JOURNEY TIME

Vol.3[2026年4月号]

各業界で活躍する賢人の方々にお集まりいただき、日本を元気にするための施策や日頃こだわっている仕事観について語り合うJOURNEY TIME。今回は生まれる前の胎児に対する医療を行うFMF胎児クリニック医師の林伸彦氏、世の中にある「良いモノ」を、日本のマーケットの中で大事に育てていく事業を行っている株式会社プリアップ代表取締役の明永敏悟氏、卵かけご飯をはじめ、日本のおいしい卵を使った卵料理の普及を手掛けている一般社団法人日本たまごかけごはん研究所代表理事の上野貴史氏をお迎えし、これまで存在しなかったサービスを提供する難しさや醍醐味について、熱いトークを繰り広げました。


FMF胎児クリニック 医師
林 伸彦氏

株式会社プリアップ 代表取締役
明永 敏悟氏

一般社団法人日本たまごかけごはん研究所 代表理事
上野 貴史氏

ブラッシング習慣が美しい髪への基本

明永敏悟氏の株式会社プリアップが手掛ける商品の一つが、長短二段構造によって髪の絡まりやもつれを解きほぐすことに特化した「デタングリングブラシ」の「タングルティーザー」だ。今、若い女性に大人気で、人間だけではなくペット用もあり、こちらも売れている。デタングリングブラシのジャンルでは類似品が出ているが、世界中で特許を獲得している本家の「タングルティーザー」とはやはり異なる。

明永氏は、かつてゲーム会社での米国駐在を経て独立。アメリカにて日本のゲームを欧米へ展開する事業を手掛けていた。ゲームにおいても、日本語を海外の言葉に単に翻訳するだけでは、伝えたいことは伝わらない。笑わせたい場合には、日本語の表現を欧米人が笑うような表現に変換する必要がある。明永氏は単なる翻訳ではなく、現地の文化に合わせ表現を最適化する「カルチャライズ」の手法で日本のポップカルチャーを世界に広げる活動の一端を担ってきた。その経験から「海外の優れた文化や製品も日本へ紹介したい」と考え、出会ったのがデタングリングブラシの「タングルティーザー」だった。十数年前、当時の日本にはデタングリングブラシという概念自体が存在せず、市場は皆無だった。また、女子中学生や女子高校生も、かつてのように櫛やブラシを持ち歩かなくなっていた。明永氏はそこに大きな可能性を感じ、自らロンドンへ飛び、開発者に直談判して独占販売権を獲得。「髪は生えた瞬間が一番健康。その状態を維持し、本来の美しさを引き出すことが、美しい髪に繋がる」という本質的な価値を伝え続け、ゼロから市場を創り上げた。これは単なる輸入販売ではなく、文化のギャップを埋め、新たな「ブラッシング習慣」を日本に定着させたパイオニアとしての活動だった。

「良いモノ」を大切に育て「ブランディング」する

プリアップが事業を展開する上で、決して揺るがない軸は、「持続可能である」「人の役に立つ」そして「愛をもって取り組めること」だ。明永氏は今も、タングルティーザー本社があるイギリスのロンドンへ、年に一度は必ず足を運ぶ。さらに、スペインのバルセロナ発の高級チョコレートブランド「ブボ・バルセロナ」をはじめ、国内では島根県奥出雲町のブランド米「源流仁多米こしひかり」や沖縄のおみやげ「シーサークッキー」など、様々な商品のブランディング事業を手掛けている。それぞれ毎年数回は現場を訪れ、ミーティングだけでなく作業の手伝いや食事など同じ時間を過ごすことで、現地の人々との交流を図っている。「現地の人々の想いや現状を直接会って話して感じなければ、本質は見えてこない」という信念があるからだ。どの事業においても一過性のブームで終わらせるのではなく、いかに「良いモノ」を市場に根付かせ、その価値を高めていけるか。単に「良いモノ」の売上を伸ばすことが目的ではなく、作り手の想いや文化を尊重し、伝え続けることで、持続可能な形でファンを増やしていく「ブランディング」を追求し続けている。

「私たちは、これからも国内外問わず『良いモノ』と出会い、それらを大切にブランディングしてゆく会社であり続けたいですし、ゆくゆくはそのような『良いモノ』をプロデュースする会社になって行きたいと思っています」というのが明永氏の目標だ。

日本の発達した卵文化を世界の人々に届ける

上野貴史氏の一般社団法人日本たまごかけごはん研究所が主催して開催しているのが、昨年で七回目となった「卵フェスin池袋」。池袋・サンシャインシティの展示ホールにて、六十種類のブランド卵と三十種類の醤油の組み合わせの卵かけご飯が、千二百円で八十分食べ放題になるこのイベントは、三日間で一万八千人が入場し、九万個の卵と三トンのお米が消費されるほどの人気だ。日本では普通に生で卵を食べることができるが、これは世界でも日本だけのこと。産み落とされた時に、鶏卵の殻の周りにサルモネラ菌が付着しているのは万国共通だ。しかし日本の場合は殻をしっかり殺菌、洗浄、消毒、そして購入するまで一切人の手が触れないという流通が確立されているから、生で食べることができる。上野氏は三年前にシンガポールで、現地の人に卵かけご飯を食べてもらうイベントを行った。シンガポール人にとって生の卵を食べることは馴染みがなかったが、食べてみたらリゾットのようでおいしいという声があがった。シンガポールのような食文化が進んでいる国でも、卵の地位は「付け合わせ」であり、メイン料理にはなっていない。進出しているラーメン店の味玉も、卵がなんでこんなに旨いんだと大人気だ。海外での日本の高品質の卵の評判は高く、それでいてまだ本格的な輸出は行われていない。上野氏は、この市場はまだまだブルーオーシャンだと考えている。

上野氏はずっと料理人で、イタリアンやフレンチを経て、女子栄養大学の学食で十二年間働いていた。さらにいろいろと調べることで、義務教育では学んだことのない日本の素晴らしさを知ることになった。食を通じて日本の素晴らしさを若い世代に伝えたいと思い二〇一八年に独立、様々な活動の中で卵の生食文化が日本独自だと知り、二〇一九年に一般社団法人日本たまごかけごはん研究所を設立した。「卵フェス」のほか、ブランド卵をバイキング形式で購入できる「幻の卵屋さん」を全国六十カ所でイベント形式で展開、さらに二〇二五年五月には表参道に卵かけご飯専門店「たまごぐらし」をオープンした。今や上野氏は世界で一番多くの個数の卵を扱っている人間だ。

日本を訪れる外国人旅行者の中での最近の流行は、コンビニエンスストアの卵サンドだ。柔らかいパンにゆで卵をマヨネーズで和えた具が挟まっているのだが、そのおいしさは海外には存在しない。アメリカのセブン‐イレブンでは「ジャパニーズエッグサンド」として販売されている。この味を覚えた外国人旅行者が次に訪れるのが「たまごぐらし」だ。朝からの行列で、日本人の入店が難しい状態になっている。上野氏はこれから卵料理全般の一般社団法人を立ち上げ、卵がメインの料理のコンテストを行ったり、海外の卵の食文化との交流を行って、さらに日本の卵の食文化を世界に広げていく考えを持っている。海外ではグリーンティーはまず甘い飲料として広まり、これをきっかけに日本を訪れた旅行者が渋くて旨味の濃い本当の抹茶を飲み、本物を知ることでリテラシーが向上した。今シンガポールでは、日本と同じ本物の抹茶が流行している。文化として広げる場合には、まずその土地に合った「亜流」から入ることが必須だ。卵の場合であれば、いきなり生卵ではなくまずは「亜流」として、消化吸収が良い温泉卵を使ったご飯からがよいのではないかと、上野氏は考えている。

保険証を持たない胎児に医療を届ける先駆者

林伸彦氏は、アパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉セントラルタワー四十七階にある胎児専門クリニックの院長を務めている。胎児が母親の体内で過ごす十カ月。それは、たった一つの細胞が「ヒト」の姿へと形作られていく、人生の中で最も劇的に成長する時間だ。その間にも、がんや心臓病などの病気にかかることがある。本来であれば、他の病気と同様に、進行する前に治療した方がよい場合もある。実際、海外では胎児診療を専門とする体制が整備されている国もある。一方、日本では胎児に保険証はなく、法的には出生をもって「ヒト」と認められる。そのため胎児期に病気が見つかっても、生まれるまで積極的な治療は行わないという考え方が社会の前提となってきた。命を守る起点をどこに置くのか。その問いが、林氏の医療の出発点だ。

研修医時代、林氏はその答えを求めて世界一周航空券を手にし、アメリカ、中国、イギリス、スペインなど各国の胎児診療施設を訪ね歩いた。医療制度や倫理観の違いを目の当たりにする中で、特に無料で胎児健診が行われているイギリスの体制に強い示唆を受けた。ロンドンの胎児診療科での研修を経て帰国後、現在のクリニックを開業した。林氏は千葉大学医学部に入学する以前、東京大学理学部生物化学科で卵から生命が誕生するまでの過程を研究していた。研究の一環として動物の胎児への遺伝子導入などにも携わり、生命のごく初期段階に医療的な介入が行われ得るという可能性に触れた経験がある。そうした基礎研究を通じて、胎児期における医療的な関わりが将来的に治療へ繋がるのではという視点を培った。

現在、「胎児診療科」という名称は、日本ではまだ正式な診療科として位置づけられてはいない。そのため専門的に胎児診療を行う医療体制は限られており、幕張のクリニックにも全国各地から患者が訪れている。林氏が描くのは、全国四十七都道府県どこにいても、必要とする人が適切な胎児診療にアクセスできる仕組みをつくること。地域差をなくし、胎児医療を特別な選択肢ではなく、社会に自然に組み込まれた医療の一部にしていくことを目指している。また、林氏は、NPO法人「親子の未来を支える会」の代表理事も務め、相談先が限られ、不安や孤立を抱えがちな病気の胎児を持つ家族に対し、情報提供や相談支援を行う活動を行っている。

妊娠十週の胎児は、すでに母親の声を感じ取っている。命は、生まれた瞬間から始まるのではない。守ることのできる時間は、もっと前から存在している。その時間に医療を届けるという挑戦を、林氏は続けている。