2011年6月号 第130回
「三十五人学級」

馳 浩 衆議院議員

 小学一年生。
 ピカピカの一年生。
 お友達何人できるかな。
 親の期待も大きい。
 自分のかなえられなかった夢?をわが子にたくしてみたりもする。
 一クラスの人数は、さて、どのくらい?
 ……世の中の夢も希望も理不尽も、一番最初に直面するのは、この問題かもしれない。
 どうしてか?
 クラスメートは自分では選べない。
 学校側の定めたクラスの一員となる=組織の一員にムリヤリ?組み込まれて行くところから、人生の非情と偶然の喜びと出会いの大切さを学びはじめるのだ。
 人生論をこねくりまわして語るのではない。
 小学校や中学校の一クラスの人数は、「義務標準法」という法律で定められているという現実を、どう考えるか、という問題なのだ。
 民主党政権となり、今までの一クラス四〇人という「基準」から、一クラス三十五人という「標準」へと法律が改められた。それも三〇数年ぶりに。
 それも小学校一年生だけ。
 小一プロブレムを考えたり、教育の多忙化解消を考えると、ムベなるかな?
 しかし、法律を審議する野党国会議としては、すんなりと「そうだよね!」と賛成出来る法改正のプロセスではなかったのだ。
 まず、立法根拠となる実態を調べてみた。
 すると、全国の小学校一年生の九十三%は、一クラスの人数が三十五人以下となっていた。
 さらに資料を調べてみた。
 義務教育の一クラスの平均人数は、二十八人だったのである。
 そこで、教職員の配置状況を調べてみた。
 基礎定数と、加配定数というシステムだ。
 基礎定数とは、義務標準法という法律に従い、一クラスを四〇人以下とするというルールで教員をはめていった、単純計算の定数。
 じゃ、加配定数は?
 これが曲者だった。
 昭和四十四~四十八年にかけて、計画的に導入された概念。
 特別に指導を必要とする子どもへの支援や、大規模校への事務職員や養護教員の複数配置。
 その後、少人数指導や習熟度別学習、いじめ対策のスクールカウンセラーなどなど基礎定数ではフォローし切れない現代教育事情をカバーするための定数が「加配定数」だというのである。
 「ところで、加配定数の割りふりは誰が決めているの?」
 と意地悪な質問を文部科学省にしてみると、
 「現場の意見を聞いて、都道府県や政令市など、人事権を持つ教育委員会が、予算の範囲内で加配定数を決めています!」
 「チョット待った!都道府県や政令市に予算を配分する権限はどこにあるのさ?」
 「それは……(少し間を置いて)義務教育費国庫負担法という法律で、教職員給与の三分の一は、国が負担することになっています。」
 「じゃあ、残りの三分の二は?」
 「……地方財政計画の公務員人件費に組み込まれておりまして、地方交付税交付金として総務省の予算ワクに入っています……」
 「何だよー。じゃあ、三分の一の国庫負担を決める文部科学省自身が、最終的には加配定数の権限をにぎっているんじゃないですか!」
 「……おっしゃる通りです。」
 本当にもう、追求しないと白状しないんだから役人は!(とくに都合の悪いことは)
 児童・生徒の数が減少すると義務標準法のルールに従って、自然と学級数は減少し、とうぜん先生の数もいらなくなる。でも、公務員である先生の生首は切れない。そうは簡単に(あたりまえ!)そこで編み出したのが、加配定数というあいまいルール。きめ細かいていねいな指導が必要という、誰も否定できない理屈をつけて、自然減少するはずの基礎定数ワクを加配定数にふりかえるという教職員組合を納得させるルールだったわけだ。ちなみに、加配定数は昭和四十八年に一 八〇〇名弱だったのが、平成二十二年では六〇,五〇〇名という爆発的な増加ぶりだ。文科省や組合がほくそ笑んでいるのが目に浮かぶ(?)。誰のための法改正?
 自民党として、この法改正にどう対応しようか二カ月間、悩み抜いた。
 結果として、修正案を受け入れるならば、という条件を民主党が呑んだので賛成した。
 ・加配定数の配置については、学校現場や市区町村教委の意見を尊重すること。
 ・特別支援教育の教員や、専科教員や、東日本大震災の対応教員を加配教員のルールに位置付けること。
 ・三十五人にこだわらず、三十六~四〇人のクラスも、複数配置(チーム・ティーチング)で容認すること。
 与野党交渉の末、衆議院では三月三十一日の本会議で、全会一致で可決=成立した。
 せっかく増える先生を、ぜひとも有効に配置してもらいたいものだ。

 

(了)