米国に引き渡し、米側が首脳会談実現の条件の一つとしてきた『カード』を切った」「九日に二度目の訪朝をしたポンペオ氏は平壌入りの前に記者団に『米朝首脳会談の議題を確定したい』と語った。同時に米国人3人の解放も改めて要求すると力説し、首脳会談開催の条件の1つとの考えを示唆していた」「一方、北朝鮮にとって米国人三人は『人質』だった。米国からの体制保証を取り付けたい北朝鮮にとって融和姿勢を示す大事なカードだ。首脳会談の議題と日時、場所の最終調整が済む前に三人を解放してしまえば、米国が首脳会談を必ず開催しなければならない動機はなくなる」「『北朝鮮は米朝首脳会談開催を確定させるまで、三人を解放するわけにはいかなかった』。盧武鉉政権で国家安全保障会議の情報管理室長を務めた金正奉(キム・ジョンボン)氏はこう分析する。三人が解放されたことはすなわち、首脳会談の開催決定を意味するとの見方だ」「残る焦点は非核化の方法を巡る米朝の意見の隔たりを埋められるかだ」とこの記事は伝えている。
この記事の見出しには「融和姿勢示す」と書かれているが、米朝間の緊張は依然として続く。トランプ政権はこの直前の八日、経済制裁解除の条件を、北朝鮮の完全な非核化から恒久的な大量破壊兵器の廃棄・不所持とハードルを上げた。大量破壊兵器には、核兵器はもちろん、生物・化学兵器も含まれる。また安倍政権と連携した日本人拉致問題の解決など、人権侵害に関わる要求を行う姿勢をアメリカが見せていることに対して、五月六日、北朝鮮外務省の報道官は「情勢を白紙に戻す危険な行為だ」とアメリカを批判している。

北朝鮮の核兵器は
中国の侵略を防ぐ兵器である

 五月七日〜八日に急遽大連で開催された中朝首脳の再会談も、この緊張を背景として、北朝鮮がアメリカを牽制することを狙ったものだという見方がある。五月九日付の日本経済新聞一面によると、「金正恩氏には、妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第一副部長や、対米交渉を担当する崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官らが同行。中国側からは共産党の序列五位である王滬寧(ワン・フーニン)政治局常務委員や、王毅国務委員兼外相らが参加した」「新華社によると、習主席は『朝鮮半島の情勢が深刻で複雑な時期に、金委員長が四〇日あまりの間に再び訪中したことを高く評価する』と表明。金正恩氏は『再び訪中したのは習氏に状況を報告し、中国との戦略的な交流と協力を希望しているからだ』と応じ緊密な連携ぶりをアピールした」「習主席が『朝鮮半島の非核化と米朝対話を支持する』と語ったのに対し、金正恩は『関係各国が北朝鮮への敵視政策をやめて安全への脅威を取り除きさえすれば、われわれは核を持つ必要がなく、非核化は実現できる』と強調。非核化には関係各国の『段階的で歩調を合わせた措置』が必要との考えを改めて示した」という。金正恩の言う「関係各国が北朝鮮への敵視政策をやめて安全への脅威を取り除きさえすれば」とは、アメリカだけでなく中国も含む、という意味である。
 ここで指摘しておきたいのは、実父・金日成を排除してまで金正日が核開発の継続に拘ったのは、中国からの侵略を防ぎ独立を保つ為であったことだ。だから常に中国は、北朝鮮の核開発に反対し続けてきた。二〇〇四年も金正日は中国に呼ばれ、核開発の中止を強く迫られたが、この核開発は自国防衛のためで、中国の脅威にならないとそれを拒否した。その金正日の乗る帰りの列車を狙って、中朝国境近くの北朝鮮側の龍川駅で高性能爆薬八〇〇トンを使用し、一列車の全てを吹き飛ばす大爆発が起こった。この爆発は中国の軍事委主席江沢民の指示によって中国人民解放軍総参謀本部が北朝鮮の一部の軍人を唆して起こしたものだと推察されるが、金正日はアメリカかロシアなどの諜報機関からの情報を受けて、替え玉とすり替わって難を逃れた。国家指導者金正日の列車を歓迎する為に集まっていた子供など百数十人の犠牲者を出した、自分を狙ったこの大爆発で、金正日は自らの身を守るのは核兵器しかないと確信して核開発を急ぎ、二〇〇六年には不完全ながらも核実験に成功、内外に核の保有を高らかに宣言した。 
 トランプ氏が大統領に当選した日から始めてきたのは再選戦略であり、その最大の前哨戦となる、本年十一月に行なわれるアメリカの中間選挙で勝たねばならない。その目的達成のために民主党のオバマ大統領が行った業績の全てをひっくり返そうとしており、TPPからの脱退やイランとの核合意からの離脱もそのためである。
 北朝鮮危機を解決すれば、トランプ大統領に対する支持率の上昇は確実であり、再選に大きく弾みがつくことになる。その為には話し合いにしろ、軍事的にしろ、あまり早く解決するのではなく、中間選挙が近付いた段階でトランプ大統領の成果として解決したと誇りたいと考えている。そういった思いから先の大統領選挙で公約した事を、できる、できないは兎も角として、愚直に実行しようとしている姿を見せて、コアなトランプ支持層を繋ぎとめている。このことが今のトランプ大統領の言動を規定しているのは明らかだ。

核廃棄方法で米朝対立
交渉での問題解決は不可能

 米朝会談が確定的になったところで問題となるのは、日経の記事にもあった「非核化の方法を巡る米朝の意見の隔たり」の解消だ。核廃棄という流れができているように思われているが、米朝会談で「真のCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)や核廃棄を基調とする合意」を見出すことは不可能と言える。それでもアメリカは核廃棄をまず行って、その後経済制裁を解くというリビア方式を主張している。しかし中朝首脳会談の記事にもあった通り、「非核化には関係各国の『段階的で歩調を合わせた措置』が必要」というのが北朝鮮の言い分だ。段階段階でその都度見返りを求め、実験施設やウラニウム濃縮施設、原子炉等と小出しに廃棄していくが、廃棄したように見せかけて、完成済みの核弾頭や弾道ミサイルを隠匿するものと思われる。
 イスラエルは一度も核実験をしたことが無いのに、核保有国として認識されており、四度に亘って続いた中東戦争がそれ以後起こっていない。一方、大量破壊兵器が無いのにあるように見せていた、フセインや、リビア方式を受け入れたカダフィの末路を見れば、金正恩の考えもわからなくはないが、逆に国際社会には核兵器中止を定めた一九九四年の米朝枠組み合意に反して、莫大な援助を受けながら密かに核開発を進めていた北朝鮮に対する強い不信感がある。米朝会談で核廃棄について合意するにせよ、弾道ミサイルの発射実験や核実験を停止するだけではなく、すでに保有している核兵器と弾道ミサイル及び中距離ミサイルも即時廃棄を受け入れさせ、徹底的に捜索検証して、完全に一個も残らず廃棄させなければ、潜在核保有国として認めざるを得なくなってしまうだろう。そこでトランプ大統領は、恒久的な大量破壊兵器の廃棄と日本人拉致問題の解決とハードルを上げたが、私は米朝会談による交渉で、全ての問題を解決することはできないと考えている。

緩衝国として、日本にとって
核抜きの金正恩政権の存続は必要である

 二〇一二年に政権を握った金正恩の憧れの国は日本であり「日米は百年の宿敵、中国は千年の宿敵」という言葉があるように、金正恩は常に中国を警戒している。その中国と連携して金正恩体制を崩壊させる恐れのあった、叔父にあたる張成沢をあらゆる罪で告発、彼の部下二人を重機関銃を連射して処刑するところに立ち合わせて肉片を浴びせ、その後に処刑し、後に火炎放射器で焼き払ったという残忍な殺し方をしたといった説もある。また自分を排除し、その後継者となる可能性が高かった兄の金正男をマレーシアの空港で脱北者への見せしめに行ったと言っても良い劇場型のVXガスにより毒殺した。
 その他にも、金正日の葬儀で霊柩車に寄り添った七人の幹部の内、党幹部の二名を除く、軍人の五人全員がその後姿を消すなど、金正恩は政権掌握の障害となる人物のほとんどを粛清、その方法も迫撃砲や機関銃を使用するなど残酷なものにすることで、批判的な勢力に恐怖心を植え付けて権力の安定を図ろうとしてきた。そんな国ではあるが、緩衝国としてアメリカや中国、ロシア、そして日本にとっても、核抜きの金正恩政権の存続は必要なことである。特に日本にとっての最悪のシナリオは、金正恩亡き後北朝鮮が中国の傀儡国家となって韓国を併合、そしてできた連邦朝鮮が中国の意のままに反日メディアを使って日本に捏造の歴史戦を仕掛けるなど、様々な方法で貶め、反日日本人を煽り、これに屈した日本が自ら中国の一自治区に成り下がってしまうことだ。
 金正恩政権を維持したままで核を取り去るには、私が以前より本稿で主張している、公開限定空爆を敢行して本気度を示すしかない。アメリカはまず北朝鮮の体制の保証を約束した上で、数百箇所以上に上ると思われる、核や弾道ミサイル関連施設の研究・製造・貯蔵・実験施設の内、主要な百カ所程度を、日時を明らかにして、避難する時間を与えた上で空爆し、破壊する。その上でさらに経済制裁を強化して交渉を強めて、「全ての核兵器を廃棄すれば、体制の保証をする」、さもなくば「全面戦争で体制崩壊に追い込む」いずれを選ぶのかと迫る。
 もう一つありうる方法は、北朝鮮の核を取り去らず、完全なコントロール下に置くという考えだ。冷戦下、ソ連に対してNATO四カ国がアメリカと結んでいたニュークリア・シェアリング協定は、平時はアメリカの核兵器を共同で管理し、有事には核兵器の使用の指揮権がアメリカから協定締結国に移行するというものだ。これの中国版の変形で、北朝鮮の核兵器を中国との共同管理下に置き、有事にはその使用の指揮権を返還するという協定を中朝で結ぶ。先の中朝首脳会談で、習近平はこのことを金正恩に同意させようとした可能性もある。しかしそもそも対中国に備えて核開発を行ってきた金正恩が、この提案を飲むことはないだろう。
 北朝鮮が中国の脅威に対する核武装が必要と考えているのであれば、アメリカが現行体制を保証し、中国からの圧力に対抗する米朝安全保障条約を締結することで、北朝鮮の核を廃棄させるという考え方もある。その時に北朝鮮が主張する、戦前戦後の賠償金として、日本に一兆円前後の要求をアメリカからも要請される可能性が高いが、そもそも日本は朝鮮と侵略戦争をしたわけではなく、当時の大日本帝国と大韓帝国が韓国併合条約を締結して、合併したものであり、賠償金のような経済援助金は全く支払う必要はない。そもそも日本が戦前に北朝鮮に莫大なインフラ投資をしてダムを造り、鉄道を整備し、多数の小学校を作り、日本の北海道のように内地化を進めていた訳で、その全てを残置した資産の価格の方が遥かに大きく、賠償する必要は全くないと拒否すべきである。

金正恩体制維持か崩壊か
日本が直面するジレンマ

 日本にとっては悲願の拉致被害者の解放だが、北朝鮮は、「日本が拉致問題を提起することによって、朝鮮半島への平和的な対話路線を阻害しようとしている」とか「日本は一億年経っても北朝鮮の神聖な土地を踏むことが出来ないだろう」と日本を酷評する言動を繰り返している。
 それにしても北朝鮮問題について、日本のメディアがこの拉致を、あまりにも重視した報道を行っているのが気になる。北朝鮮が人権を蹂躙するような行動を行ってきたのは、休戦中で戦争の再開に備えての措置で、なにも日本人だけを拉致したのではない。韓国人が北朝鮮に拉致されている人数は日本人の数十倍だと見られているし、北朝鮮はその他世界各国で拉致を行ってきた。また国内では金日成、金正日、金正恩と三代に亘って、政権に批判的な人々を死ぬまで政治犯強制収容所に押し込め、過酷な環境の中で労働に従事させている。数十万人の人達が今でもこの強制収容所にいると見られている。こういった数々の人権侵害行為は、金正恩政権が崩壊しない限り解決することはない。日本人拉致被害者の一部は解放しても、全ての拉致被害者の解放は現政権が続く限りは無理だろう。地政学的に緩衝エリアとなる北朝鮮の金正恩政権の存続を望む日本としては、これは大きなジレンマとなる。
 日本はアメリカに依存した日米安保条約があったからこそ、戦後七十三年間戦火に巻き込まれずに済んだ。しかしこれからの世界は激変し、NPT(核拡散防止条約)体制が崩壊し個々に核バランスをとらなければいけない時代となるだろう。変化の中でも、国民の生命・財産、及び領土・領海を含む国家主権を守ることができる独立自衛の国となるためには、憲法の早急な改正が必要である。ただ、今の世論や政権支持率を考えれば、改憲は二段階にならざるを得ないだろう。まず安倍首相が提起した自衛隊の存在を明記するための改憲を行った上で、できるだけ早く更に多岐に亘る総合的な改憲を行う。今は参院・衆院ともに三分の二の改憲勢力があるといわれているが、主張する改正項目はバラバラだ。しかし自衛隊の明記だけであれば、どの勢力も賛同することが可能だ。北朝鮮危機が明確な今、改憲を行うことが出来なければ、この機運が再び巻き起こることは当面ないだろう。
 軍事力という、力を伴わない交渉は、独裁国家に対しては無力だ。アメリカは力を示して北朝鮮に臨んだ結果、拘束されていた三人の解放を実現することができた。これは北朝鮮が追い詰められての行動という見方が正しいだろう。
 まず日本は非核三原則を廃止して憲法改正、ニュークリア・シェアリング協定をアメリカと締結すべきだ。平和は人々が望むだけで実現するものではなく、バランス・オブ・パワー(力の均衡)の結果だ。現実的に平和を主導できる国となるために、日本は安倍首相の目指す通り、東京オリンピックが開催される二〇二〇年までに、憲法改正第一弾の実現に向けて進んでいくべきだ。そして目の前の北朝鮮危機に関しても、核抜きの金正恩体制実現に持っていかなければならない。今、世界で一番北朝鮮の核兵器が使用される可能性が高いのは、核反撃の恐れの無い日本だ。野党が憲法改正を阻止する為という目的で、仕掛けている違法性の全くないモリカケ問題をいつまでも国会で議論しているような余裕は、日本にはない。当面は自衛兵器としてレールガンとレーザー砲の兵器化を急がなければいけない。

2018年5月18日(金) 20時00分校了