2015年8月号 第 180回  どっちもどっち

馳 浩 衆議院議員

オリパラ東京大会まで、あと5年。
組織委員会と、東京都と、JOCと、それぞれの役割分担の中で、準備は着々と進められてきている。
そんな順風満帆のようにみえていたある日突然。つむじ風が巻きあがった。
発信源は、都庁。都知事の部屋。マスコミ同席。
舛添都知事を表敬訪問した下村文科相が、新国立競技場建設費のうち、五〇〇億円の分担を求めたところ、烈火の如く怒り出した。
「前の知事からそんな申し送りは聞いてない。五〇〇億円もの都民の税金を使う以上、その積算根拠を示してほしい。そもそも間に合うのか、新国立競技場の完成は?」
マスコミを招き入れて、大臣を挑発するかのようなモノ言いは、舛添さんお得意の政治手法。でも、五輪招致当事者らしからぬ態度。
「五〇〇億円もの都民の税金を、かんたんに右から左に動かせるか!」と、大衆を煽動するには効果バツグンだけれど、主催都市の最高責任者として、どこか他人任せのように聞こえてしまう。無責任じゃ、ない?
だって、招致活動のつばぜり合いの中、
「新国立競技場を大都市東京のど真ん中に建設し、街づくりの中心にスポーツを位置づける。そして五輪レガシーとして未来への遺産とする。」
とIOC総会(ローザンヌ)で宣言したからこそ、東京都は招致レースに生き残ったのだから。それまではビリだったのだよ。
イラク人女性ザハさんデザインのこの新国立競技場のインパクトはそれほど大きかった。IOC委員の誰からも、
「東京なら財政力もありできるだろう」
「日本が中東の女性のデザインを選んだことは、世界平和の象徴だ!!」
「大都市東京、成熟都市東京の新たなコンセプトがスポーツの価値観となることは、スポーツの力で都市の変革をなしとげることだ!!」
と、そのデザイン力ばかりでなく、外交的な背景や、社会変革という価値感創造のポイントが高く評価され、汚染水問題さえクリアすれば誰もが東京五輪に投票したいと一気に流れを変えた新国立競技場建設構想。
だいたい、政府(文部科学省)と設計・建設業者(3社)で、契約合意まであとわずかの段階まで来ているにもかかわらず、
「工期と予算が間に合いそうもないから、都も約束通り五〇〇億円負担してくれ。開閉式の屋根の部分と可動式の観客席については、見直しをするから……」
と、舛添さんの挑発に乗ってマスコミの前で契約交渉のキモとなる部分まで口にしてしまった下村大臣。それ、言っちゃダメ、ダメ。
そりゃ、まずいでしょ。
建設業者は、もうけを出したいし、歴史に残る国立の施設を造る以上は、評価に堪えうるデザインや部材、資材を使いたい。とうぜん、工費は消費増税分
や物価上昇分や労務単価上昇分までも吸収して、予算オーバーしてしまう。でも業者には責任はない。払うのは国だからね。
片や建設主体の文科省とすれば、予算の制約、工期の制約、デザインの制約というがんじがらめの三次方程式。結局、財源不足で都に泣きつくというありさま。
……どっちもどっち、もめてる印象だけ。ここは、舛添都知事にも、下村文科相にも、お互いの立場を良く考えた上での言動を求めたい。
まず、外国が今、この騒動をどうみているか、に尽きる。
「日本なら財源の問題なく、住民デモもなく、計画した通り以上に、キチンとやってくれると信頼して開催を任せたのに。主催者の都知事と、建設責任者の文科相がマスコミ衆知の中でケンカし始めるとは、どうなってるんだ。本当に新国立競技場はできるのか? まにあうのか? ザハの計画通りなのか?」……と。

私は舛添さんに求めたい。
①重要な交渉事を、マスコミ同席のもとで行なわないこと
②正論を吐くときは、控え目に
③新国立競技場を建て替えてレガシー(遺産)にする
と公約したのは、都知事本人だということ。「それは猪瀬さん」という子どもじみた言い訳はできない
④財源については、文科省と調整の上、応分の負担をし、五輪後も責任を分かち合う事。

下村文科相にも申し上げたい。
①挑発には、乗らない
②財源、工期、ザハの三要件を守ること
③レガシーは、使われ続けてこそ

森組織委員長が和解を仲立ちし、握手までさせて心をくだいている。
アジュンダ2020(五輪改革案)の象徴と考えているIOCのトーマス・バッハ会長も、東京は大丈夫かと口にしている。
世界の見ている東京=日本である。
日本人として恥じない善処をお願いしたい。
「秘すれば花」ということばもある。
内輪ゲンカをさらさないように。
夫婦ゲンカは、犬もくわない。

(了)