元谷 本日はビッグトークへのご登場、ありがとうございます。今日初めてデンマーク大使館にお伺いしたのですが、お庭や家具がとても素敵です。
メルビン ありがとうございます。日本とデンマークは歴史や文化などに似ているところが多いですから、センスが合うのではないでしょうか(笑)。
元谷 そうですね(笑)。メルビンさんにはApple Town十一月号のワインの会にご参加いただいたのですが、その時に私もデンマークと日本の共通点に気づき、今日はもっと深いお話ができればと思いお声をおかけしました。
メルビン わかりました。よろしくお願いします。
元谷 デンマークは長い歴史を持つ単一民族国家ということで、日本と非常によく似ています。スウェーデンやドイツとの戦争など数々の困難に打ち勝ち、時には戦いに敗れながらも国家を維持してきたデンマークは、今や民主主義国家のお手本とも呼ばれる素晴らしい国になっています。一方日本は、六十五年前のたった一度の敗戦によって精神的におとしめられ、いまだにそれを引きずっています。私は日本を再興させて誇りと自信を取り戻す運動を行っているのですが、そのためにデンマークがどのようにして国難を乗り越えてきたのか、その知恵というか秘訣をお聞きしたいのです。
メルビン 歴史をみればわかるように、どの国にとっても戦争に負けることはよくあることなのです。肝心なのは、敗戦国の国民が自分自身を見失わないことです。時間をかけてしっかりと自分たちのあるべき姿を取り戻して、再度良い国家づくりにチャレンジするのです。
元谷 そこがポイントですね。日本人は敗戦がよくあることだとは思っていないのです。一回負けることで、あらゆることで敗北主義になってしまっています。大使のおっしゃる通り、勝ったり負けたりは時の運もありますから…。その敗北からどのように立ち直るかが大切だということですね。
メルビン そうです。日本人はいまだに六十五年前の敗戦によって失ったものにこだわりすぎています。その後日本は経済を驚異的なスピードと規模で成長させ、治安が良い暮らしやすい社会システムを構築すると同時に、長い歴史のある素晴らしい文化を保ってきました。日本人は冷静に今の社会をじっくり見直し、自信を取り戻すためには何をすればいいのか、真剣に考えるべきではないでしょうか。そうすれば自ら道が見えてくるはずです。
その時忘れてはならないのは、世界の中での日本の役割という観点から日本のあり方を再定義することです。日本人は自分たちが何者かというアイデンティティ論に傾斜しすぎ、日本社会の心配ばかりで視野が狭くなり、国際社会の中での日本について考えることがおろそかになっています。本来日本のような立場にある国は、世界に向けて自分たちはこうだと主張しながら行動すべきなのです。
元谷 なるほど。今の日本では、学校で教えられる歴史とマスメディアが報道する歴史が間違っていることで、多くの国民が間違っていることが正しいと信じていて、どんどん自虐的になって今日のような状況を生み出してしまっています。今のメルビンさんのお話のように、日本人は自分たちの優れた部分に目を向けずに、反省ばかりしてきたのです。歴史においても、先の大戦での日本の戦いの結果、今日世界から植民地がなくなり人種平等となったという成果などをもっと評価すべきでしょう。しかし間違った教育と報道のせいで、多くの人が日本は過去に悪いことをした国だと信じています。
メルビン 過去に起きてしまったことに対して責任をとらなければならないのは確かですが、同時に今後のあるべき姿も模索しなければなりません。
元谷 金沢にある石川護國神社に、大東亜聖戦大碑という碑が立っています。建立十周年の今年、私は大東亜聖戦大碑護持会の最高顧問に就任しました。十月十一日に行われた十周年の式典でもお話したのですが、その戦争の良し悪しとは別に、どの国においても戦いで死んでいった戦没者をきちんと遇しています。ですから終戦記念日には、総理大臣を含む全国民が英霊を称えるべきなのに、今年は閣僚全員が靖国神社の参拝を行わなかった。非常に情けないことです。また国連憲章での旧敵国条項がいつまで経ってもなくならないなど、日本にとっての過去への決別はなかなか進みません。いまや日本は二十%もの国連分担金を負担しているのですから、旧敵国などもってのほか、常任理事国になってもおかしくないはずです。デンマークもぜひ撤廃を支持して欲しいのですが。
メルビン 手続き的に条項をなくすのは非常にむつかしい。解決方法をなかなか見つけられないために、これほどまでに時間がかかっているのでしょう。また敵国とされている国がなかなか削除要求を行わなかったというのも事実です。
元谷 私には、その日本の外務省の対応も信じられないのですが。
メルビン 日本が国連分担金で多額の負担をしていることもよく知っています。しかしデンマークも経済の規模から考えると、非常に大きな金銭的負担を行っています。さらに人的貢献としても、国連軍に多くの兵を派遣していて、アフガニスタンにも約五百人のデンマーク兵が駐留、約四十人もの犠牲者を出ています。私たちには自分たちの実力以上の貢献をしている自負があるのです。法律的な問題があることは知っていますが、日本も金銭負担以外にもっと他にやれることがあるはずです。
元谷 それはどういうことでしょう?
メルビン 実はデンマークは、日本を安全保障理事会の常任理事国にずっと推薦し続けています。それでもなかなか認められないのは、日本の外交官にも問題があるからです。やさしい問題ならいいのですが、アフガニスタンやイラクの問題になると日本人は関与したがらない。しかし世界が日本に求めているのは、この困難な問題の解決です。ここで踏ん張れば日本は常任理事国になれるのに、大事なところで逃げてしまっています。
元谷 おっしゃる通りです。デンマークのような大きな世界貢献を行えば日本も世界から評価され、旧敵国条項もすみやかになくなるのに…。それを阻害しているのは、やはり日本人の誤った歴史観・国家観なのです。
メルビン 私がよく言っているのは、文民派遣の強化です。例えばデンマークでは警察官を育てるインストラクターや学校建設を行う人々を派遣しています。自衛隊の派遣ががむつかしいのはわかりますが、このような文民なら憲法上問題にならないはず。しかしそういった貢献を日本は行なおうとしません。
元谷 今の日本は「金は出すけど人は出さない」というスタンスですね。犠牲を極端に嫌う。これは小さなリスクでも排除しようとする今の日本社会とリンクしています。本来、世の中のありとあらゆることにリスクは伴うのです。考慮すべきなのは、そのリスクが大きいか、小さいかという確率の問題です。家にいて隕石に当たるような微小なリスクであっても、日本人は排除しようとする。その代償として、金銭的に高い負担を余儀なくされていることに、気づいていない人が多いのです。
メルビン デンマークは世界で最も幸福な国だといわれています。なぜそうなったのか。まず社会保障がしっかりとしているので安心、国民に基本的な不安感がないということが一番です。また国の気風として、人々の間の信頼感が強いということもあるでしょう。他の国の人は驚くのですが、デンマークでは何を質問しても許されて、ちゃんと答えが返ってくるのです。また徹底的に議論を行うという習慣もあります。これらのベースとなっているのが、信頼感から生み出されたデンマーク人としての「一体感」なのです。
元谷 なるほど。
メルビン またデンマークは「自由な国」です。最低限のマナーさえ守れば、どういう生き方をしようが自由で、国や社会が規制することはありません。どんなデンマーク人もデンマーク人らしさに誇りを持っています。人生を楽しみながら、その「らしさ」を自分の好きな生き方で表現するのがデンマークスタイル。だからみんな人生が楽しくて、ウキウキしていますよ(笑)。世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)といわれるFacebookの利用率が世界一ともいわれていて、それがまた国民の一体感を高めています。小さい国でありながらデンマークが国際社会で存在感を発揮しているのは、そういうバックボーンがあるからなのです。
元谷 長い年月をかけてデンマーク人が徐々に「今日の世界一幸せな国」に向けて国づくりを行ってきた成果なのでしょう。一つお聞きしたいのは、その国づくりにおける王室の役割です。王室があったからこそ、国民の一体感も醸成されたのでは…と思っていたのですが。
メルビン 大変むつかしい質問です。現在のマルグレーテ女王もそのオープンな姿勢で、国民に絶大なる人気があります。王室の存在が重要なものであるのは間違いありませんが、デンマークの発展は国民が築く社会と王室の二本柱で進んできたものであって、どっちがどれくらい貢献したのかというのは、一概にいうことはできません。実際、第二次世界大戦後には、王制廃止と共和制移行が検討されたこともありました。
元谷 そういう検討も行われたのですか。しかし今の王室の人気ぶりをお聞きすると、結局残しておいてよかったのでしょうね。私はデンマークと同様に皇室をいただく日本も、世界一幸せな国になる資格があるのではないかと思うのです。そうはなっていない理由は、政治システムがうまく機能していないから。その根本にあるのが、歴史を正しく理解していないことです。間違った教育と間違った報道によって日本は自ら自虐的になって、権利がありながら幸せを放棄しているのです。
高福祉のデンマークでは、コスト負担として消費税が二十五%にも及びます。それでも国民みんなが満足している。しかし今の日本国民がその税率に耐えられるかは、非常に疑問です。今の風潮は、税金は低い方がいいが、享受するものは多くないと嫌だというものなので…。
メルビン 今の日本に必要なのは強力なリーダーシップを持った政治家ではないでしょうか。「日本人は国際社会で充分にやっていけるのだよ」と鼓舞してくれる人です。首相が一年ごとに替わっているのが現状ですが…。
今デンマークが国際社会のパワーポリティクスから逃れるために、何を目指しているか。二◯五◯年までにエネルギー源を、すべて国内でまかなえる新エネルギーにすることです。そのために石油や天然ガスなどの輸入を抑え、風力発電などへの転換を急いでいます。これが実現すれば、他国からの独立性をデンマークはしっかりと維持することができるようになります。
元谷 安全保障のためには、高コストもやむを得ないという判断なのですね。日本は経済合理性だけを追究していますから、安価で調達可能な輸入エネルギー源からなかなか脱却できません。デンマークの先を見越した動きはさすがに素晴らしい。
メルビン 日本は今エネルギーの約九六%を輸入に頼っています。デンマーク人から見ると、ちょっと信じられない数字ですね。なぜ自分たちでエネルギーを作ろうとしないのか、そこが日本の問題ではないでしょうか。先々のことをよく考えていないというか…。
元谷 日本には、いつまでも平和が自動的に続くと思い込んでいる人が多い。いまや東アジアは世界でも有数の緊張エリアなのに、平和を願えば平和になると思っているのが日本人なのです。
メルビン エネルギー獲得競争の最大のライバルが誰か、日本人はもっと自覚するべきです。もちろんそれは中国。彼らが世界中からエネルギー源をどんどん輸入しようとしていることが、わかっているのでしょうか。デンマークが目標としている二◯五◯年まではまだ四十年あります。それだけ長い時間をかければ、急に多額の投資を行うことなしに、徐々にシステムを変えて、エネルギーを自給できるように国のシステムを変えていくことができるはずです。
元谷 日本の大きな弱点は、そのような長期の国家戦略を持っていないことでしょう。
メルビン デンマークでは五年から十年ごとのスパンで政権交代が行われます。しかし前政権が打ち出した政策は、基本的には次の政権も踏襲するという伝統があります。ですから十年、二十年がかりの政策の実行が可能なのです。
元谷 法律で決まっているわけではないのに、そのようなことが習慣として行われているのですね。素晴らしいことです。デンマークが厳格に民主主義を運用できる理由の一つが、徹底した議論の習慣だと思います。これは教育の成果でしょう。日本の民主主義がうまく機能しないのは、記憶力偏重で議論して正しいことを見出すことを教えない教育にあるのではないでしょうか。
メルビン そうかもしれません。ただ念のために言っておきますと、デンマークもいいことばかりではありません。私たちもたくさんの問題を抱えていますから(笑)。
元谷 メルビンさんのおっしゃるように、代替エネルギーの対策をとっていないと、「爆食」ともいわれる中国の旺盛なエネルギー需要に、対抗する間もなくすべてを食い尽くされてしまう。中国は今アフリカ諸国に進出して、資源を買い漁っています。これも十三億の中国人の将来のためなのです。一方の日本は未来よりも今のことのみ。まるでアリとキリギリスですよ(笑)。
メルビン 中国など新興国の資源需要により、天然ガスや石油の国際価格は、今後値上がりする一方でしょう。二◯◯八年に一バレル一四六ドルの史上最高値をつけた後急落した原油価格(WTI)ですが、いずれは一◯◯ドルどころか二◯◯ドルを超える高値をつけるはずです。すぐに代替エネルギー開発に取り組まないと、まずいことになるでしょう。
元谷 そのような話を聞くと、日本の将来について限りなく心配になるのですが、私はまずは日本国民が自国に誇りと自信を持つことが大切だと考えています。先日ワインの会でお聞きしたお話で一番印象に残っているのは、デンマークで行われた自国文化再評価運動のことでした。国民一人ひとりが誇りに思える文化を十個取り上げることを繰り返して、自国の優れたものを再認識するという活動は、日本でもぜひ実行したいものです。悪い部分ではなく、日本のいいところ、誇れるところを再認識することで、国民全体が前向きな姿勢になることが、誇れる国・日本再興の第一歩になると思います。
メルビン それはいいですね!私もいつもデンマークの活動を引き合いに出して、日本の人々に「誇りに思うもの」を聞いています。日本人をプラス志向にするには、なかなか効果的ですよ(笑)。私から見れば、日本は信じられないくらい凄いことをたくさん達成している国なのです。さらに必要なのは、世界を見渡して国際的になにができるかを考えることだと思います。
元谷 そうです!日本は過去の戦争の話ばかりしている時代をそろそろ脱却して、今の世界の状況から未来の日本を考える時期にきています。そのために誇りと自信を取り戻すなど、一つひとつ課題を克服する必要があるのではないでしょうか。
今日はいろいろといいお話をお聞きできました。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。
メルビン 一部の日本人は国際舞台でアクティブに活躍していますが、まだまだ少ない。基本的に日本人は内向き人が多いですね。でも海外に出れば、活躍できる場所がたくさんあるのです。世界をフィールドにして活動する日本人の若い人がもっと増えればいいと思います。
元谷 日本から海外に留学する人も減少していると聞いています。小さな幸せで満足する人が多くなり、リスクをとって大きな幸せを得ようとする人が減少しているのではないでしょうか。日本の国民性から覇気が失われている感じがしています。私は若い頃から好奇心いっぱいで、世界中を自分で見てやろうと決心、実際に世界六十九カ国を訪れてきました。しかし最近は若い人と話をしていても、旅行だとしてもどんどん海外に行って…という人は、すっかり少なくなりました。小さい幸せばかり追っていては、結果的には「ゆでがえる」の例えのように、いつの間にか国全体が衰退していくことになるでしょう。日本人には、ちょっとした刺激が必要なのです。今回の尖閣諸島での事件に対する怒りというのは、その刺激になるかもしれません。一度は日本が覚醒したらすごいぞ!というのを中国に見せつけてみたいですね。今日は本当にありがとうございました。
メルビン こちらこそありがとうございました。
フランツ=ミカエル・スキョル・メルビン氏
1958年デンマーク・ヘラロップ生まれ。1983年コベンハーゲン大学法学部を卒業、弁護士に。1984年デンマーク財務省を皮切りに、外務省など国の役職を歴任。ブラジリアや北京での代理大使、外務省内での数々の要職を経て2007年デンマーク大使としてアフガニスタンのカブールに赴任。2008年から現職。1985~1988、1991~1994はコペンハーゲン大学法学部の助教授も兼任した。