社会時評エッセイ

藤誠志 社会時評エッセイ237:不安を煽れば売れると商業メディアが 創る風評被害

藤 誠志

北のミサイルに対する 配備には意義がある

 四月上旬のテレビや新聞の報道は、北朝鮮の長距離弾道ミサイルの件ばかりだった。四月十日の産経新聞朝刊でもこの話の記事で埋め尽くされていた。要約すれば、「北朝鮮の『人工衛星』と称する長距離弾道ミサイルの発射に備え、自衛隊は海上配備型迎撃ミサイル(SM3)搭載イージス艦と地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を展開した」と報じたが、弾道ミサイルは四月十三日に打ち上げられ、その直後に暴走して自爆させたか何らかのトラブルで爆発し、失敗した。「今回の打ち上げは同じく失敗して衛星とはならなかった二〇〇六年七月と〇九年四月の弾道ミサイル発射時とは異なり、米側の緊張感は薄く、日米の『温度差』は否めない」「自衛隊には先月三〇日に破壊措置命令が出され、イージス艦とPAC3の展開場所もすぐに固まったが、米海軍は〇六年には日本海に二隻、〇九年は日本海と太平洋に二隻ずつイージス艦を展開させることを早々に決めたのに比べ、対応は明らかに異なる」という。これはアメリカは弾道ミサイルよりも核に神経を尖らせていて、テロリストが核を使用すれば、直ちに分析して、北の核であれば北からの核攻撃と看做して壊滅的な核攻撃をかけると米朝協議で脅している。そもそも、北の核も弾道ミサイルも中国に対するもので、アメリカに対しては無力である。そんな中、「北朝鮮が、過去に二度の核実験を行った北東部の咸鏡北道吉州郡豊渓里で、三度目の核実験に向けた動きがある」と韓国筋から伝えられた。
 産経新聞の産経抄によれば、「韓国の通信社などが速報し、韓国国防省も発射を公表したのちに、首相官邸は確認していないとやってしまった。発射直後に米軍から情報が伝えられていたにも拘わらず、緊急情報を自治体などへ瞬時に流せると鳴り物入りで導入した『Jアラート』も使われず仕舞い。官房長官は日本としての確認が必要だったと言い訳したが、発表まで四十四分もかかるとは情けないにも程がある。仮にミサイルが東京に飛んできても、官房長官なら『確認中』と言いかねない。危機管理の基本は、国民に危機情報をいち早く伝達し、的確な措置を取ることにある。それができぬのなら、一刻も早く政権の座を降りてもらいたい。面子を潰された苦労知らずの三代目は、何をしでかすかわからないのだから」とあった。
 田中防衛大臣から「破壊措置命令」を受けた自衛隊の迎撃態勢は二段階になっていた。日本の領土・領海にミサイルやその部品が落下する場合には、最初にイージス艦のSM3(スタンダード・ミサイル3)が大気圏外で破壊しようとする。ここで失敗した場合には、地上配備のPAC3(パトリオット・ミサイル3)で撃ち落とすという計画だ。北のミサイル発射に備えるという名目で、沖縄本島にはPAC3が二基と二百人の自衛隊員が、宮古島にはPAC3が一基と二百人の自衛隊員が、石垣島にはPAC3が一基と四百五十人の自衛隊員が配備され、更にイージス艦二隻が付近の海に待機している。北朝鮮のミサイル発射計画がなければ、到底この様な展開は不可能であり、今回のように正常に飛べば迎撃の必要も無く、方向が狂えば自爆させるし、空中分解すれば迎撃不能で、何れにしても迎撃ミサイルが発射されることはない。もし発射したら迎撃失敗の可能性もある。そもそも迎撃ミサイルは、同時に多数のミサイルが発射されれば効果が無い。ミサイル防衛に金をかけるよりも抑止力としての攻撃力を持てるように法律を改正すべきだ。しかし今回のケースは自衛隊にとっては丁度良い訓練の場となった。「ならず者国家」である北朝鮮の脅威を利用すれば、日本は抵抗を受けずに自国の軍事力を強化出来ることが、これで判明した。
 ロシア、中国、北朝鮮、アメリカと日本は核保有国に囲まれている。例えば、中国に対して今回と同様の自衛隊による対応を取る場合には、政府からも民間からも物凄い反発が巻き起こり、中国全土で反日デモが行われるだろう。日本でもそれに呼応して、日本政府の対応を非難する人やメディアが現れるはず。しかし北朝鮮に対する備えとなれば、誰からも非難されることはない。
 かつて友愛の海だとか、日本列島は日本人だけのものではないとか、日米中は正三角形の関係だとか、とんでもないことを主張していた首相がいたが、これは戦後の自虐教育と自虐メディアの弊害の最たる例だ。自虐的な教育やメディアによって、日本は「ゆでがえる」の様に、本当の脅威を察知することなく衰退していき、死を迎えるような国になってしまった。今回の様な北の脅威を上手く活用して、北朝鮮がならず者国家と言われている間に、一日も早く真っ当な力の論理に立脚した平和を構築出来る国に、日本を変えていかなければならない。世界の現実は昔も今も情報謀略戦が行われていて、理想論では語れない非常に不条理なものであり、日本国憲法の前文にある様な「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」などという精神では、とても対応出来ない。
 

アメリカは決して 「正義の味方」の国ではない

 先日空港のラウンジでたまたま読んだ週刊新潮三月二十九日号の高山正之氏の「変見自在」が面白かった。タイトルは「媚びる支那人」だ。「のちに全米黒人地位向上協会を立ち上げるウィリアム・デュボア」「彼の人生観が変わったのはサム・ホース事件との遭遇だった。当時、奴隷制こそなくなってはいたが、黒人は白人社会から隔離され、白人との結婚とか性交はそのまま犯罪とされた。そんな時代、ジョージア州で黒人青年サム・ホースが白人女性を強姦した容疑で捕まった。彼の無罪はすぐ証明されたが、保安官事務所を取り囲んだ二、〇〇〇人の怒れる白人たちは聞く耳を持たなかった。サムを留置場から引きずり出してリンチにかけた」「『まず彼の両耳が削がれ、次に両手の指と性器が斬り落とされた。ナイフを持った男がサムの顔の皮を剥ぎ、血まみれの彼を縛って木に吊るし灯油をかけた。彼は生きたまま焼かれた』」「デュボアがサムの悲劇を知ったのは、教鞭をとっていたアトランタ州立大近くの雑貨屋にサムの焼けた拳が飾られていたからだ。このときから彼は米国の偽善を糾弾し、黒人の地位改善に生涯をかけていく」「黒人を人間扱いしない米国に倦んだデュボアは昭和一一年に来日し、帝国ホテルに投宿した。旅立ちの朝、フロントで精算する彼の前に白人女が割り込んできた事件を彼はピッツバーグ・クーリエ紙に書いている。『フロント係は白人女には目もくれず私の対応を続け、精算が終わると私に深々とお辞儀をし、改めて白人女に目を向けた』相手が白人だからといって媚びることもなく黒人も等しく接する日本人の毅然とした態度に、デュボアは『母国で味わったことのない感激』を覚えたと書いている。彼は日本を離れ、支那に行く。そこで目にしたのは『白人の幼児が支那人にそこをどけと言い、支那人たちは慌ててご主人様のために道を開けた。見慣れた米南部の光景だった』」「へつらう支那人と、筋を通す日本人と。デュボアは米国白人社会がなぜ支那に好感を持つのかやっと理解した」という話だ。
 日本は他国を侵略した悪い国で、ここに原爆を落として民主主義を与え、良い国へと導いたと主張するアメリカの、僅か数十年前の姿がこの差別意識の塊であり、今でも形を変えてこの考えは受け継がれている。
 紳士の国と思われているイギリスの植民地支配も過酷なものだった。インドを統治していたイギリスは、自国の産業革命によって近代化した紡績産業のライバルだった、インドのモスリンなどの高品質で安価な綿手織物を排除するために、手織職人達の腕を切り落としたという。この残酷な所業によって、インドの綿手織物産業は壊滅し、イギリスの綿織物がインドのマーケットに傾れ込むことになった。アヘン戦争は、イギリスが植民地としていたインドから清へ輸出していたアヘンを、清政府が本格的に取り締まり始めたことが発端だった。イギリスとの戦いの末、清は多額の賠償金や香港の割譲など屈辱的な負担を強いられることになる。維新の志士達はこのアヘン戦争を教訓として、清の二の舞を演じない様に激烈な内戦を避け近代化を急ぎ、富国強兵へと走っていったのだ。
 

「誇り」を育てる教育が 学校から失われている

 デュボアが描く様に、かつての日本人は毅然としていたのに、昨今の状況はどうか。まさに「日本人の敵は日本人」であり、誇りを失い、国力を失いつつある。このままでは中華人民共和国日本自治区になってしまうだろう。それを防ぐ為に私は「真の近現代史観」懸賞論文制度を二〇〇八年に創設し、田母神俊雄氏などの最優秀賞受賞者を輩出している。私は世界七十五カ国を訪問し、各国の指導者達とディベートを行い、そこで得られた知恵や教えをこのアップルタウンのエッセイとして二十年間発表し続けてきた。この様な活字での発信だけでは飽きたらず、昨年六月には勝兵塾を立ち上げた。直接多くの有識者から学ぶ私塾として、私が塾長となって「勝兵塾」をスタートさせ、ホームページやフェイスブックで動画や記事を配信しているのだ。既に世界二十カ国の駐日大使や二十一人の国会議員、多数の大学教授や弁護士が入塾しているが、西洋列強からの入塾は今の所ない。
 このアップルタウンを私は日本にある全ての大使館に送っているのだが、英訳も付けてあるにも拘らず「日本語が読めないので今後は送らないでください」との連絡があったオランダ大使館にだけは送ることをやめた。インドネシアがオランダから独立するに際して、千人を超える元日本軍兵士が終戦になっても帰国せずに残り、インドネシア軍と共に戦って多くの犠牲を払いながらも独立を勝ち取ったことを、インドネシア大使とビッグトークで話題にしたが、本国の都合により、と記事より割愛されたので、ジャカルタまで出かけて行き今もインドネシアに暮らす旧日本兵の方との対談で前述の事実を取り上げたことが、旧宗主国であるオランダは気に入らなかったのかも知れない。インドネシアの公式見解では、三百五十年に亘るオランダによる過酷な植民地支配の後、三年半に亘って日本の軍政下で苦しんだとある。これは、日本のお蔭で独立が早まったと言えばODAが貰えないからであり、日本は現地の若者を組織してPETA(祖国独立義勇軍)を作って、その後の独立への道を開いたのだ。日本を非難すればするほどODAが獲得出来ると学習してしまったことから、先の大戦直後には多くのアジア諸国から称讃されていた日本が、近年はどんどん貶められている。マレーシアのマハティール首相も、かつては日本に学べとルックイースト政策をとっていたのだが、今は「日本を反面教師とせよ」と言い出している。日本の若者に本当の歴史をきちんと教えないと、どんどん国が衰退してしまう。先日、孫の小学校の入学式に参加してきたが、国旗も国歌も校歌の斉唱もなく、訓示も立派な子供になろうではなく、良い子になろう、であった。日本を代表する様な小学校でさえこの様な状況だ。多くの学校でも今はよく似た状況なのだろう。これでは子供達は日本人としての誇りを持つことが出来ないどころか、自らの国に嫌悪感を持つことになるだろう。私が始めた、真の近現代史を教えることで、誇れる国日本の再興を果たしていく運動の重要性を、益々痛感した。  

核抑止力を自ら手にし 独自の国家運営を目指せ

 かつての西欧列強は有色人種を人間扱いしてこなかった。日本は日露戦争で勝利した後、第一次世界大戦でも勝利し、国際連盟の設立にも尽力し、脱退するまで常任理事国だった。この国際連盟の規約に日本は人種差別撤廃条項を入れようとしたが、アメリカのウィルソン大統領はこの議案は重要だから全ての国の賛成が必要だというアンフェアな会議運営を行い、これは否決された。イギリスは紳士の国と思っている人が多いが、アフリカの黒人をアメリカに奴隷として送り込んで大儲けをした国である。日本が悪い国だと思い込む前に、世界を取り巻く情勢や真実がどうだったのかをもっと真摯に調べ、考えるべきなのだ。
 人類史上最も重い罪は、無警告に非武装の一般市民数十万人を、原子爆弾によって一瞬にして殺戮したことだろう。人類の恥としか言いようがないことだ。三度目の原子爆弾が日本に投下される様なことは、絶対に避けなければならない。しかし世界一極支配を目指していたアメリカは経済的に衰退し、世界の警察官としての地位を維持出来なくなってきている。軍備縮小から海外派兵も減り、それぞれの地域が防衛を自ら行わなければならなくなっている。日本も自力で自国を守るべく独立自衛の出来る憲法を作り、NATO五カ国が冷戦時から採用している「核の共有」のシステム、ニュークリアシェアリング(常時アメリカの核搭載艦船に同乗して訓練し、非常時には核の発射の権限が譲渡される制度)を導入して核の抑止力を獲得し、独自の国家運営を志向しなければならない。日本のメディアはユダヤやアングロ・サクソンのフィルターを通ったものだけを報道しているが、世界の真実はどうなっているのか、自分の目で見て自分の頭で考えなければならない。その為に、私は世界七十五カ国を訪問して得た全知識を勝兵塾に注ぎ込み、この塾を通じて私の思いを発信しながら、自ら世界の現実を掴むことが出来る人を養成していきたいと考えている。
4月25日午前1時30分校了