2012年4月号 第140回
「プライド」

馳 浩 衆議院議員

 政治家のプライドって、何だろう。
 日本語に訳したら「誇り」と辞書には書いてあるけれど、「政治家の」と頭についた場合は、額面通りには受け取られない。
 どちらかというと、マスコミ的に斜めのアングルでとらえられることが多い。
 最近、私の身の回りで、政治家のプライドを(本人は意識していないのだろうが)感じさせるような言動を見聞したのでお伝えしたい(あくまでも私の主観ですヨ……)
 小沢一郎さんの肖像画が、衆議院別館第十四委員室に掲示される事が、議院運営委員会で決定した。本人がお願いしたそうである。
 永年勤続表彰制度というのがあって、二十五年以上、国会議員をつとめると、院議をもって表彰される。
 長い間、よくがんばりました、と、ごほうびがもらえるようなものだ。
 その象徴となるのが、国会内に掲示される肖像画なのである。私も文部科学委員会室に座りながら、ベテラン政治家の肖像画を拝見し、あの人はこうだったな、とか想い出すのが楽しみだったりする。
 在職四十二年の小沢さんが二十五年表彰を受けたのは、今から十七年前の平成六年。
 当時は求めなかったのに、なぜに今さら?
 報道によれば、政治塾の教え子から寄贈されたから、とあった。
 しかし、永田町では額面通りには受け取られていない。口さがないマスコミ雀からは、「四月の判決を目前に控えての自己顕示だろう。有罪ならアウトだし、無罪ならなおの事、国政における発言力、政治権力の復活を誇示したい小沢さん一流のパフォーマンス。誰よりもプライドの高い小沢さんが、俺のことを忘れるなヨ、と野田総理ににらみをきかせるための肖像画だよ!!」
 と。なるほどね、と納得させられる。
 足跡を残すため、とか、長い間支援してくださった後援者への御礼も含めて、という常套句で永年勤続表彰を受け、恥ずかし気もなく自分の顔がでかでかと描かれた肖像画を、国有財産である国会議事堂に飾らせる。
 政治家のプライドなんて、その程度に思われている。
 まさか小沢さんが、そんな俗人的なプライドに左右されようとは、との驚きの方が大きかった。(ヤキがまわったんですかね?と)
 ちなみに、小泉純一郎さんは、永年勤続表彰の全ての特典、特権を辞退した事は有名。
 森喜朗さんのプライドも、本音丸出し。
「先生、次の選挙も出るんですよね」
 と、宴席のたびに話しをふると、グラスを置いて居ずまいを正し、演説がはじまる。
「俺のプライドが許さないんだよ。この四十二年間、我が身を捨てて、お国のために、故郷のために、どれほどがんばって来たことか。」(……はい、そのプライドはいつもそばについている後輩の私めはよくわかっておりますが、それと次の選挙とどうつながるのでしょうか?)という疑問のまなざしをむける。
 森先生の瞳の奥がギラリと光る。
「どうして小娘(田中美絵子代議士。措敗率で復活当選)にあそこまで追い込まれなきゃならないんだ。女房は転んで骨折するまで選挙をがんばってくれたし、後援会の皆さんなんて、それこそ骨身を惜しまず応援してくださった。それでも数千票差まで追い込まれた。納得できないんだ。政権交代という熱にうなされた選挙ではなく、冷静に、候補者として判断していただいて、どちらが日本国家のために働く政治家なのかというケジメをつけたいんだ。だから……」
「だから?」
「だから、俺はもっともっと、努力しなければいけないんだ。選挙区の有権者に理解をいただけるような努力と、それを有権者に伝える努力をしなければいけないのだ!!」
 私がいつも問いかけるのは、年も年だし、奥様もお疲れだし、総理まで務めたし、そろそろですよね、という意味合いを言外に含んでいる。誰も、思っていても切り出さないので、私は父親に対する心情に近い想いで。
「次の選挙も出るんですよね!!」
 と森先生に問いかける。周りの人はびびりながら興味津々で私と森先生のやり取りを注視している。
 それを全て承知のうえで、森先生のプライドが強烈に放たれる。
「あたりまえだろう。日ロ外交も、インドとの関係も、繊維産業も、日本スポーツ界も、何よりも、政界再編も……」
 次から次へと、今後十年後三十年後百年後の日本のあり方、国際社会に名誉ある地位を占める日本の文明と文化について演説は続く。
 二十五年表彰の森喜朗元総理の肖像画も国会内に掲示されている。両手をおなかの前にちょこんとおいて、ちんまりとするいつものたたずまいだ。肖像画は人柄を表している。
 小沢一郎さんの肖像画が、楽しみだ。

(了)