社会時評エッセイ

朝日新聞の暴走を許した他メディアの責任も大きい

藤 誠志

社会的意義のない記事を意図的に一面に大きく掲載

新聞は「社会の公器」と言われている。だから新聞には、国民の知る権利と自由を守るため、公正中立な立場で正しい報道を行うことが求められている。しかし朝日新聞は違った。小川榮太郎著『約束の日安倍晋三試論』に、政治評論家の三宅久之氏と朝日新聞主筆の若宮啓文氏との対談の一部が記載されている。三宅「朝日は安倍というといたずらに叩くけど、いいところはきちんと認めるような報道はできないものなのか」若宮「できません」 三宅「何故だ」 若宮「社是だからです」
特定の政治家を意図的に批難し続けることが社是だという。これでは朝日新聞は「社会の公器」ではなく、ある思想のプロパガンダ機関と言わざるを得ない。従軍慰安婦の強制連行と、福島第一原発の吉田調書にまつわる誤報によって、この朝日新聞のプロパガンダ体質が、とうとう白日の下に晒された。 思い起こせば、二〇〇八年十二月一日付の朝日新聞朝刊の一面トップの大きな文字の記事は、『アパ代表選考主導』「田母神論文」「採点に参加最高点」というものだった。「航空自衛隊の田母神俊雄・前航空幕僚長(六〇)が日本の侵略を否定する論文を発表し、更迭された問題で、懸賞論文を主催したアパグループ(元谷外志雄代表)による審査経過が複数の審査委員(代理を含む)の証言で明らかになった。元谷代表は当初から田母神氏の論文と知り得る立場で審査に加わり、メンバーで唯一最高点を与えていた。田母神論文を含む三作品が同点で並ぶと、元谷代表は田母神論文を推していたという」とリードが続く。
衆議院議員の中山泰秀氏の代理として出席した秘書の山本秀一氏が「田母神氏に賞金を贈るための懸賞論文と見られても仕方がない」と取材に対して応えた言葉が掲載されているが、私は論文が提出されるまで田母神氏が応募したことを知らなかったのだ。いかにも私が不正をして田母神氏に最優秀賞(懸賞金三〇〇万円)を与えたといったイメージを与える書きっぷりだ。これが朝日新聞が世論を誘導するやり口だ。一民間企業の懸賞論文に、審査員長に上智大学名誉教授渡部昇一氏・審査委員に報知新聞社長小松崎和夫氏・産経新聞客員編集委員花岡信昭氏・衆議院議員外務大臣政務官中山泰秀氏(当日は勝手に代理として審査に加わった秘書の山本秀一氏)をはじめとした審査委員をきっちりと立て、公明正大に審査を行い、協議の上、最高得点獲得者の三名のうちの一人の学生を学生部門優秀賞に、もう一人を社会人部門の優秀賞に、そして満場一致で田母神俊雄氏を最優秀藤誠志賞としたのだが、この過程で主催者の私が意見を言うことのどこが「不正」なのか。そもそもこんな記事を朝日新聞が一面トップに出す社会的意義はあるのか。この時、朝日新聞から私宛に何度も取材の申し込みがあり、「政府見解に反する論文の表彰記念パーティーを強行するんですか?」と、暗に開催を取りやめるように脅しをかけてきた。私は、十二月八日に記者会見を行うからその時に答えると応じた。
そして第一回「真の近現代史観」懸賞論文の表彰式の後に行った記者会見には、テレビや新聞などものすごい数のメディアが集まった。案の定、朝日新聞の記者から「論文の審査に審査委員ではない代表が関与したのでは?」という質問があったが、私は「私が主催し懸賞金を出す論文審査に関与するのは当たり前で、朝日新聞が賞を出すときも朝日の社長が意見を述べるでしょう」と言ったら、何も答えずそれ以上の質問はなかった。
この賞の最優秀賞の決定から表彰式までの約一ヶ月間、私の自宅と会社前には新聞・テレビ・週刊誌の記者が張り込み大変な騒動となった。受賞記念パーティーの発起人になっていただいた十数カ国の大使、数十人の国会議員、大学教授や評論家など百数十人の一人ひとりに夜討ち朝駆けで毎日、「週刊朝日です。あなたは政府見解に反する論文を表彰するパーティーの発起人にどうしてなったのですか?」と質問し、答えたらその後「AERAですが…」、「朝日新聞ですが…」、と同じ質問を投げかけた。私の出身地の石川県まで記者が押し寄せて、同級生や子供時代の自宅近隣の人などに「元谷」はどんな人だったのかと質問をして回る、それはひどいバッシング報道だった。東京の警察からは「殺害予告が入ったので警護させてください」と大変な騒ぎとなり、発起人から次々と辞退の連絡が入り、とうとう私は発起人主催のパーティーを切り替えて私が主催するパーティーとして開催を強行した。
田母神氏は依願退職を迫られたが拒否し、「日本はよい国であったと言った事が悪いのであれば、懲戒解雇すれば良い」と言った。そうしたら、田母神氏は降格されて定年制にひっかけられて解任され、その後参議院に参考人として招致された。そんなことが多くの国民の怒りを買い、田母神氏は英雄視され、自民党はその後の選挙に負けて野党に転落した。これをきっかけに日本は覚醒し始め保守化傾向を強めてきて、その後余りにもひどい民主党政権の登場のせいもあって、保守の旗手安倍氏が自民党総裁に再選され、その後の総選挙で自民党は大勝し奇跡的に安倍氏は再び総理となった。

 

トーン変更には許可が必要受け継がれていく「偏向」

このように、朝日新聞は常にまず自分達なりのストーリーを考え、それに合う記事をキャンペーン的に集中して掲載することによって、世論を意図的に誘導してきた。戦後ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(日本人に先の戦争に贖罪意識を持たせる計画)に基づき、一貫として続いてきたこの報道スタンスの下、慰安婦に関する「世紀の大誤報」が行われた。吉田清治氏の証言を基にした一連の慰安婦報道は、残虐行為を繰り返す日本軍という従来からの主張を補強するために捏造されたものだ。先日私は、八月五日、六日の朝日新聞の慰安婦報道検証記事をどのように読んだか聞かせて欲しいという夕刊フジの取材に応じたところ、八月十五日付の同紙一面に、「アパグループ元谷代表が激怒」「朝日への『広告やめる』」という見出しで、大きく取り上げられた。二十年も前に朝鮮半島で慰安婦狩りをしたという吉田清治氏の証言(本誌一〇月号エッセイにて詳報済み)が嘘であることは分かっていたのに、朝日新聞は訂正をしなかった。
田母神論文騒動や韓国の朴槿恵政権の異様な反日外交もあって、多くの人々が慰安婦の真実を求めるようになり、テキサス親父ことトニー・マラーノ氏が、米国立公文書館で一九四四年八月に作成した、「戦時日本人捕虜尋問報告朝鮮人慰安婦二十名」から、「慰安婦たちは『欲しい物品を購入するお金はたっぷりもらって』いて、『将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、演奏会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機を持っていた』というのだ。性奴隷が大金をもらえるのか?論理を組み立てれば、『慰安婦』がいかなる存在だったのか、答えは明らかだ」と調べてきたこともあり、朝日新聞も逃げ切れないと観念して今回検証記事を出し、誤報を認めた。この誤報による国家的損失は天文学的だ。日本と日本人を貶めた責任は極めて重大で、謝罪会見をしない限り朝日新聞への広告出稿は行わないと言ったのだが、「その通り」と様々な方々から大きな反響があった。そしてようやく九月十一日に朝日新聞の木村伊量社長は、福島第一原発の所長だった吉田昌郎氏の「聴取結果書」についての五月二十日付の記事を取り消し、謝罪する会見を開いた。福島第一原発の事故についての政府事故調査・検証委員会の「聴取結果書」をこの十一日に政府が公開することになって、慌てて決断したのだろう。この「吉田調書」誤報について九月十二日付の朝日新聞朝刊は、「本社は政府が非公開としていた吉田調書を入手し、五月二〇日付紙面で『東電社員らの九割にあたる約六五〇人が吉田所長の待機命令に違反し、一〇キロ南の福島第二原発に撤退した』と報じた。しかし、これは原発事故を起こした東電という会社の社員は、所長命令を無視して安全な場所に逃げる無責任な人々という印象を与えるためだったのだ。
この吉田調書の誤報の責任を取って、杉浦取締役を編集担当から外した。しかし三十二年に亘って慰安婦問題で十六回もの誤報を行い、それを放置してきた責任は誰も取っていない。「安倍叩きは社是」と嘯いた朝日新聞の若宮啓文氏は、退職後、国立ソウル大学客員研究員に就任している。彼は二〇〇五年に竹島を韓国に譲り、韓国がそれを「友情島」と名付けるといった「夢想」をコラムに書いた。批判を浴びているこんな人物が主筆として編集を主導していた新聞社だが、朝日新聞の個別の記者は非常に優秀な人も多い。私のところに来た記者も優秀だったが、その彼に朝日新聞はなぜ明らかにおかしいことを、疑問もなく報道しているのかと聞いたことがある。彼もおかしい記事があることを認め、ただそのテーマに関して「トーンの違う記事を書くためには、先に書いた先輩の許可が必要なのだ」と言った。私は、なるほどこうやって反日プロパガンダ的な報道が受け継がれていったのかと納得したものだ。戦後ずっと偏向したままの朝日新聞が反日メディアの雄として日本のジャーナリズムをリードし、他の報道機関に「抗議書を送りつけ提訴するぞ」とか圧力を掛けてきた。どのメディアも朝日からの抗議が怖くて、記事のスタンスを朝日に同調させてきたのだ。こうしてきた他のメディアの責任も大きい。

 

自主規制として生き続けるGHQが作ったプレスコード

二〇〇八年に政府見解に反すると問題になった田母神論文だが、全文を読めば全く問題ない。歴史的な事実から、日本は侵略国家ではなく良い国だったと主張しているだけだ。この論文が政府見解に合わないというのなら、政府見解が誤っているのだ。私は田母神氏の国会への参考人招致前にこのことを多くの国民に伝えたいと考え、新聞数社に広告として田母神論文全文の掲載を依頼したが、産経新聞以外の新聞社は掲載を拒否した。その産経新聞もアパに肩入れしていると朝日新聞から抗議されるので、「広告費がいつもの取決め単価ではなく定価であるなら」という条件付きだった。国会招致当日にようやく掲載に漕ぎ着けると、朝からFAXや電話が鳴り止まず、その全てが田母神支持のメッセージであった。そのことを国会に向かっていた田母神氏に携帯電話で伝え、「正々堂々、ラストサムライで行け!」と激励した。それもあってか、国会での田母神氏の態度は非常に堂々としたものだった。多くの支持者に支えられ、田母神氏はその後講演や執筆活動で大活躍し、今年の東京都知事選にも出馬して六十一万票もの票を集め、さらに日本真正保守党を立ち上げるまでに至った。政治家も朝日新聞をはじめとするメディアに怯え、メディアの論調に迎合する余り、河野談話や村山談話など今に至るまで禍根を残してしまった。元凶はメディアの報道だが、さらにその背景にあるのは、一九四五年九月十九日に発令されたプレスコード(新聞編集綱領)だ。朝日新聞が「原爆は国際法違反の戦争犯罪である」と言った鳩山一郎談話を掲載したことで、二日間の発行停止処分を食らったのがその発端だ。GHQは三十項目に亘る「報道禁止事項」を出してきた。
このプレスコードは、一九五二年に発効したサンフランシスコ講和条約によって「失効した」にも拘わらず、朝日が主導するメディアの自主規制によって今に至るまで影響力を持っている。朝鮮批判が禁止されているから、慰安婦問題でメディアが韓国に反論することもせず、中国批判の禁止のために南京三十万人大虐殺などという虚構にも、反撃できなかったのだ。
「朝日の九・一一」を機に戦後のメディア体制を改革
 一九八九年、自ら珊瑚礁に傷を付け、その写真を心ないダイバーの仕業として報じるという捏造事件を起こした時には、朝日新聞の社長が引責辞任をした。今回の件は、それとは全く異なり、途方も無い国益の損失であり、日本人の名誉を著しく傷つけたものだ。社長が辞任しても、会社が解体しても済まない。また朝日新聞からの抗議に怯えて、同じ論調の記事を書いていた他のメディアも、猛省すべきだろう。一九四五年の発行停止で百八十度態度が変わった朝日新聞だが、今度の件で真っ当な新聞社に変わらせなければならない。朝日新聞が変わる時は日本が変わる時だ。「朝日の九・一一」とも呼ばれる今回の謝罪会見。この後、これらの責任を取って木村社長の辞任で会社を守ろうとするだろう。しかしこれはトカゲのしっぽ切りのように木村社長の辞職と引き換えに、これまでの歴代社長や編集責任者の逃げ切りを図ろうとするもので、そのようなことを許してはいけない。反日だらけのメディアの現状を変え、真っ当なメディアを育てるためには、朝日は解体して出直しする必要がある。そのために障害となるのは、プレスコードだ。一番真っ当に近い産経新聞でさえ、プレスコードに未だに縛られていて、その存在を紙面で記事にすることはない。産経は、戦後初めてプレスコード全文を新聞に掲載したが、これは「アパの広告」としてである。他の新聞はもちろん、テレビもプレスコードには触れていない。衆議院議員の杉田水脈氏がプレスコードに関して初めて国会で行った質問も、メディアはほとんど報じていない。これはメディアの根本的な問題だ。その影響は大きい。捻じ曲げられた歴史が書かれた教科書がまかり通っていたり、偏った思想の国会議員が大量に誕生したり。福島第一原発の事故処理に関しても、「高濃度汚染水」とあたかも非常に危険なもののように報じられる水の汚染レベルは、アメリカなら飲用に耐えるものだし、放射能の除染も世界の平均自然放射能を下回るまで除染するなど、日本の基準が明らかにおかしいのに、メディアはそれを書かない。本当のことを報じないだけではなく、今回の朝日新聞のケースは、慰安婦問題にせよ、吉田調書にせよ、積極的に嘘の報道をしていたという根深い問題だ。決定的な反証が出てこない限り、その嘘を何十年もつき続ける。自らの主張のためには真実を捻じ曲げる、こんなプロパガンダ紙に未だに広告を出す企業なども問題だ、『今後朝日に五段以上の広告を出した企業を公表する』ことも考えなければいけない。そして購読もすぐに止めるべきだ。
 先日、次世代の党結党大会に私は招かれて参加した。国会議員が23人で結成され、当日は22人の議員が出席して盛大に行われた。私は、翌日の新聞がどのように報じているのか新聞各紙を調べた。これまで私は、産経新聞に次ぐ保守的新聞社は読売新聞であると思っていたが、検証の結果、産経新聞は「『歴史、伝統、文化守る』平沼党首 次世代が結党大会」と大きく写真付きで掲載していたし、その次は日本経済新聞が、小さな写真付きで小さく「次世代が結党大会」と目立たないように掲載し、朝日新聞は写真なしのベタ記事で18センチほどであった。最もひどい掲載は読売新聞の写真なしベタ記事で、二段合わせて12センチと、朝日新聞よりも小さく、全く目立たない記事で、まさに今やこれまで保守の新聞と思っていた読売の今後の次世代の党に対する報道スタンスを予測させる記事の扱いであって、『朝日に次ぐ左傾新聞は読売』ではないかと思ってしまった。そしてその後の、維新の党の結党大会の記事の序列は、反対に一番大きく読売、二番目に朝日と一面から二面にかけて大々的に報じていて、日経は少し小さめに二面に、産経は小さめに三面で、この二つの記事の扱いがまさに各新聞社のスタンスを表している。  この朝日が謝罪の責任も取らないまま、九月二十二日に「ご愛読者のみなさまに深くおわび申し上げます」と謝罪のチラシを入れたが、謝罪するべきは愛読者へではなく、日本国民全体に対してであり、世界全体に対してではないのか? 私は、プレスコードを守ることで談合している全てのメディアの責任を問いたい。

2014年9月24日(水)23時30分校了