社会時評エッセイ

藤誠志 社会時評エッセイ227:発がんリスク 飲酒・喫煙以下

藤 誠志

大阪と東京で見出し異なる産経新聞の記事

  六月九日にたまたま大阪にいて、産経新聞の大阪版朝刊を読んだ。すると、「発がんリスク喫煙・飲酒以下」という見出しで、東大医学部附属病院の中川恵一准教授へのインタビュー記事が掲載されていた。「『ただちに健康への影響はない』と言われても、目に見えないだけに、健康被害が心配になる放射性物質。東大医学部付属病院で放射線治療を担当し、茨城県東海村のJCO臨界事故で被曝した作業員の治療にも携わった中川恵一准教授は、被曝による発がんリスクについて、『日本人は、二人に一人が、がんになる世界一のがん大国。喫煙や飲酒の方がよほど危険だ』と語り、過度の心配をする必要はないという。
中川准教授によると、被曝が人体に与える影響は『一〇〇ミリシーベルトがひとつの目安』。一〇〇ミリシーベルトの放射線を浴びた場合、がんが原因で死亡するリスクは最大約〇・五%上昇。野菜嫌いの人や受動喫煙と同程度だ。運動不足や塩分の取りすぎは二〇〇?五〇〇ミリシーベルト、喫煙や毎日三合以上飲酒した場合は二千ミリシーベルト以上の被曝に相当。『たばこや飲酒による発がんリスクは、被曝と比べものにならないほど高い。この機会にがん対策全体を見直すべきだ』という。
もともと自然界から年間数ミリシーベルトを被曝している人間の細胞には、放射線で傷つけられたDNAを回復させる機能が備わっている。長期間にわたって受ける放射線量が一〇〇ミリシーベルト以下ならば、ほとんどが修復される。実際、広島・長崎のデータでも、一〇〇ミリシーベルト以下で発がんが増えたというデータはない。 
ただ、一部の原発作業員のように、短期間に二〇〇ミリシーベルト以上を被曝するようなケースについては、『年間二〇ミリシーベルトを一〇年浴びたのに比べ、二?一〇倍高いリスクとなる可能性がある』と警鐘を鳴らす。
依然、風評被害が広がる農水産物については『国の食品衛生法に基づく基準値はICRPなどの国際基準を踏まえ、食品ごとに放射性物質の摂取上限が厳しく設定されている。原発周辺に自生する山菜などを食べるのは危険だが、流通しているものについては基準値を下回っており、問題ない』と強調。『汚染を気にして野菜や魚の摂取が減ったり、被曝を恐れてがん検診を受けなかったり、ストレスや運動不足の方ががんのリスクを高める』とする。
『半減期が短い放射性ヨウ素はほぼ消えた。今、大気中に放射性物質はほとんどない。それ以降は、三月十五日までに放出され、雨に溶けて土の表面に蓄積したセシウムからのガンマ線が被曝の原因。公共事業による土壌改良などが必要だ』と話している」。
これを一読して私は全ての大手メディア(テレビ・大新聞)が福島原発から二〇キロ圏内の強制立ち退きに異議を唱えるどころか、放射能被曝の危機をまき散らしているなか、さすがは産経新聞だと思った。前号(七月号)の本稿に、私は「東大大学院の稲恭宏医学博士が主張するように、『放射能は自然界にも存在していて、私たちも大なり小なり毎日放射線を受けている。がんの発生など体への影響が生じるのは、いっときに高い放射線量を浴びた場合であり、低い放射線量を浴び続けて累積値が高まったとしても、全く心配することはない』のだ」と書いた。メディアが放射能に関して科学的根拠に基づかない報道を行い、実被害以上の多くの風評被害を招いている中で、産経新聞のスタンスは立派だと感じながら東京に戻って驚いた。首都圏版にも全く同じ中川恵一准教授の記事が出ているのだが、見出しが大阪版と異なり「『人体への影響一〇〇ミリシーベルトが目安』」となっている。これはどうしたことなのか。内容は大阪版の見出しの方が明らかに合っているし、首都圏版の見出しだとまた無用の不安感を人々に与えるだけだ。産経新聞に最近感じていた不満が、また蘇った。

科学的根拠なしに不安を煽り続けるメディア

 六月号の本稿で私は、四月十二日の産経新聞朝刊の「正論」に掲載された現代史家の秦郁彦氏の一文を取り上げて批判した。見出しは『原発処理、もう米国に頼みたい』。「秦氏は今回の原発事故処理について、『原発の機能が安定するまで東電を国有化し、一時的に鎮圧作戦をアメリカに頼むのも一案だろう。メリットと思われる点を次に列挙しよう』『一、菅政権には残念ながら、災害復興と原発事故処理という二正面作戦をこなすのは無理なので、後者を米国に分担してもらって、政権の荷を軽くする。一、米国は半世紀にわたる冷戦期に、核攻撃やそれへの防御の両面を研究し、よく訓練された実動部隊と装備を持っており、七九年に起きたスリーマイル島原発事故に対処した経験もある。一、米ゼネラル・エレクトリック(GE)社は福島第一原発を設計、建設にもかかわっており、実務的ノウハウを持つ。一、日本占領時代(四五?五二年)に、GHQは日本の官僚制を使いこなした経験がある』だが『たとえ辞を低くして頼み込んでも、ここまでこじれてしまった事故の処理をオバマ大統領が引き受けてくれる見込みは薄い』」と書いている。「日本占領時代、GHQは官僚制を使いこなした経験がある」とか「辞を低くして頼み込んでもオバマ大統領が引き受けてくれる見込みは薄い」だとかいう秦氏の主張は未だ日本はアメリカの植民地だと認めるのに等しい、非常に情けない考えだ。今の民主党政権の震災への対応には問題が多いのも確かだが、同盟国とはいえアメリカに全てを丸投げするという暴論を堂々「正論」欄に掲載するとは、産経新聞の良識を疑う』と書いた思いは今も変わらない。
さりとて他の新聞やテレビはどうかというともっとひどく、稲恭宏博士だけではなく、中川恵一准教授のことを取り上げることもなく、放射能に対する不安を煽る報道ばかりである。しかし今回の放射能はそんなに恐れるものではない。炉心爆発を起こし一気に多量の放射能を出したチェルノブイリと福島の事故はは異なる。累積の放射性物質の放出量がレベル七の基準値を超えたからといって、チェルノブイリ並と報じるのは誤りだ。しかし日本のメディアは、一斉に同じ論調でそんな誤ったことを報道していて、よっぽどの根拠がない限りは他社と異なることを報じることができない空気になっている。今回産経新聞の記事は明らかに誰が読んでも文意からいえば「発がんリスク 飲酒・喫煙以下」が適切と思われるのに、東京の見出し「人体への影響 一〇〇ミリシーベルトが目安」は放射能被害を煽りたてる他社との横並び意識が強く働いたもので、本文とはまったく異なるタイトルであるといえるのではないだろうか。
科学的根拠に基づかない、不安を煽る放射能報道は明らかに行きすぎで、菅総理の支持率アップを狙った浜岡原発停止要請によって、浜岡だけにとどまらず、全ての原発が十三カ月ごとの定期点検後の再開許可を地方自治体の長が出しづらくなってしまった。
最近菅総理は八月の原爆投下の日に脱原発を争点に絞り、解散総選挙に打って出るのではないかと言われているが、これは小泉元総理の二匹目のドジョウを狙おうとする行為で、とんでもないことだ。日本が全ての原発を廃止して一番嬉しいのは核の独占を続けたいアメリカや中国で、日本に原発がなくなれば永遠に日本は核武装への道を断たれ、独立自衛の国家になれなくなる。今後五〇%の電力を原発に求め、世界最大の原子炉輸出大国を目指そうとする日本の望みを絶ち、石油メジャーがどんどん高騰する化石燃料を日本に売り付けて儲けることで日本の経済力を削ぎ落とせば、現在世界第三位まで転落した日本の経済力は更に四位五位へと落ちてしまう。
千年に一回といわれる大地震による大津波とはいえ全ての電源を失い、電気で操作するベントが的確な時に出来ずに、炉心の圧力が高くなり冷却水を注入できず空焚きとなり、そうなれば必ず発生する水素の放出もできない建屋の設計により水素爆発を起こしてしまったのは、GE社の基本的設計ミスともいえる人災で、この教訓を武器に原子炉を改良し、今でも原子炉の輸入を期待するベトナムやトルコ・ヨルダンなど世界の多くの国々に安全で安価な原子炉を売り込むチャンスとしていくべきなのに、アメリカの戦略に乗せられて敗戦国であるドイツ・イタリアに倣って脱原発を主張するなど、全く馬鹿げている。このことはもしかしたら敗戦国日本の東芝がイギリスからウェスチングハウス社の全株式を取得し、原子力事業のリーディングカンパニーを目指そうとしたことが、アメリカの虎の尾を踏んだのかもしれない。

天災による被災者が人災で苦しめられている

今回の大震災による避難所暮らしは、夏を迎えてますます困難さを増している。救援物資は山積みのまま分配できず、世界から集まっている義捐金も適切には配分できていない。避難せざるを得なかったのは天災が理由だが、その後の対処を上手く行えば、もっと人々の苦痛を和らげられたのではないだろうか。例えば被災地域に近い場所や被災者の希望の場所の貸家や賃貸マンションを国や自治体が借り上げて一定期間(二~三年)無償で提供するとか、被災者個人が契約して借りた賃貸マンション等の家賃を国や自治体が一定期間(二~三年)補助すれば、造っても二年で住めなくなる仮設住宅の多くが不要になるはずだ。数百年もしたら再び来るかもしれない巨大津波に対して巨大堤防を莫大な費用と時間をかけて造るという動きもあるようだが、それよりも本誌五月号で書いたように、防災マンションの建設の方が使用収益が期待でき、はるかに効果的で安上がりだ。被災地特別区画整理法を作っていったん国有化し区画整理を行い、すぐにこれまで住んでいた港や海の近くに海に対して直角に十カ月もあれば建設できる六階建ての鉄筋コンクリートの防災マンションを二百メートル間隔で建設し、被災地と引き換えで譲渡すれば、そこに住んでいる人々は津波が来ても屋上に避難でき安全であるし、外にいる人々も津波を目視してからでも数十秒走るだけでこのマンションの非常階段を利用し屋上まで避難できるだろう。
いつまでも自衛隊や無償のボランティアに頼らずに全国からゼネコンを集めて重機を持ち込むとともに避難所に避難している人々を大々的に雇用して賃金を支払い、瓦礫の処理やインフラの再建に資金を回すことで経済を活性化させていくべきなのであり、その資金は超長期の震災国債の発行で賄えばよい。安易な増税は経済の鈍化を招き、絶対に避けるべきである。
多くのメディアが無批判にアメリカが創り出した自虐的な東京裁判史観にとらわれ、真実を追求しない。このことが大きく国益を損ねてしまっている。さらに科学的根拠のない報道によって自然災害による被害の何十倍、何百倍にも及ぶ風評被害を発生させている。五月号の本稿で私は以下のように書いた。「とある新聞に元防衛大学教授が『残念ながら、この福島原発事故では日本政府は真実を語っていない。危険性を低めに述べている。この乖離の最も顕著なのは危険地域の設定である。日本政府は発電所から二〇キロ内からの立ち退きを勧告している。他方米国は自国民に対して八〇キロ内からの立ち退きを勧告している。十七日付米国の星条旗新聞は一マイル(約一・六キロ)内は一、二週間で死亡、三マイル(約四・八キロ)内は口、喉から吐血、三〇マイル(約四十八キロ)内は体内化学変化と報じた。五〇マイル、つまり八〇キロ内は明らかに体に障害を与える。主要国が自国民の立ち退きを勧告したのは現状に不安があるだけではない。原子炉の温度が高くなると爆発し、放射線が大量に漏れる可能性がある』と、あたかも福島で原発の低濃縮核燃料が原爆の様に爆発するような、全く科学的根拠のない米軍向け機関紙の記事を紹介して不安を煽っている」。

心配は無用という人々を御用学者と呼ぶネット世論

メディアは放射能をゼロに近づけろというが、自然界にも放射能があり、常に私達が被曝していることを報道しない。また米・ソ・英・仏・中による核実験が盛んに行われていた一九六〇年代には、その影響で現在の数万倍の放射性物質が世界中にばらまかれていた。
原爆が人体へ与えた被曝データは広島・長崎のものが最も多い。原爆投下後人々はどうなったのかデータを調べ直して、より正確な避難基準を作成するべきだ。その必要もないのにむやみに避難をさせられた人が肉体的、精神的、金銭的、物質的に苦しんでいる。避難するかどうかの判断は的確な情報を与え本人に任せるべきで、ほんのわずかで取るに足らない発がんリスクと避難による苦しみのどちらが重いかを比較して決めるべきである。法に基づかない浜岡原発の停止要請も暴挙の極みだ。あれによって、定期点検中の原発の再開を知事が認めることができなくなった。早晩、日本の全ての原発が停止へと向かうのは必至だ。もっと冷静な科学的根拠に基づいた命令なり対応を政府に求めたい。
ネットなどを見ていると、稲恭宏博士や中川准教授など、自らの医学的知見に基づいて放射線の安全性を訴えている人々には、「御用学者」のレッテルを貼って、集中的な批判が行われている。私はこれは日本の近現代史への反応と同じだと感じた。日本を悪く言う人や放射線の恐怖を語る人を賞賛し、日本を良い国だと言う人や放射線は怖くないという人を抹殺しようとする。自虐的な態度によって、国民を犠牲にするやりきれない国になってしまっている。本当のことを言う人が晒し者になるのであれば、日本は魔女狩りを行っていた中世ヨーロッパと同じで、この背景にはアメリカの影響が見え隠れする。金と汗と血を流し冷戦に勝利したにもかかわらず、その勝者となっても賠償金も取れず経済を疲弊させたのみに終わったアメリカとは対照的に、冷戦漁夫の利で経済発展を成し遂げ、アメリカの最大の経済的ライバルとなった日本。その日本の勢いを削ぐべくアメリカが考えた、第二の日本弱体化政策(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と言っても過言ではない。
今回のように人々に安心感を与えるような記事の見出しをわざわざ一見して本文の意図がわからないようなものに変えるとは、産経新聞の中にもある特定の思想を持つ反日・媚米勢力がいるのかもしれない。昔はさすがは産経新聞というような記事ばかりだったが、最近は首をひねるような記事が掲載されることも多い。今回新しく就任する社長は大阪代表だった人物だ。どうも大阪と東京では温度差があるようなので、大阪からの新風を以て、何も恐れず自信をもって正論を述べる産経新聞を再構築して欲しいと心から願っている。
6月24日午後11時15分校了