Essay

平和のために防衛費の倍増をVol.358[2022年7月号]

藤 誠志

ドイツ等EU諸国も
国防費を増加させている

 五月六日付の読売新聞朝刊七面のコラムに、「分析 ウクライナ危機」という、アメリカン・エンタープライズ研究所上席研究員のザック・クーパー氏の談話が掲載されている。タイトルは「中国 日米の真の課題」だ。「ウクライナへの侵攻により、米国はロシアを脅威とみなしがちだが、やはり中国が真の課題だ。今回、ロシア軍は多くの戦力を失っている。ロシア経済は(制裁により)弱体化し、戦後に戦力を再生するのは容易ではない。大局的に見れば、米国は長期的に対中に注力できるようになる」「四日の日米防衛相会談でも示されたように、米国にとって日本は最も重要な地域で最も重要な同盟国だ。地理的な優位性を生かすだけでなく、政策面でも連携を深めなければならない」「我々がウクライナから学んだのは、危機で迅速に対応するための、平時の備えの必要性だ。台湾などの有事を想定した詳細な計画を立てることは日米間の長年の課題だったが、今こそ実現すべきだ」「日米の新たな能力構築も課題で、対艦巡航ミサイルがカギだ。中国が台湾に侵攻する場合、大量の兵力を台湾海峡を渡らせる作戦が必要になる。日米両国はそれを抑止するために、艦隊を撃沈させる強力な能力を持つ必要がある」「日本自身の防衛力強化もさらに必要だ。議論されている防衛費を対国内総生産(GDP)比で二%にするとの目標設定は妥当だ」と、クーパー氏は日本の防衛費の倍増が必要だという。
 世界的にも国防費は増加傾向だ。東洋経済ONLINEに四月二十五日、慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗氏の「日本の防衛費は『対GDP比二%』へ倍増できるのか」という一文が配信されている。「わが国の防衛関係費は、二〇二二年度当初予算で五兆三一四五億円である。自民党の安全保障調査会を中心に、目下GDP(国内総生産)比が一%程度である防衛費を、今後五年以内に二%以上へ引き上げるよう、政府に要請しようとしている」「防衛費の対GDP比を二%以上に引き上げるとは、どういうことか。それは、ウクライナ支援で結束しているNATO(北大西洋条約機構)の動きと関係がある」「NATOは、ウクライナ侵攻やコロナ禍の前から、国防費の対GDP比二%目標を掲げていた。二〇一四年のことだ。当時、NATO加盟国であるEU諸国において国防費対GDP比は、平均で一・一九%だった。それが、二〇一九年には一・五三%に上がった」「加えて、今般のウクライナ侵攻を受けて、欧州域内に戦場を抱えることとなった結果、国防費増額を表明するNATO加盟国が次々と出てきた」「特に、強い印象を与えたのは、NATO加盟国のドイツとNATO非加盟国のスウェーデンである。ドイツは、健全財政路線を堅持しているが、二〇二二年から国防費を対GDP比二%とすべく予算を組んだ。対GDP比でみると、二〇二一年は一・四九%だったところから二%にまで大幅に増額するという」「そして、福祉国家として知られるスウェーデンも、国防費を対GDP比で二%にすることを表明した」「日本の予算でNATO基準に直して計算すると、二〇二一年度の金額は約六・九兆円、対GDP比で一・二四%程度となる。対GDP比二%は十一・二兆円であるから、あと四・三兆円増やさなければならなくなる」という。そして、日本は単に規模を拡大して防衛費を二%にするのではなく、経済面の弱みを相手に突かれることがないように、財政の健全化に極力注力して、「真に効果的な防衛力を整備するために質の高い防衛費とすることが重要である」と主張している。

転換する必要に迫られた
自衛隊の「専守防衛」

 防衛費を対GDP比二%に増額するとして、それはどのように使えば良いのか。文春オンラインで三月十九日に配信された元自衛隊統合幕僚長、折木良一氏の「《日本は「盾」、米国は「矛」という時代は終わった》自衛隊元最高幹部が問う『専守防衛』の見直し」という一文が傾聴に値する。「なぜ専守防衛の見直しが必要なのかを説明したい。わが国で初めて専守防衛の理念を正式に説明したのは、一九七〇年に発表された初めての防衛白書『日本の防衛』だった。ここで『わが国の防衛は、専守防衛を本旨とする』と明記され、『専守防衛は、憲法を守り、国土防衛に徹するという考え方である』と定義している。当時の日本は佐藤栄作内閣で、国際社会はデタント(緊張緩和)の時代であり、最大の脅威はソ連で、中国に対外進出の意欲はなかった」「定義された専守防衛には抑止力の概念が含まれていない。国土防衛には、『相手に攻撃を仕掛ければ痛い目に遭う』と思わせる『抑止力』が重要だが、この『抑止力』について、極論すれば日本は米国に任せっきりだった。自衛隊は、『攻めてきたら領土内で守る』という受動的で必要最小限の『対処』を考えるだけで済ませていたのだ。しかし、それは冷戦時代のソ連を除き米国の軍事力に挑戦しようとする国が一国もなかった時代だから許されたことを認識する必要がある」「日本は『盾』、米国は『矛』という完全な役割分担の時代は終わった。専守防衛を国是とする以上、先制攻撃を行うわけにはいかないが、相手に『日本を攻撃すれば、同じような反撃に遭うから攻撃はやめておこう』と踏み止まらせる抑止力は、米国に頼るばかりではなく自前で補う必要がある」。

「反撃能力」の充実により
「抑止力」を高める

 「今、日本では『敵基地攻撃能力』に注目が集まっている。今年一月の日米安全保障協議委員会(二プラス二)の共同文書が発表された際も、敵基地攻撃能力の是非を取り上げる報道が目立った。しかし、私たちは議論が攻撃にばかり集中することに懸念を抱いている。敵基地攻撃能力とは、弾道ミサイル発射基地等、敵の基地を直接破壊できる能力を意味する。『攻撃』という言葉に拒否感を覚える人も多いだろう。『何が敵基地なのか』という目標議論に嵌ってしまい堂々巡りになる恐れもある。我々は敵基地攻撃能力に替えて、『反撃能力』という言葉を採用した」「弾道ミサイルについて言えば、北朝鮮は二〇〇台、中国はそれ以上の移動発射台を保有している。日米の情報衛星などを動員しても、すべてのミサイルを発射直前に探知して破壊するのはほぼ不可能だろう」「一般に、『守る』より『攻める』ほうが有利であり効率がよい。守りは敵からのあらゆる攻撃の可能性を封じる必要があるが、攻めは選択肢が豊富で主導性がとれる。予算的にも当然、攻めのほうが効率が良い。私たちは提言のなかで、『例えば、反撃能力についても抑止力の一部として、保有することを前提とした政策策定を急ぐべきである』と主張している。反撃能力はミサイルなどの装備に加えて、周辺の状況を判断する『情報収集』や目標を定める『識別』、実際の『発射』、目標に命中したかどうかの『評価』など一連のシステムで構成される。この反撃能力は、日本と米国が協力することで、より精度を増し大きな力を発揮できる。例えば、今年一月の日米2+2共同文書が『議論を継続する』とした低軌道衛星コンステレーションがそのひとつだ。複数の小型人工衛星を打ち上げて連携することで、ミサイルなどに対する監視体制を強化できる。私は陸上自衛隊で野戦特科(砲兵)だった。その経験から言えば、相手が日本をミサイルで攻撃した後、しばらくは発射台やレーダー装備などのシステム担当部隊が撤収作業のため、現場付近に残るものだ。発射寸前のミサイルを破壊することは難しいが、こうしたシステムが現場から撤収する前に破壊するチャンスはある。反撃といっても、あくまでも、その対象は相手の攻撃システムや指揮統制機能の関連施設等であり、相手の首都や民間人を狙った報復行動は許されない」「北朝鮮は、弾道ミサイルや核兵器など、相手を攻撃する能力は非常に高い。だが、レーダーシステムや地対空ミサイルのような、国土を守る能力はぜい弱だ。防空体制としては、地対空ミサイルSA五(射程二〇〇~二五〇キロメートル)を保有し、敵機を早期に発見する探知レーダー(射程四〇〇キロ)とミサイルの照準を合わせる射撃統制レーダー(同二〇〇~二五〇キロ)で運用しているが、老朽化が著しいことや電力難から、十分に稼働していないという報告もある」「日本は、総合防空システムとしての迎撃能力の向上と同時に、米国と協力して反撃能力を向上させていけば、北朝鮮が日本への攻撃を思いとどまる確率は高くなる。これがすなわち、北朝鮮に対する抑止力だ。国土の防衛は自らの守りを固めるだけでは足りず、このように相手の弱点を考えて対応することが重要だ」とする。
 日本は「専守防衛」という概念を大きく転換して、真に国民を守る安全保障体制を確立するために、「抑止力」を重視した軍事力の強化を行わなければならないということだろう。

軍事を語ることができる
政治家を増やすべきだ

 先の大戦後、日本は軍事に対する予算を比較的軽微に済ますことができた。その最大の理由は日米安全保障条約であり、「日本は盾、アメリカは矛」と、日本は防衛だけに専念して、攻撃と抑止はアメリカ任せという時代が続いた。しかし折木氏が主張するように時代の変化によって、これではもう日本を守ることはできなくなった。また、そもそも主権国家とは独立自衛のできる国家であるべきであり、まずは自国を自分の力で守り、その上で援軍が必要となった時に同盟国の力を借りるべきなのだ。有事の際に最初からアメリカ軍を頼ることは、そもそも期待できないし、当てにするべきではない。専守防衛、日米安保に対する概念を大きく変えて、膨張する中国や孤立化を深める北朝鮮との戦争が勃発しないよう、防衛費を対GDP比二%にまで増額して、日本自身が「抑止力」となる軍事力を持つ必要がある。
 「平和を念ずれば平和になる」であるとか、「憲法第九条があるから平和が維持できる」という考えは、今回のロシア・ウクライナ戦争で完全に覆された。戦争は、相手を弱いと分析し、今侵攻したら勝てると考える勢力がいるから勃発するのだ。バランス・オブ・パワーを保つことが、すなわち平和を維持することに繋がる。このことを多くの人が理解して、日本が必要な軍事力を持つことを支持しなければならない。
 外交には軍事力が必要であり、軍事的対立を調停するには道徳的な視点も必要だが、同時に軍事力を背景とした現実的な問題解決力が求められる。メディアもアカデミズム(学術界)も長く軍事をタブー視してきた日本では、このようなことが理解されていない。しかし今回のロシア・ウクライナ戦争では、軍事に明るい学者等の専門家がメディアに登場して、解説を行っている。インターネットでは、自衛隊の元将官が軍事的側面から戦況を解説している番組も配信されている。軍事情報の重要さは、確実に国民に理解されつつある。しかし問題なのは、今の日本には軍事を語ることのできる政治家があまりにも少ないことだ。まずは、大学等の学びの場において、軍事を排除することを止めるべきではないか。リアルな世界政治の歴史と現状を知った若者が、将来の日本の政治と安全保障を担っていくことに期待したい。

2022年5月18日(水) 19時00分校了