2015年4月号 第 176回 北陸新幹線

馳 浩 衆議院議員


北陸新幹線
馳 浩 ハセ ヒロシ・衆議院議員
 口さがないマスコミ諸士は、中央から、「政治新幹線」
 とも呼ぶ。言い得て妙。
 しかし、計画から40数年。ようやく3月14日、北陸新幹線の金沢開業をむかえる。
 これまでの苦労とこれからの見通しを、政治の現場から報告しておきたい。
 まず、昭和39年10月の東京オリンピック開会式に間に合わせるように、東海道新幹線が全額国費で建設されたことを想い出してほしい。太平洋ベルト地帯の高速交通基幹網として、東名高速道路とともに、我が国経済成長に欠かすことのできないインフラ整備だった。
 東京~名古屋~京都~大阪。
 途中ながめる日本一の富士山とあいまって、世界に誇る経済大国日本の象徴となったことは、言うまでもない。
 そのうち太平洋側を表日本と呼び、いつしか私たちの住む日本海側は裏日本というありがたくないニックネームをちょうだいした。
 その後、国土の均衡ある発展をめざして、全国総合開発計画が数次にわたって閣議決定され、あの有名な「日本列島改造論」につながって行く。
 整備新幹線についての法律もできあがり、北陸新幹線は「北回り新幹線」という位置付けで、東京から北陸を通り、若狭ルートを経て、京都、大阪へと路線が描かれた。
 あれから40年。順風満帆とは行かなかった。
 まず、オイルショック。
 次に国鉄民営化。建設費の財源が、国費、地方、事業者(JR)と、それぞれ3分の1ずつが負担をするようなルールになったからだ。全額国費だった時代に比べ、
「いかに地元の国会議員の政治力があるか」
 にかかって来たからだ。
 山陽新幹線、東北新幹線、上越新幹線、山形・秋田ミニ新幹線、九州新幹線。
 全国各地域に新幹線が通り、経済波及効果が目に見えて絶大なものとなるにつけ、北陸はさらに発展から取り残される地域と目されるようになり、国会議員として忸怩たる思いを深めることになる。
 たび重なる政権交代により、政府与党による合意事項が反故にされ、さらに完成が延びる遠因ともなってしまった。
「コンクリートから人へ」
 の民主党政権スローガンのもと、暫定的の注釈つきではあるが、フル規格のはずの北陸新幹線にフリーゲージトレインが導入されるに及んでは、泣いても泣き切れない情けなさを味わった。
 かつては大蔵省の主計官僚から
「昭和三大馬鹿査定」(税金の無駄遣い)
 の一つとも言われ、大都会に住む人たちからは、地方への利益誘導とか、我田引鉄とまでさげすまれた。
 財政状況の厳しい時代には、ミニ新幹線に格下げされるかもとの危機も味わい、地元では、
「うなぎかと思ったらアナゴかよ!?」
 などとまで突き上げられた。
 あらためて主張しておきたい。
 北陸新幹線は地域エゴなどではない。ましてや税金の無駄遣いでもない。
 むしろ地方創生の潜在力を引き出すための起爆剤と表現した方がわかりやすい。
 太平洋側に大規模自然災害(地震や津波など)が発災した場合、日本海側こそがバックアップ機能を果たさなければならないのであって、そのことは東日本大震災が証明している。
 また、人とモノと資金の交流が拡大することにより沿線地域に経済成長をもたらすことは、過去の東北新幹線や九州新幹線の全線開通がすでに証明している。
 ただ、金沢開業でぬか喜びしている場合ではない。まだ道半ばであるからだ。
 金沢以西への延伸を、いかにしてスピードアップするかの政治課題が残っている。
 すでに6年前には、福井県の駅舎整備が終了し、明日にでも活用できる。
 政府与党の申し合わせでは、この八月までに福井駅先行開業(二〇二〇年までに)の諸課題を解決するための検討チームができた。
 財源や、枝線との接続や、車両基地の必要性や、用地取得迅速化など、それぞれの課題はあれど、ここで手をゆるめてはならない。
「新幹線による投資効果を南加賀や福井県にまで波及させる」
「日本海側国土軸を作り、太平洋側と並んだ経済圏の軸を拡充する」
「日本海側がアジア大陸への玄関口となる」
 という政治的な意図を具現化しなければならない。
「金沢開業だけでは、ちっとも喜べない」
 とは、整備新幹線の旗ふり役として中心メンバーであった森喜朗元総理の直近の言。
「稲田朋美さん(福井1区)が政調会長の今こそが、大阪までのフル規格整備のシナリオを描く最大のチャンス。がんばれ!!」
 ……政治新幹線にまだまだ終わりは、ない。
(了)