GOOD TALK

一人でも多くの人に医療を届け、医療の力によって安心・安全な出産を実現していく。Vol.12[2026年5月号]

FMF胎児クリニック東京ベイ幕張 院長 林 伸彦
×
アパグループ専務 元谷 拓

人の人生や生命を預かる立場として、ホテルも同様のプレッシャーを背負っている。

アパグループ 専務 元谷 拓

国内有数の胎児クリニックとして、毎日多くの妊婦さんが訪れるアパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉47階にあるFMF胎児クリニック東京ベイ幕張。学生時代に芽生えた志をロンドンでの研修を経て実現、この胎児クリニックを開業した院長の林伸彦氏が今回のゲスト。胎児の病気は家族を選ばない。通常の妊婦健診の一環として胎児診療を行う制度を構築したいという林さんのモチベーションの源を、アパグループの元谷専務が明らかにします。
林 伸彦氏 Hayashi Nobuhiko
産婦人科医・胎児診療医。東京大学理学部で分子生物学を学んだ後、千葉大学医学部に進学。胎児超音波診断・出生前診断を専門とする。英国 The Fetal Medicine Foundation(FMF)の理念に基づく胎児医療の普及を志し、2021年「FMF胎児クリニック東京ベイ幕張」を開設。胎児精密超音波検査(胎児ドック)を中心に専門的な胎児診療を提供している。国家戦略特区事業の一環として海外医療者の臨床修練を受け入れるほか、北海道余市町における全妊婦胎児精密超音波検査事業の立ち上げにも関わるなど、胎児医療の社会実装にも取り組む。一般社団法人FMF Japanを通じ、胎児医療の教育・研究・国際連携を推進している。
イギリスで研修を受け
胎児診療のパイオニアに

元谷 本日はありがとうございます。林さんは、胎児専門のクリニックの院長を務められています。胎児専門のクリニックとは、どのようなことをする病院なのでしょうか。

林 今日はお招きいただき、ありがとうございます。胎児が母親の体内で過ごす十カ月は、たった一つの細胞がヒトの姿へと形作られていく、人間が最も劇的に成長する期間にあたります。その間にもがんや心臓病に罹患する可能性があり、進行する前の胎児の内に治療した方が良い場合があります。私のクリニックでは、精密超音波検査をはじめとした検査を行う「胎児ドック」など、胎児の診療を行っています。海外では胎児診療を専門とする体制が整備されている国があるのですが、日本では法的には出生をもって「ヒト」と認められるため、胎児期に病気が見つかっても積極的に治療を行わない考え方が、社会の前提になっていました。私はこの状況を変えたいと考え、このクリニックを開設したり、病気の胎児を持つ家族への情報提供や相談支援を行うNPO法人を作ったりして、日本全国どこにいても胎児診療にアクセスできる社会を目指して、活動を行っています。

元谷 林さんが胎児診療について考えるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。

林 医学生は大学病院内のいろいろな科を体験するのですが、産婦人科に行っている時に妊婦さんの健診で胎児の病気が発見されました。そこでは生まれてから治療するという方針になったのですが、私にはなぜ産まれる前に治療しないのかという疑問が生じました。アメリカから来ていた医学生から、アメリカでは出産前に治療を行うという話を聞いて、私は実際にアメリカに行ってみたのです。確かに通常の医療の一環として胎児の手術を行っていて、これを日本でもやりたいと考えました。そこで研修医時代に、世界一周の航空券を購入して、アメリカ、中国、イギリス、スペインなど各国の胎児診療施設を訪問しました。日本とは制度や倫理観が異なる海外の実情を目の当たりにし、その中でも無料で胎児健診を行っているイギリスの制度に強い示唆を受け、ロンドンの胎児診療科で二年半研修を受けました。そこから帰国して、このクリニックを開業したのです。

元谷 林さんは医学部に入学する前は、東京大学で生物の研究をされていたとか。

林 はい、卵から生命が誕生するまでの過程を研究していました。研究の一環として動物の胎児への遺伝子導入にも携わり、生命の初期段階での医療的な介入の可能性を感じていました。これもあって、胎児診療に強い興味を抱いたのだと思います。

元谷 イギリスで行われている胎児診療の日本への導入には、医療業界内でもいろいろな意見があったのではないでしょうか。

林 その通りです。日本なりの医療の歴史や倫理もあるという理由で、胎児診療への慎重論を主張する先生もいらっしゃいました。しかし私は病気だとわかっている生命に対して、医療が手をこまねいていて良いのかと感じていたのです。

胎児の病気を知ることで
家族は対応を考えることが

元谷 妊婦さんに対しては、妊婦健診という複数回の定期検診が行われると思うのですが、林さんが行われている胎児ドックとは何が違うのでしょうか。

林 妊婦健診の主目的は妊娠経過全体の管理で、胎児の状態を詳細に評価することではありません。胎児ドックでは一時間かけて臓器一つ一つを精査しますから、胎児の健康に関して得られる情報は数分間のエコー検査しか行わない妊婦健診に比べて、質も量も格段に多くなります。通常の健康診断と人間ドックの違いと同様だと考えていただいていいと思います。

元谷 日本では胎児クリニックは少ないのでしょうか。

林 「怪しい医療」を排除する意図から、日本では厚生労働省が医師が標榜できる診療科名を指定していて、現在はまだ「胎児診療科」という科名は存在していません。それもあってか、実際に胎児クリニックは非常に少ないです。私は「産婦人科」として、今胎児診療を行っています。理想としては、どんな人でも訪問できるクリニックを目指しているのですが、現実はこれにはまだ遠いです。胎児診療の知識があって、通常の妊婦健診では胎児の病気は見つからない場合もあることを知っていて、さらに経済的にも余裕がある方が胎児診療のクリニックを訪れています。しかし、胎児の病気は平等にどの家族にもあり得ることです。情報がある人だけが胎児診療の恩恵を受けるのでなく、通常の妊婦健診の一環として胎児診療を行う流れができることが、私の考える理想的な状態です。

元谷 胎児の病気というのは、多いのでしょうか。

林 皆さんが思っている以上に多いと思います。私たちのクリニックで言えば、一日一人、約十人に一人の割合で胎児の病気が見つかります。他のクリニックでは判然としなかったのですが、私たちのクリニックで病気のことがはっきりとわかり、子どもの将来について明確な情報が得られたという理由で、感謝されることもありますね。例えば、胎児の多指症は比較的多いのですが、事前に把握していることで、その後にどのような手術をするのかがわかっていて、家族が落ち着いて出産を迎えることができるというケースもあります。

元谷 胎児に病気が見つかると、妊婦さんが辛い思いをするというイメージがあります。胎児に病気がある場合には、基本きちんと家族に伝えるのでしょうか。

林 はい、お伝えします。病気をお伝えしても、皆さんとても気丈に対応されていらっしゃいます。昔の医療ですと家族には伝えるけれども本人には言わないということがありましたが、最近そういうやり方は少なく、私も正直にお話するようにしています。結局患者さんが一番不安に思うのは、知らなかったり、病気かどうかわからないことなのです。胎児の病気をお伝えした時にパニックになる人は少なく、次に何が起こるか、それにどう対応するかという前向きな話になっていくことがほとんどです。

過去の妊娠が原因で
来院する人が多い

元谷 胎児への治療というと、どのようなことを行うのでしょうか。

林 例えば貧血の胎児には、輸血を行って治療をすることもあります。しかし輸血をしなければ、死産になってしまうこともあるのです。実際、死産はとても多く、その理由がはっきりとしていない場合が多いのです。

元谷 理由がはっきりしないと、自分を責めてしまうお母さんもいるのではないでしょうか。

林 はい、その通りです。また死産の対応をした医療者からは根拠なく「たまたまだから、次は大丈夫」と言われている場合もあります。何らかの原因があるのなら、次も同じことになるかもしれません。ここで死産の原因の診断がきちんとついていれば、次はどう予防しようかと対策を練ることができるのです。

元谷 おっしゃる通りだと思います。

林 このクリニックを訪れる方は、以前の妊娠でなんらかのトラブルがあった方が多いのです。死産だったとか、生まれたけれども心臓病で亡くなったとか、辛い思いをしていらっしゃる。しかし一度辛い思いをしないと胎児診療に気がつけないというのは、仕組みとして良くありません。そんな思いをしないためにも、できるだけ多くの方に、最初の妊娠の時から胎児クリニックを訪れて欲しいと願っています。

元谷 妊婦さんはいろいろと不安になりがちだと思います。妊娠初期の頃から、林さんに相談しに行っても良いものでしょうか。

林 私も妊婦さんの不安は尽きないと思っていて、また通常の妊婦健診ではお話ししきれないことも多いと感じています。私たちのクリニックにいらっしゃって一~二時間話をしていると、赤ちゃんのことだけではなく、食事や運動のことまで、いろいろなことを聞いてこられるのです。

元谷 出産時には自然分娩か無痛分娩かという選択があります。自然分娩でお腹を痛めた方が、子どもを大切に育てるという人もいますが、トレンドとしては無痛分娩が増えていると思います。林さんはどうお考えですか。

林 私は医療は基本、自然に反することをしていると思っています。母子ともに健康でいられることは奇跡だという人もいますが、私はその自然ではない医療によって、奇跡だけに頼らない形で安全な出産を増やすことを使命としています。この考えの下、人それぞれの状態に合わせた出産方法をお勧めしています。

通常の医療としての
胎児ドックを広める

元谷 胎児診療だけではなく産後ケアなどを含め、ここ数十年で医療はかなり変わってきたと思います。林さんが考える今後の課題とは何でしょうか。

林 よく言われるのは、少子化になると子どもを大事にする発想から、胎児クリニックが増えるのではというご意見です。しかし私たちからすると、家族にとって一つの生命の重みは変わらないので、出産数に関係なく胎児クリニックは増えていくべきだと考えています。ただ少子化によって、一人の子どもにかけられる原資は増えていると思われますので、行政が胎児診療の分野にもお金を注ぎやすい環境になったのではないかと考えています。例えば北海道の余市町では、町が胎児ドックの費用を全額補助する事業を行っています。生後すぐに大きな病院へ搬送しなければならない症例を、胎児ドックで事前に見つけておくことは地域医療を支える上でも大きな鍵です。まだまだ日本では胎児ドックはお金持ちがやるものとか、生命の選別のために行うものと思われている節があるのですがそうではなく、胎児ドックは胎児の安全のために行う通常の医療です。このことを広めていきたいと考えています。

元谷 林さんの胎児クリニックと、他の産婦人科の違いは何だと考えていますか。

林 私たちのクリニックですと、一回だけの受診が大多数です。一~二時間検査してお話しして、その後はもうお会いしない方が多いのですが、この検査で家族の人生が変わるかもしれません。私たちは、家族や赤ちゃんの人生を背負っているというプレッシャーの中で、日々業務を行っています。

元谷 この点では、一晩のお客様の生命を預かるホテルとも共通していると思います。アパホテルでは社員、アルバイトを含めスタッフ約三千五百人が普通救命講習か上級救命講習を受けていて、お客様に何かあれば、すぐに処置を行う体制を整えています。客室数が十五万室近くになっていますから、毎日何かが起こってもおかしくないのです。

林 私たちも十万人に一人という病気が日々見つかるような場所なので、勉強を重ねてきちんとその病気に対処できるように備えています。

元谷 最後に、林さんがお仕事で一番大切にされていることは何でしょうか。

林 元谷さんとお会いして、多くの事業家の方と親交を深めるようになって、医療が他のビジネスと圧倒的に異なると感じました。医療もサステナブルである必要がありますから、稼がなければならない。しかし医療が目指すものは人や社会を幸福にすること。やはり一人でも多くの人に医療を届けるというのが、私たちの絶対的なミッションですね。

元谷 今日は素敵なお話をありがとうございました。

林 ありがとうございました。