元谷一志CEOと多彩なゲストが、その月々のテーマで語り合う「知のアフタヌーンティー・ラウンジ」。
今回は超高層建築や再開発事業など大型案件の設計を中心に行っている株式会社日企設計代表取締役会長兼CEOの玉岡順石氏、建物、設備の管理を中心としたトータルファシリティマネジメントを行うキョウワプロテック株式会社
代表取締役社長の吾妻学氏、ホテルなどの施設を対象に、空調などの設備のエンジニアリングを行っている
株式会社キャプティソリューションズ常務執行役員の佐藤英樹氏をお迎えし、「教育」をテーマに語り合いました。
株式会社キャプティソリューションズ 常務執行役員
佐藤 英樹氏
キョウワプロテック株式会社 代表取締役社長
吾妻 学氏
株式会社日企設計 代表取締役会長兼CEO
玉岡 順石氏
社員の方向性の統一が必要
企業にとって社員の教育は非常に重要なものだが、同時にその方法には様々な課題がある。株式会社キャプティソリューションズでは、これまでのOJT中心の教育体系をどう変えていくかが課題になっている。従来のOJT教育に加え組織的に教育や研修を充実させ、個人の「スキルの見える化」を実施している。建築関連の資格取得補助や資格手当も設定し、社員が積極的に学ぶという雰囲気が今、醸成されつつある。
キョウワプロテック株式会社の吾妻社長は、アパグループの一志CEO同様に二代目だ。教育の原点は創業者の教えで、挨拶に身だしなみというサービス業の原点から常に挑戦するという意欲まで、継続して社員に根付かせている。さらに、資格取得の支援、資格や業績に伴った給与の支給も実行している。このスタンスはシルバー層に対しても同じで、セカンドキャリアであっても様々な意欲が衰えないような制度を構築しており、これらをどう高年齢社員に伝え、教育していくかが今後の課題となっている。
教育に近いところで重要なのが、会社の士気をいかに維持するかだ。株式会社日企設計では社員十則を読むことを重要視している。昔は毎朝行っていたが、今は課ごとに月一回、東京や大阪など拠点が全て参加する朝のウェブ会議では二カ月に一回、社員十則を唱和している。しかし玉岡氏が懸念するのは、読んだとしてもそれを本当に理解しているのか、理解していても実行できているかということだ。経営者は常に会社を潰すか、伸ばすかという判断の中で行動しており、情熱を見せるという意味で叱ったりもしてきたが、これからも、若者に大きな夢と希望をもたせ、強い団結心を持って、よりよい会社を創り上げていきたい。
アパホテルのスタッフの年齢層は、十代から六十代とジェネレーションギャップが激しく、その中で一体感を演出していくことが会社として求められている。社員のベクトルと会社のベクトルを合わせることで、強力な推進力が発揮されると考えるからだ。令和時代は個々がバラバラであることが当たり前になっているが、これでは組織が瓦解してしまう可能性がある。令和においても、社員のベクトルを揃えるような「器」を会社が創ることが必要だ。またそれには、経営者の柔軟な発想が重要になる。
日本の教育の大きな特徴だ
多くのホテルのキャリアステップは、ドアボーイやベルボーイ、フロントなど様々な現場経験を経て、五十代でようやく支配人になるものだ。しかし、五十代でいきなりマネージメントを任されても、パソコンが使えなかったり、使えてもITを駆使したマネジメントができなかったり、柔軟性が落ちてきている五十代にはなかなか困難だ。アパホテルでは早い人であれば三年目で副支配人、五年目で支配人と、柔軟性のある二十代の社員が、支配人職としてマネジメントを経験している。一説によると人間は三十五歳に一つの境界があって、それ以降はそれ以前に経験したことの延長上でしか行動できない。マネジメントも同様で、若いうちにどんなに小さな規模でも経験していなければ、もっと年を重ねた時に実行しづらくなる。企業の人事に関して今、ゼネラリストかスペシャリストかという議論があるが、いずれも企業には必要だ。専門領域だけを担当していても部長までの職は担えるが、それ以上の役職に就くには、やはり三十五歳までに複数領域の経験があることが必要だ。かつては三年かかっていた教育をEラーニングの活用で一年に短縮、生み出された二年を使ってジョブローテーションを行った方が、将来のキャリアが豊かになる。
中小企業であれば、どうしても業務が属人化されやすくなる。属人化されてしまうと、例えばその担当者が健康を損なって出社できなくなった場合、また一から担当者を養成しなければならない。替えが利かない社員の増加は、企業としての成長が阻害され、いつまで経っても中小企業から脱却できない。成長にとって大事なのは、人材の替えがきく状況を構築していくことだ。
次世代に残していくような教育が重要だ。明治維新の際には吉田松陰の松下村塾があり、そこで学んだ多くの若者が時代の変換期に活躍し、それが今の日本の礎になっている。以降、海外の教育を日本に取り入れることも行われてきたが、そろばんや書道、華道、茶道、柔道や剣道など、「道」を教える教育が日本では脈々と受け継がれている。玉岡氏のご令嬢はスイス人と結婚してスイスに住んでおり、お孫さんはスイス国籍の小学校六年生の女の子で、日本語と英語をはじめとして五カ国語を話す。しかし日本人学校に通って書道を学んでいて、日本にルーツを持つことの矜持を忘れていない。「道」は礼儀や作法などを通して進むべき道筋を教えてくれるもので、それを学んだ上で、後は自分で考えて実際に進んでいく。これは日本独特の文化だろう。
ビジネスの感度が悪くなる
最近はAIによって研修を行う企業も増えている。またAIを労働力として活用するケースも増加している。アパホテルでも、AIを使ったスマホアプリ「APA Stay Here」によるデジタルコンシェルジュを導入している。設計の世界でも、これまでは人間が考えてCADを使って製図していたが、AIを使えば指示を出すだけで図面がさっと出てくる。これによって設計の料金が低下することが予想される。人間を養成するには長い時間がかかり、一人前になったと思ったら転職する可能性もある。それがAIで代替できる時代だ。
CEOが会長から受けた教育で最も身に付いていると自認しているのは、「情報弱者になるな。情報弱者はビジネスの感度が悪くなるので、二代目としては致命的だ」という言葉だ。情報の上流で物事を掴み、その段階でしっかり差配することは、ビジネスマンとして重要なスキルだ。二〇〇五年にオープンしたアパホテル〈赤坂見附〉の土地の入札に臨む直前、会長の元に建築基準法に天空率が導入されるという情報が入ってきた。これが導入されれば、それまでよりも大きな建物の建設が可能だ。会長はその分を入札金額に上乗せすることで、見事に落札に成功した。バブル時代、東京で一番地価が高かったのは一九九〇年だったが金沢では一九九三年で、三年のタイムラグがあった。また、マクドナルドやスターバックスなども東京に一号店ができた後、時間をかけて地方に展開し、どこでも大人気になっている。このような流行が広がる日本の特性をビジネスに活かせという言葉だとも、一志CEOは解釈している。
さらに会長は、他業界で成功していることを自業界に置き換えたらどうなるかを考えろと言っていた。先日一志CEOが訪れたバーに「なごり雪」というカクテルがあり、これを注文するとジュークボックスでイルカの「なごり雪」を流してくれるという。通常のものより五割ほど高いカクテルなのだが、曲を聞きたいとかなり多くのお客様がこのカクテルをオーダーしている。味覚や視覚に加え、聴覚にも訴えるメニューのアイデアは、他の飲食店やホテルに活かすことができるものだ。このように出会った事例を、噛み砕いて自社のスタッフに伝えることは、マネジメントサイドの重要な仕事だ。
マネジメント必須条件だ
今は「個」が重要視される時代で、それが故に孤独感を感じることも多くなっている。「ひとりぼっち」にならないためには、仲間を作ることが必要になる。こう考えた一志CEOが作ったのが、二〇二五年一月にアパ金沢ビルに完成した新オフィス「令和オフィス」だ。自宅以上に居心地の良い空間を目指し、人が集える共有スペースには一志CEOが厳選したお菓子が置かれている。様々に社員が交流することを通して、社員が「自分が必要とされている」と実感することを目指したオフィス改革だ。一志CEOのオフィスは入口近くのガラス張りの部屋で、声は聞こえないが、外から何をしているのかがわかる状態だ。一志CEOはこのオフィスでの自らの状態のことを、「上野動物園のパンダ」と自称しているが、自ら率先して組織の透明化を推進する意図がある。
アパグループで言えば、会長は食材を探してきて、何もない状態から大きなレストランを作った。そのレストランの冷蔵庫の中には食材がぎっしり。今、一志CEOはどうやってその冷蔵庫の食材を賞味期限を考えて使い切るか、さらに冷蔵庫の在庫や稼働、メンテナンスを効率良く行えるかを追求している。ここで一志CEOが大切にしているのは、「時代に対する柔軟性」と「甘受する姿勢」だ。経営には時代にマッチした考え方が必要であり、そのために頭を柔軟にしておく必要がある。また、必ずしも自分の思いと完全に合致しなくても、方向性が合うことで良しとする「甘受」の能力は、管理職の必須条件である。
教育は時代と共に変化していくものであり、その時代は評価の高かった教育が、今は全く受け入れられないということも、現代的なアレンジが必要になることもある。社会人になっても、資格の勉強やリカレント教育があり、生涯学習という考え方が今は非常に大切だ。学ばなくなった人から老化が始まる。老化が始まると、頭が固くなり新しいものが受け入れられなくなる。こうならないように、経営者も教育によって柔軟な頭を養って甘受を実行、その教育を次世代に繋げるべきだ。