二〇一三年十二月二十五日、恒例「日本を語るワインの会」が代表自邸にて開催されました。第一回「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀藤誠志賞を獲得した第二十九代航空幕僚長の田母神俊雄氏、一九五二年の国交樹立以来親日国として日本と友好関係を築いてきたパキスタンの駐日大使ファルク・アーミル氏、教育学から外交史まで幅広い分野を研究する新しい歴史教科書を作る会会長の杉原誠四郎氏、経済学部長も務めた慶應義塾大学経済学部教授の塩澤修平氏、若干十八歳ながら、すでに訪問した国は十九カ国に及ぶという慶應義塾大学法学部一年の山本みずき氏をお招きし、歴史から政治・経済まで幅広く議論しました。


 

特攻隊員の犠牲によって今の日本の平和がある

百田直樹氏の小説を映画化した「永遠の0」の評判が非常に良い。この小説にも出てくるが、先の大戦時、アメリカ海軍が艦船の対空砲に使用した近接信管付きの砲弾は、自身がレーダーを持っていて、航空機が近接すると探知し爆発しその破片が被害を与える。これによりアメリカ艦隊の防空能力は飛躍的に高まり、逆に日本の航空機は大きな被害を受けた。特攻隊もそうだ。「永遠の0」のラストでは、宮部少尉の特攻機は海面すれすれを飛んで、敵艦に向かう。そうすれば、近接信管が海面に反射して、航空機の手前で誤爆してしまうからだ。そして最後には急上昇してから急降下し、航空母艦の飛行甲板のど真ん中に突っ込む。これが敵艦の被害を最も大きくする方法だった。まっすぐに敵艦に迫っては、すぐに近接信管の餌食になったし、艦の横っ腹に当っても相手のダメージは少なかった。
 ミッドウェー海戦での日本海軍の惨敗の原因は、第二次攻撃隊への二度に渡る兵装変換と、第一次攻撃隊を収容するまで第二次攻撃隊の発進を待ったことだ。演習であれば、迷いなく第二次攻撃隊の発進を優先したはずであり、大きな判断ミスだった。また連合艦隊司令長官である山本五十六は、戦艦大和に搭乗して、空母群より遥か後方にいた。日露戦争の日本海海戦では、連合艦隊司令長官の東郷平八郎が旗艦三笠に乗り、最前線で砲弾の雨を掻い潜ったのとは大違いだ。指揮官が前線にいてこそ兵の士気も上がるもの。山本五十六は戦う前から敗れていたと言えるのではないだろうか。
 最近の学校教育では、特攻隊は犬死にだったと教えられるが、十代、二十代の若い日本人でも、あれは犬死ではなかったと感じている人が多い。全ての特攻隊員が、戦争に勝つためと洗脳されて敵艦に向かったのではない。中には負けるとわかっていたが、愛する家族や子孫のために、戦況を少しでも日本に有利に持っていくために命を賭けた人々もいた。現代日本は個人主義が横行しているが、特攻隊員達の国を思う無私の行為がなければ、戦後日本は中国やアメリカ、ソ連などに分断されて統治されていたかもしれない。今、日本が平和を享受できているのは、間違いなく特攻隊員をはじめとする先の大戦で戦った人々のおかげであることを、日本人全員がきちんと認識すべきだ。また日本が対米戦に挑んだのは、そもそも無謀な行為だったという歴史観は、戦後アメリカから植え付けられたものだ。冷静に当時の戦力を分析すれば、緒戦においてはどちらに転ぶかはわからない状況だったということがわかるはずだ。
 

需要が経済規模を決める今どんどんお金を使うべきだ

何かと批判を受ける富裕層だが、金持ちが貧乏人のふりをしても、世の中的に何の意味もない。逆に金持ちは金持ちなりの行動をとるべきだ。清貧と言えば聞こえはいいのだが、一部の人間が「趣味的」に清貧を気取るのならまだしも、日本人の大多数が本気で取り組んだら、日本経済などあっという間に崩壊してしまうだろう。社会全体を弱者に合わせていては、発展はなくなる。清貧ではなく「清富」になるべきなのだ。その時代時代の文化を築くのは、歴史的に見ても時の権力者と金持ちであり、彼らにはその責任がある。結果の平等を求める人が多いが、それは大間違い。大切なのは機会の平等であり、その中から切磋琢磨して成功者が生まれるところに、社会の活力が生まれる。
 昔は一国の経済活動の規模は、生産設備や労働力など供給側の要因で決まっていた。しかし近代の先進国では、経済活動の規模は需要によって決まる。生産設備や労働力をベースにした供給力よりも、常に需要が下回っているからだ。「無駄遣いをしちゃ駄目」というのは、供給で経済規模が決まっていた時の名残に過ぎず、需要で決まる今には当てはまらない。経済のためには、どんどんお金を使うべきなのだ。政府もどんどん使い、若い人々に仕事を与えるべきだ。産業が農業中心で一定の富の量しかなかった江戸時代は「ゼロサム社会」であり、誰かが利潤を上げることは誰かが損をすることを意味した。だから儲けることは悪いことという道徳観念が発生した。しかし今はゼロサム社会ではない。お金持ちを筆頭に人々がどんどんお金を使うことで、新たな富が生み出され、あらゆる人がその恩恵を受けることができるのだ。また、今は需要が経済の規模を決めるのだから、成長戦略は設備投資を促進するなど供給力のアップではなく、従来顕在化していなかった需要を掘り起こすなど、需要を増やすことに注力するものでなければならない。
 

海上保安庁の総予算よりNHK職員の人件費は多い

NHKの経営委員に「永遠の0」の百田尚樹氏らが就いたことで、今後NHK自身が変わっていくことが期待される。新会長も、日本ユニシスの前社長で特別顧問の籾井勝人氏に決まった。NHKの職員は一万人ちょっとで、海上保安庁の職員の一万二千六百人よりも少ないのだが、そのNHK職員の人件費の約一千八百億円は、海上保安庁の「総予算」である一千七百億円を上回っている。人件費が、船の建造費、維持費なども含んだ海上保安庁の総予算よりも多いとは、NHKとは一体どういう組織か。給料が高すぎるのは明白だろう。この組織問題や番組内容への批判から、NHKの受信料を敢えて未払いにしている人も多い。
 自分の国にマイナスになることを言い続けて喜んでいる反日日本人や反日メディアが、結構多い。これはアメリカが巧みにコントロールしてきた戦後レジームの結果だ。アメリカは常に日本の背後にいて、問題があれば軌道修正を繰り返してきた。日本のスタンスとしては、「急いては事を仕損じる」。アメリカは次第に弱気になってきている。オバマ大統領は、一旦決断したシリアへの空爆を実施できなかった。しかも必ずしも必要ではない議会での承認を得て自らの行動の裏付けにしようとするなど、そのプロセスも極めて弱腰だった。アメリカに対する世界の評価は下がり、覇権が失われつつある。
 外務省の職員は「左」じゃないとえらくならない。しっかりした人は偉くならず、いまいちの人ばかりが出世する。駐米大使でもまともだったのは村田良平氏ぐらいで、あとは駄目だ。特に酷い外務官僚は小和田恆氏だ。雅子様の父親でなければ、もっと世間の批判にさらされていただろう。今の外務次官である斎木昭隆氏は対中姿勢もしっかりとしていて、期待できるだろう。七十年代安保世代が、定年退職で世の中から去ろうとしている。その一人である朝日新聞元主筆の若宮啓文氏は、今よりによって韓国の大学の教授になっている。一体、どんな反日講座を行っているのだろうか。
 

武器輸出三原則を緩和して日本を独立自衛の国に

パキスタンにとって日本は最重要国だ。パキスタン人は日本が好きだし、日本もパキスタンで自然災害が発生すると、すぐに手を差し伸べるなど、有形無形のサポートをしている。民間レベルでも政府レベルでも、日パ間の交流は盛んだ。歴史も古い。一九二五年に早くも東京銀行(当時)はカラチに支店を開設していて、先の大戦中は一時期閉鎖していたが、一九五三年のパキスタン独立時に再び活動を開始している。その二年前、一九五一年のサンフランシスコ講和会議に、パキスタンは南アジアの唯一の国として参加した。憎しみが憎しみを生むようなことはもう止めて、日本に重責を負わせるべきではない。日本は尊敬と威厳をもって扱われるべきだとパキスタンは主張、その多くが講和条約に取り入れられた。
 パキスタンは一九四七年に独立した時に、「東から学ぼう」というスローガンを掲げて、日本を目標にしてきた。明治維新で近代化に成功、その後も急速に力をつけ、世界の五大国までになった日本。その勤勉さや技術力、粘り強さなどが学ぶに値すると考えたのだ。そして実際に日本のやり方を国政に反映することで、パキスタンを発展させてきた。二〇一三年には総選挙が行われ、シャリフ氏が三度目の首相になった。シャリフ首相は元々財閥の出で実業家だった人物だ。当然経済政策からまず手を付けているが、一番にパートナーとして挙がってくるのは、もちろん日本だ。二〇一三年九月にシャリフ首相はニューヨークで安倍首相と会談した。これから二国間で貿易、経済、投資から文化活動まで、様々な連携が急速に深まっていくのは確かだ。多くのパキスタン人ビジネスマンや学生が、日本で活躍することになるだろう。
 先の大戦後、日本はアメリカに守ってもらうという体制を続けてきた。そのために、「自分の国を自分で守る」という独立国として当然のことを忘れてしまった。建前としては自衛隊が守ることになっているが、使う兵器はアメリカから購入した戦闘機だったり、イージスシステムだったりする。兵器というものは、それを作った国が継続的に技術支援を行わないと、いざという時に使用することができない。つまりアメリカが支援を続けてくれないと、自衛隊は活動することができないのだ。これでは心許ない。基本的には兵器を国産にするか、他国にも兵器を売り、サポートの相互関係を築くことで、有事に技術支援が得られないような事態が発生しないように仕向けるしかないのだ。今日本は、武器輸出三原則を厳しく運用することで、自分の首を締めている。アメリカの支配から逃れ、国産武器の開発コストを削減するためにも、武器輸出の解禁が必要だ。そもそも武器輸出三原則は、基本的には共産圏と国連決議による武器禁輸措置がとられた国、そして紛争地域への武器輸出を禁じたものであり、その他の地域への武器輸出を「慎む」とされているものを、厳しく「禁止」してきたのが現状なのだ。安倍政権がこの運用を変えようとしているのは当然のことであり、これが独立国家への第一歩となるだろう。