各業界で活躍する賢人の方々にお集まりいただき、日本を元気にするための施策や日頃こだわっている仕事観について語り合うJOURNEY TIME。看板商品の「東京やき豚」とローストビーフを「東京みやげの新定番」として定着させることを目指す肉のたかさご株式会社代表取締役社長の藤田博子氏、焼き立てのパンを急速冷凍、全国約5000店ものホテル&レストランに出荷している株式会社スタイルブレッド代表取締役の田中知氏、ラジオからテレビへ転身して番組作りに奔走する東京メトロポリタンテレビジョン株式会社制作局長の松任谷玉子氏、1913年に創業、大麦や米を扱って113年の歴史を誇る濱田精麦株式会社取締役の濱田翔大氏をお迎えし、仕事と旅について話しました。
肉のたかさご株式会社 代表取締役社長
藤田 博子氏
株式会社スタイルブレッド 代表取締役
田中 知氏
東京メトロポリタンテレビジョン株式会社
制作局長
松任谷 玉子氏
濱田精麦株式会社 取締役
濱田 翔大氏
「肉のたかさご」は一九四七年に藤田博子氏の祖父が創業した精肉店で、来年八十周年を迎える。今年六月には大丸東京店の地下一階の食品街「ほっぺタウン」のお弁当ストリートに出店、お肉を使ったボリューム満点のお弁当やローストビーフ、やき豚やメンチカツなどを販売している。人気は名物のやき豚が入った「やき豚コロッケ」で、これをベースにした「アパ社長カレー」使用のコラボ商品も現在開発が進んでいる。「肉のたかさご」の本店は、月島もんじゃストリートに近い佃にある。月島、佃界隈にも近年タワーマンションが増えているが、ここの住民はスーパーで買い物をしても、肉類は必ず「肉のたかさご」で購入する。惣菜や弁当も豊富なため、昼時や夕方には非常に混み合うので、昼過ぎに訪れるのが正解だ。「肉のたかさご」は、二〇〇六年には優良経営食料品小売店等全国コンクール生鮮食品等小売業部門で、農林水産大臣賞を受賞した。都内の精肉店でこの賞を受賞した店は、他にはないと言われている。
海外で藤田氏が好きな国は、過去四回訪れたことがあるモルディブだ。モルディブは一つの島が一つのリゾートとなっていて、朝起きて部屋からそのまま海に入ることができる。ウミガメなど、海の生き物との触れ合いも楽しめるところが、藤田氏のお気に入りポイントだ。
ホテルにまつわることで藤田氏が覚えているのは、二十五年ぐらい前、全国の百貨店の催事に出店している時に宿泊したビジネスホテルだ。一人で現地に行き、地元のマネキンさんを雇用して、一週間ぐらいブースを運営していた。百貨店が用意したホテルに入ったところ、洋服を掛けるクローゼットやハンガーが一切なく、非常に困ったことがある。
また、藤田氏が深い思い出を持っているホテルは、日本橋にあるマンダリン オリエンタル 東京だ。二人で食事をした後、ラウンジの窓際の席に座ったところ、「一生幸せにします」という文字が書かれたデザートを現在のご主人がスタッフから受け取って、膝をついて藤田氏に捧げてプロポーズした。翌年結婚して、プロポーズ記念日にマンダリン オリエンタル 東京に宿泊した際、この件を話したところ、ホテル中どこに行ってもスタッフが「おめでとうございます」と声を掛けてくれた。レストランでは撮影した写真にスタッフがメッセージを添えたものを贈ってくれたり、バーのホテルオリジナルのマドラーを「かわいい」と評したら、そのままプレゼントしてくれたり。「感動がなければホテルじゃない」と言った有名ホテルの経営者がいたが、マンダリン オリエンタル 東京はまさに感動を与えてくれるホテルだと、藤田氏は感じている。
スタイルブレッドの田中知氏は、群馬県桐生市で一九三〇年に創立したパン店の四代目だ。二十二歳で父親が経営するベーカリーに入って、パンを作り始めた。当時取引のあった桐生市内の料理にこだわるフレンチレストランのシェフから、ベーカリーのパンではなく、料理に合わせるパンを作って欲しいと言われた。しかし田中氏は、何度聞いてもその意味がわからなかった。やはり食べてみなければわからないと、毎年一回は勉強のためにフランスへ料理を食べにいくシェフと一緒に、実際に本場のパンを食べにいくことになった。約三十五年前、世界中でミシュランの三つ星のレストランはわずかしかなかった時に、パリやベルギー、スイスを巡って、その中の六軒のレストランを訪れた。どのレストランも自家製の天然酵母で作った小さなパンを出していて、バゲットを切って出していた日本のレストランのスタイルとは全く異なっていた。この十日間の旅が田中氏のその後の仕事や人生を決定づけた。ヨーロッパで食べたような食事パンに、自分の人生を賭けてみようと考えたのだ。かつては景気が良かった桐生市の経済にも衰退が見え、人口減もあってベーカリーを続けていても先細りが予測できていたこともあった。そこで田中氏はベーカリーをやめ、二〇〇六年から料理に合わせる食事パンに特化、焼き立てのパンを急速冷凍してホテルやレストランに納品するというビジネスに転換して成功を収めた。今では、ホテルの朝食バイキングなどにも利用されるようになり、約六十種類にも及ぶ食事パンの製造を行っている。一番売れているのは、ホテルの朝食で人気のクロワッサン。次に人気なのは、四角い形をしたミルクパンだ。アパホテルの直営レストランの朝食にも、田中氏のスタイルブレッドのパンが登場している。そのままホテルが朝食会場に置くことができる、スタイルブレッドの焼印が押された専用の木製のボックスも制作。このボックスを使用すると、朝食会場に一坪のベーカリーが誕生する。バイキングのグレードがアップするとして、ホテルからの高い評価を得ている。焼き立てを急速冷凍し鮮度を保ったこのパンは、個人でもスタイルブレッドの公式オンラインストアから購入することができる。
松任谷玉子氏は東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の制作局長を務めている。TOKYO MXに入社する前は、TOKYO FMで約二十年ラジオの仕事をしていた。「TOKYO SPEAKEASY」という秋元康氏がプロデュースしたラジオ番組を担当していた時に、元谷専務と片岡鶴太郎氏が生対談で出演したことから、専務との縁が生まれた。
松任谷氏は東京出身だが、アパグループがかつて本拠地を置いていた石川県金沢市にも縁がある。松任谷氏の父親は、松任谷由実氏の夫である松任谷正隆氏のいとこにあたる。松任谷氏は父親から松任谷家のルーツが石川県の松任市(現在の白山市)にあると聞いた。二〇一五年に北陸新幹線が金沢まで開業した際には、由実氏のレギュラー番組の延長線上で特別番組「金沢花紀行」が制作されることになり、松任谷氏も金沢での取材に同行した。この番組タイトルは、由実氏が荒井由実時代に発表した金沢で作った楽曲「花紀行」(一九七五)にちなんだものだ。また松任谷氏は、二〇二三年には「いいこと、聴いた」というラジオ番組で、秋元康氏と野呂佳代氏、小松市長の宮橋勝栄氏とともに小松市を巡ったこともある。小松市は歌舞伎の演目「勧進帳」が生まれた舞台でもあり、その後、宮橋市長とともに東京タワーで市川ぼたん氏の踊りをメインとしたイベントを開催した。
濱田精麦は大正二(一九一三)年、静岡県沼津市で創業、関東大震災の後に神奈川県松田町を経て、伊勢原市に移って今に至る。大麦をメインとした精麦業(食用・飼料用)を中心に商売を始め、米にまで扱い商品を拡大、本社の他に札幌、仙台にも工場を持ち、全国に大麦や米を卸していた時代もあった。一九九五年食糧法が施行され、米の流通が原則自由化になった事から、本社工場跡地を利用した不動産業にも進出したり、仙台工場を売却したりと時代に合わせた経営を続けてきた。
当時は高級スーパーである紀ノ國屋を中心にお米やパックご飯を長く納入していたが、十数年前に始まった「もち麦」ブームで、濱田精麦のもち麦のパックご飯がブレイク。二〇一〇年代前半に、パックご飯を主力商品とすべく経営の舵を切った。二〇二四年四月からはアパグループとのコラボで、パックご飯「アパ社長ごはん」の発売を開始した。「アパ社長ごはん」のご飯は、一五〇グラムとお茶碗小盛りの大きさ。容器が深底になっていて、温めたご飯を少しずらして、そこに「アパ社長カレー」を入れて食べることができる。別途お皿を使用することなくカレーライスが味わえると好評だ。濱田精麦ではこの他にもJリーグの湘南ベルマーレや北海道コンサドーレ札幌、カーリングのロコ・ソラーレとのコラボパックご飯を販売している。炊飯する時間を節約するためにパックご飯を食べるという家庭も増加、またパックご飯は防災備蓄としても購入されており、そのニーズは増える一方だ。また、濱田精麦は北陸地方以外のアパホテル直営レストランに、石川県産の「コシヒカリ」「にじのきらめき」のお米を納品している。
濱田精麦では、日本酒の原料である酒米を搗精する時に発生する酒米粉を仕入れて工場で加工、酢や米菓の原料として出荷している。この酒米粉や玄米、大麦の仕入先は北海道から熊本まで全国に約二十カ所あり、濱田氏はそれらの場所によく出向いている。濱田氏が高校二年生の時に亡くなった父親は、当時濱田精麦の工場があった仙台に氏をよく連れて行った。また仙台で一年間勤務したこともあり、濱田氏は仙台に強い思い入れを持っている。奥様が鹿児島の出身ということから、濱田氏は鹿児島で桜島を見るのも好きだ。
濱田精麦のある伊勢原市の大山の大山阿夫利神社は、江戸時代に多くの江戸の人々が「大山詣」として参拝した場所で、江戸からここへの道は大山街道と呼ばれていた。東京都世田谷区の地名「三軒茶屋」は、この大山街道と登戸道の分岐地点に三軒の茶屋が並んでいたことに由来する。二〇一二年、当時皇太子さまであった天皇陛下が大山登山を行ったこともあり、大山は非常に貴重な観光資源だ。しかし麓町の伊勢原駅前には、登山の疲れを癒す大浴場付のホテルが現状無い。観光都市を目指す伊勢原市としては、大浴場やサウナがあり、駅前でゆっくりできる滞在型のホテルができる事を望んでいる。