JOURNEY TIME

Vol.2[2026年2月号]

各業界で活躍する賢人の方々にお集まりいただき、日本を元気にするための施策や
日頃こだわっている仕事観について語り合うJOURNEY TIME。今回は、高品質な商品を低価格で提供するビジネスモデルを貫く
株式会社ニトリホールディングス代表取締役会長兼CEOの似鳥昭雄氏、プロダクトとサービスを通じて健康をサポートする
株式会社タニタ代表取締役社長の谷田千里氏、神戸ビーフの美味しさを日本中に、そして世界へと伝える
株式会社かわむら代表取締役の川村佳子氏、ネットの世界から手数料を無くすことを目標に事業を進める
株式会社Wick代表取締役の中道慶謙氏をお迎えし、2025年の振り返りと2026年の抱負を語り合いました。


株式会社ニトリホールディングス 代表取締役会長兼CEO
似鳥 昭雄氏

株式会社かわむら 代表取締役
川村 佳子氏

株式会社タニタ 代表取締役社長
谷田 千里氏

株式会社Wick 代表取締役
中道 慶謙氏

自ら商品開発の先頭に立ち 原点回帰で再度成長路線へ

似鳥昭雄氏の二〇二五年は「原点回帰の年」だった。似鳥氏は二〇二四年二月、株式会社ニトリの社長に再び就任。二〇二五年九月には商品開発と企画部門を商品部として統合し、そのトップとなった。背景には、商品開発のスピードを上げたいという思惑がある。次々と新しい商品を出していかないとお客様は商品や店が変わったと思ってくれず、何度も来店してくれない。インフレの影響も大きく、売上の伸びが鈍化している中、もう一度やり直しをしようと、社長と商品部トップに復帰した。商品開発のスピードが鈍った一つの要因は、コロナ禍以降、海外に出向くことが減少したことだ。似島氏も商品部の社員も、年間七十五日程度にまで減っていた海外出張を、年間百五十~百八十日まで増やした。このようにして、消費者の求めている安くて良い品を開発、二〇二五年からこのサイクルが動き始め、二〇二六年は仕上げの年としてしっかりと軌道に乗せていくという。

似鳥氏は、ここ数年間アジアの工場建設にも力を入れてきた。ベトナムには三箇所、約一万人の従業員が働く合計約十六万坪にも及ぶ面積のソファやベッド等を造る工場があり、利益も出るようになってきた。タイの工場では、日本から持っていった年間五千万本にも及ぶペットボトル等のリサイクル原材料を溶かし、糸にして、カーペットを製造している。これら工場が軌道に乗ったので、次は先述の課題、商品開発の再強化だ。ニトリの(全体の商品点数に占める)新商品比率を年間三十五パーセントにまで引き上げ、お客様への提案を増やしていく。

一九六七年に開業した似鳥家具店の一店舗目は「支店」と書かれていた。そうやって、あたかも本店が別にあって、もっと多くの商品をストックしているように見せた。卸など行っていないのに、一九七二年に店舗の名称を「似鳥家具卸センター」に変えたのも、事業を大きく見せるためだった。採用でも創業してから七年間は大学生を募集しても、誰も入社してくれなかった。似鳥氏自らが大学に行き、食事を奢るから話を聞いてくれと誘い、採用活動を行っていた。話を聞いてくれるのは十五人に二人で、時間もわずか二十分程度だった。当時は大学を出て家具店に入社することに、まだまだ抵抗がある時代であったため、ようやく大卒新入社員の第一世代が入社したのは、似鳥氏が三十一歳の時だった。ニトリの株は当初から百倍になっていて、初期に入社した社員は多い人で現在十億円のニトリ株を保有している。その後似鳥氏は札幌で一番、北海道で一番、日本で一番を目指して事業を拡大させ、それに伴って学生間での就職先としてのニトリの人気は上昇。今や文系大学生の就職先人気ランキングで、三年連続、ニトリはナンバーワンに輝いている。三年生のインターンシップには、約三万人が参加。年間十四万人の学生が応募して、二〇二五年は約千二百人がニトリに就職している。ニトリの方針は、意欲と執念、好奇心、そしてロマンとビジョンを持って日本を変え、そして世界に打って出ることのできる人材の育成だ。似鳥氏がよく言うのは、ニトリで成長することで他社からスカウトされるビジネスパーソンになること。優秀な人材の採用のために、入社五年目以上の若い社員を八十名採用部隊に配属。学生は会社の魅力よりも先に社員の魅力に惹かれて、ニトリへの入社を志望するようになる。似鳥氏は二〇二六年もニトリをもっといい会社にして、日本をいい国にしていきたいと考えている。

衰えた商品開発力を トップのてこ入れで復活

谷田千里氏の二〇二五年は「非常に働いた年」。数年前に最高の業績を出した後、谷田氏は仕事に一区切りがついたとして、後進の育成を図るために二年間、積極的に経営に口を出さないように我慢していた。しかし業績が悪化し、その後の二年間アドバイスするようになり、今年は全面的に前に出て働くようになった。メーカーにとって商品開発は非常に重要なのだが、コロナ禍でリモート勤務をOKとした時に感じた「リアルに集まらないとアイデアが出ず、商品が駄目になるだろう」という予感が、結果的には当たった。当時は予感があっても「出社してくれ」とは言えなかったのだが、それがボディーブローのように今効いてきている。二〇一〇年に出版を開始したレシピ本「体脂肪計タニタの社員食堂 五〇〇kcalのまんぷく定食」シリーズは、累計発行部数五百四十三万部を達成。この本がきっかけとなってオープンした丸の内タニタ食堂がビルの建て替えに伴い二〇二五年三月に閉店、新しく十月にタニタ食堂本店が豊島区役所の中にオープンした。

谷田氏は一九七二年生まれで、タニタの三代目。名前の千里は、生まれた大阪府吹田市の千里ニュータウンが由来だ。初代の祖父はシガレットケースやライターを製造していた。当時のタバコのパッケージは潰れやすく、金属製のシガレットケースのニーズがあった。さらに同じ売場ということでライターや、その他電気ストーブやオーブントースター等をOEMとして祖父の時代には製造していた。その中で自社ブランドとして造ったのが体重計だった。今の消費者にとってはタニタと言えば食堂のイメージも強いが、元々はメーカーであり、ものづくりの機微を大切にしている企業だ。二〇二六年も、日本を健康にする商品をコツコツとリリースしていく。

谷田氏はコンサルティング会社に勤務していた時、ワタミ株式会社の渡邉美樹氏と懇意にしていた。渡邉氏は起業という夢を実現するために、佐川急便のセールスドライバーになって昼夜を問わず働いて、開業資金を工面した人だ。渡邉氏は、夢があるのだから一生懸命働くのは当たり前だし、会社としてはその夢の実現をサポートすると言っていたのだが、これが曲解されてブラック企業の代表のようにされてしまった。頑張りたい人が頑張れる会社は良い企業のはずなのだが、今の社会だと誤解されやすい。率直な称賛の言葉も、相手との関係性が希薄な場合には、ハラスメントだと言われかねない時代になってしまっていると感じている。

来年の関空出店をバネに 神戸ビーフを世界へ伝える

川村佳子氏の二〇二五年は、多くの訪日外国人旅行者に、神戸ビーフの美味しさを感じてもらえた年だった。創業が一九七二年の「ビフテキのカワムラ」は、神戸本店をはじめとした兵庫県と銀座や六本木等の東京、そして大阪の北新地に店舗を持つ。これまでも二〇〇一年の狂牛病騒ぎ、二〇〇八年のリーマン・ショック等いろいろとピンチはあったが、二〇二〇年に始まったコロナ禍は何年で収束するかがわからなかったことが、非常に辛かった。東京の店舗は東京オリンピックを目指して維持していたが、結局無観客になって満席だった予約が全てキャンセルされた。コロナの四年間は九割以上の売上減で非常に苦しんだが、兵庫県の店舗は地元のお客様が来店してくれて、それでなんとか事業を維持していくことができた。二〇二六年の初夏には、関西国際空港の第一ターミナル出国エリアに、新業態「KOBIST(コビスト)」の出店が決定。牛肉を気軽に楽しめるこの店舗で、日本の黒毛和牛、神戸ビーフの美味しさを海外に積極的に発信、そして関西を、日本を元気にしていきたいと、川村氏は考えている。

リリースしたアプリで デジタルの手数料を0円に

中道慶謙氏の二〇二五年は、Wickというオリジナルアプリをリリースした出発の年だ。ネットの世界では、マンガアプリでは七五%、通販系アプリでは一五%〜三〇%等の手数料が発生している。こんな世界の中で、中道氏はこの一年、どうやったら手数料を限りなく0%にしたプラットフォームが実現できるのかを考えてきた。新しいアイデアの肝はやはり広告だ。ネットでの広告は年間四・五兆円の規模に拡大してきているが、それらはYouTube、Google、TikTok、Facebook等のプラットフォームを通じて、海外の企業に流れている。中道氏は、オリジナルアプリによって広告費をユーザーにポイントとして還元、そのポイントをマンガの閲覧や商品の購入等に充てることができるというビジネスモデルを考えついた。

Wickの最大の特徴は特許も取得している「ミニまど広告」だ。ブラウザやアプリで頻出する広告には多くの人が「邪魔なもの」というイメージを持っているが、このことが広告出稿を「リスク」にしてしまっている。「ミニまど広告」はスマホ上に表示される小さな画面の広告で、Wickを立ち上げている時はもちろん、他のアプリを使用している時も表示が可能だ。この小さな画面は大きさの変更や表示位置の移動ができる。この「ミニまど広告」を一時間表示することで、ユーザーが二百四十円のポイントをゲットできるという仕組みだ。株式会社Wickはサーバー代等運営費として数%を取るだけで、広告費の大半はユーザーに還元される。つまり、広告費を直接消費者に還元させることができる画期的な仕組みとなる。このポイントでは今はマンガの購入しかできないが、今後は様々な商品の購入にも利用できるように拡大していく予定だ。

中道氏はこのWickのサービスを二〇二四年一月一日に地震の被害に遭った能登半島の復興に活用できないかと考えた。貯めたポイントをガソリンスタンドやコンビニで使えるようになれば、能登半島の地元の人にも、観光で訪れる人にも大きなメリットになる。能登半島に関する広告費を原資に、能登半島だけで利用可能な「能登ポイント」を広告を見たWickユーザーに配布して、能登への来訪を強力に促進することも可能だ。これから二〇二六年にかけて、全てのデジタルの手数料がゼロになるような世界を作っていくのが、中道氏の野望だ。