社会時評エッセイ

藤誠志 社会時評エッセイ225: チェルノブイリ並みのレベル7に誰がしたのか

藤 誠志

地域コミュニティの維持が被災者対策には不可欠だ

 マグニチュード九・◯という日本がかつて体験したことのない大震災から一カ月が経ち、被害の全貌が次第に明らかになってきている。この震災による被害は地震による倒壊と津波、そして福島第一原子力発電所の原発事故の三種類になり、その三万人近い犠牲者の九割以上が津波によって亡くなった。想定を超える大津波が襲った後、まるで爆撃にあったかのように、町が跡形もなく消えている光景に、被災しなかった人々も大きな衝撃を受けた。昔から何度も津波の被害を受けている三陸海岸では、高さ一〇メートルの防波堤を造るなど、津波にはしっかりと備えていた所も多く、津波警報が出ていることを知っていて十分に逃げる時間があったにもかかわらず、「ここまでは来ないだろう」とか「堤防があるから大丈夫」とか「多分また警報だけだろう」と狼少年のように津波警報を無視して避難が遅れたために亡くなった方が殆どだと聞いている。最近の地震では結局大きな津波が来なかったことから、油断をしたのだろう。今回の大津波では内陸数キロにまで津波が達している場所も多く、近くに逃げることができる高台がなかったために、犠牲者が増えてしまった。もしこの地域に津波でも押し流されず、十分な高さを持つ鉄筋コンクリートの建築物があったならば、被害をまだまだ減らすことができたと思う。
生活者にとって最も大切なのは、人との繋がりだ。地域のコミュニティがあるからこそ、心穏やかな暮らしを営むことができる。今被災者向けの仮設住宅の建設が続いているが、高台の平坦地が少なく、その場所が少しずつ点在することになるため、コミュニティが崩壊することが予測され、これも今後の大きな問題だ。また仮設住宅は二年の入居期限が来れば、出なければならない。一方今後の津波対策として、さらに巨大な堤防を造るという話もあるようだが、建設には何十年もかかる。これでは非常事態に有効な投資とはいえないだろう。私が提案するのは、特別立法により被災地を一旦所有権を制限する特別土地区画整理法を作り、区画整理を行い、二〇〇メートル間隔で六階建で外階段のある防災マンションをすぐ建設し、その被災を受けた元の住まいと引き換えにその土地の所有者に無償でマンションの住戸部分を分譲することだ。大きな住まいや大きな土地を持っていた人には別に区画整理済みの土地を配当して、その場所には鉄筋コンクリート三階建て以上の建物しか建築できないようにすればいい。一、二階は駐車場、住戸は三階以上として、数十年に一回は起こる可能性のある六メートルまでの津波であれば、住戸部分への浸水がないようにする。六階建てであれば高さは約十八メートルだから、巨大津波の場合でも屋上に避難すれば大丈夫だろう。六階建てのマンションは一〇カ月もあれば完成するから、仮設住宅の必要はない。地域コミュニティを壊すことなく、近隣の人が皆一緒に入居することができ、これまで住んでいた漁港の近くなどに作れば、職住近接で便利でどこからでも一〇〇メートル以内に避難のできる防災マンションができれば津波がきても音や目で見てからでも三〇~四〇秒もあれば逃げられ、狼少年となっても安心で、さらに今後の津波対策も万全になる。国はこの防災マンション建設計画を早急に検討するべきだと思う

計測器を大量に配布し自己責任で一時帰宅を

 世界中が今一番心配しているのは、福島第一原子力発電所の事故により放出されている放射能だ。原子炉への注水作業が一時中断するなどの影響が発生している余震も気に掛る。過去には一年後に最も大きな余震が発生したこともあり、今後も当面は余震への警戒を怠ることはできない。放射能に関しては、実被害よりも風評被害の方が遙かに大きい。首都圏の風評や電力不足による被害額は、東北の震災による実被害よりも多いだろう。海外のメディアでは日本全体が放射能汚染されているかのような報道が連日行われているために、諸外国の対応が神経質になっている。韓国では放射能の雨が降るというデマによって百校を超える学校が休校になったり、台湾では日本からやってきたコンテナを、放射線防護服を着用した係員がガイガーカウンターで調べている姿が報じられている。日本政府の対応も問題だ。早い段階から正しい情報を一元化し、リアルタイムに英語で海外のメディア向けに発信していれば、これほどまでに世界中に大きな不安を与えることはなかったはずだ。
振り返ってみれば、かつて大騒ぎし、中国からの観光客の宿泊を拒否したSARS騒動や、人に移ると大騒ぎして結局亡くなったのはメディア報道で追い込まれ自殺した京都の養鶏業者ただ一人だった鳥インフルエンザ騒動、未だに米国産成牛の輸入を拒否している狂牛病騒動、そして記憶に新しいものとしては、防護服で航空機内に入って乗客の体温を測り、消毒を繰り返した新型インフルエンザ騒動。これらは皆根拠なきマスメディア報道の責任といってもよく、今回のこの騒ぎももっと科学的根拠に基づく報道に徹してもらわないと、全くリスクをとらない現代社会にあっては、メディア報道で右往左往することになる。
大震災から一カ月経った今も放射能の放出を抑えることができない現状に不安が募るのも、やむを得ないことだが、一番多くの放射能が放出されたのは地震から数日間だけで、その後は減少してきている。
全ての電源を失い、冷却システムを動かすことができずに炉心溶融を招き、そこで発生した放射能が建屋の水素爆発によって大気中に飛散したり、その瓦礫と汚染水からの放射性物質が水道水や野菜から検出されて大騒ぎになったが、大半が初期に放出されたものだ。以降、放出される放射能は減少の一途を辿っている。世界にはイランのラムサール地方(最高値で年間二六〇ミリシーベルト)、ブラジルのガラパリ(同年間三十五ミリシーベルト)、インドのケララ(同年間三十五ミリシーベルト)のように年間の自然被曝量が非常に高くとも、そこの住民に全く健康被害もなく、癌の発生率も他地域と変わらないという地区があるのだ。避難区域外の人々が放射能によって健康被害を受けることは全くないと言って良い。避難区域の住民達が生活不安を訴えているが、累積の放射線量がわかる計測器を大量生産して、避難している人々すべてに配ることはできないのだろうか。その場所に一年間いることで累積被曝量が二〇ミリシーベルトを超えるということで避難地域に指定されたわけで、一〇日や二〇日そこにいたところで何の問題もないのに、いきなり避難を命じられて、家は無事なのに一度も帰宅できず、避難所での集団生活を続けるのはヘビの生殺しの様なものだ。避難区域への立ち入りを自由にし、きちんと数字の意味を説明した上で、計測器によって一時帰宅などで発生する累積被曝量を自己管理してもらうのである。この方がよっぽど人々は安心できるはずだ。なのに、いま全く反対に警戒区域指定して二〇キロ圏内に入る人に罰金を科そうとしているのはとんでもないことだ。

今後の原子力利用に活きる福島の事故処理経験

  四月十二日の産経新聞朝刊の「正論」には、『原発処理、もう米国に頼みたい』という見出しで、現代史家の秦郁彦氏の一文が掲載されている。秦氏は今回の原発事故処理を今の首相官邸と原子力安全・保安院と東電では事態の収拾は無理と断じ、『原発の機能が安定するまで東電を国有化し、一時的に鎮圧作戦をアメリカに頼むのも一案だろう。メリットと思われる点を次に列挙しよう』『一、菅政権には残念ながら、災害復興と原発事故処理という二正面作戦をこなすのは無理なので、後者を米国に分担してもらって、政権の荷を軽くする。一、米国は半世紀にわたる冷戦期に、核攻撃やそれへの防御の両面を研究し、よく訓練された実動部隊と装備を持っており、七九年に起きたスリーマイル島原発事故に対処した経験もある。一、米ゼネラル・エレクトリック(GE)社は福島第一原発を設計、建設にもかかわっており、実務的ノウハウを持つ。一、日本占領時代(四五?五二年)に、GHQは日本の官僚制を使いこなした経験がある。
以上であるが、恐らくアメリカは日本的な人事慣行にとらわれずに問題解決能力を持つ最適の人材を登用し得るだろう』『だが、首相は米軍の協力申し出にさえ「自分の国で起きたことは自分で…」と消極的らしいし、たとえ辞を低くして頼み込んでも、ここまでこじれてしまった事故の処理をオバマ大統領が引き受けてくれる見込みは薄い』と書いている。『日本占領時代、GHQは官僚制を使いこなした経験がある』とか『辞を低くして頼み込んでもオバマ大統領が引き受けてくれる見込みは薄い』だとかいう秦氏の主張は未だ日本はアメリカの植民地だと認めるのに等しい、非常に情けない考えだ。今の民主党政権の震災への対応には非常に問題が多いのも確かだが、同盟国とはいえアメリカに全てを丸投げするという暴論を堂々「正論」欄に掲載するとは、産経新聞の良識を疑う。
アメリカはこの福島の原発事故対応に、大規模な人員を投入して日本をサポートしてくれている。日本との関係をこのチャンスに深めようという意図も当然あるが、さらに彼らは原子炉へのテロや放射性物質をばらまく汚い原爆と呼ばれるテロによる攻撃などを想定しており、この事故を格好のシミュレーションとして徹底的に調査、研究しようと考えているのだろう。だからといってアメリカに全てを任せていいということにはならない。今後、この事故を教訓により安全に原子力を利用していくためのデータを、日本はしっかりと蓄積していかなければならない。事故によって全ての原発への不安が高まっているが、原発によるコストの安い電力は、日本経済には不可欠である。二度と事故を起こさないよう、この経験を活かして原子力と共生するための工夫を考えていかなければならない。

レベル7への引き上げは致命的な政治的ミスだ

 しかし原発や被災地のこれからの復興に水を差すのが、民主党政府の対応である。四月十二日に経済産業省の原子力安全・保安院は、INES(国際原子力事象評価尺度)に基づくこの事故の評価を、一九八六年に起きたチェルノブイリ原発事故と同じレベル7に引き上げると発表した。短期間の内に高濃度の放射能がばらまかれ、数十万人が被曝し、直接の被曝で五十六人、放射能汚染の影響によってさらに四〇〇〇人が犠牲になったとされるチェルノブイリと、初期の燃料溶融によって放射能が放出されたが、徐々にその量が減少しつつあり、チェルノブイリよりも放出された放射能が十分の一しかない福島第一原発の事故が同じレベルになるというのは、おかしな話だ。なによりも福島の事故では、放射能による被曝者は二十二名で、被曝による犠牲者はまだ一人も出ていないのである。それを軽々しくチェルノブイリと同じレベル7と認定するなど、あってはならない政治的ミスだ。この認定に伴う経済損失は数兆円をくだらないだろう。
このレベル認定の背景には、アメリカ・フランスという核先進国の姿が見え隠れする。アメリカは、三月十七日に事故現場から八〇キロメートル圏内からのアメリカ人の避難勧告を出した。またフランスは同じ頃、東京在住のフランス人に国外退避か日本南部への移動を勧告、退避用にエールフランス機を手配した。結果的にはこれらは核アレルギーによる両政府の過剰反応だったが、そのことを隠して「核先進国として冷静で正しい判断だった」ことにするために、レベル7は不可欠だったのである。私の予測だが、米仏両国のメディアは原子力保安院に放射性物質を未だ制御出来ず、これまでに出した累積放射線量はレベル7に匹敵すると強く迫ったのではないだろうか。累積放射線量を問題視するならば、八日間で半減するヨウ素の半減期も体内に入って半年で半分は排出するセシウムの特性も配慮すべきだ。日本政府も福島第一原発の安定と震災の被災者支援に忙殺される中、レベル7ではないことを立証できずに、ずるずると認定を公表してしまった様に思える。これによって、「そら見たことか」としたり顔をしている米仏をはじめとする諸外国の指導者達の顔が目に浮かぶようだ。
レベル7への引き上げによって、菅首相がリーダーとしての資質が欠如していることがはっきりとした。そもそも最高責任者である菅首相が、レベル7と発表すると事務レベルが判断したと報告が来たとき、「日本国の最高責任者の私が全ての責任をとるから、断固現行のレベル五を主張し続けろ」と指示するべきだった。菅首相にはその発表の重大性がわかっていないから、あのように『専門家の判断だ』と簡単に認めてしまう。これが今の日本の不幸だ。
震災の影が色濃く残る四月一〇日に行われた統一地方選挙の第一ラウンドでは、民主党は自民党と直接対決した三知事選で敗北するなど、市長選、県・市議会議員選全てで惨敗した。元々低かった菅内閣への支持率だが、大震災をチャンスに政権にしがみつこうという姿が国民に見え見えで、それが惨敗へと繋がったのだろう。選挙後、民主党内で菅下ろしの声も高まってきている。民主党が分裂、その一部が小沢抜き小沢派と自民党と組むという「菅抜き小沢抜き大連立」のシナリオも着々と進んでいるようだ。こんなリーダー不在の状態だから、震災の被害もどんどん不必要に拡大しているのだろう。「くだらない政府の下で、国民は頑張っている」という記事を掲載した海外の新聞があるようだが、まだ武士道精神が息づいている日本国民一人ひとりの資質は非常に高い。被災地でも暴動が起きることなく、列を作り順番に食料を受け取る姿は世界に感動を与えた。いま必要なのは、優秀なトップリーダーだ。彼の下に指揮命令系統を一本化、リアルタイムに正しい情報・データを公開して資質の高い国民が自分で判断できる様にすれば、この戦後最大の国難も「災い転じて…」で、日本を良い方向に進める原動力となるかもしれない。この先の数カ月は厳しい状況が続くかもしれない。しかし「壮大な破壊は壮大な需要を生む」。ケインズが「穴を掘ってまた埋める公共事業でも、需要の創造は良いことだ」と需要の大切さを説いていたが、復興事業という膨大な需要がこの先待っているのである。この二〇年間で、世界第二位の経済大国だった日本はバブル崩壊から続くデフレ経済によりGNPを減少させ、一方その間に七倍にした中国に抜かれた。この復興需要は、もう一度日本を素晴らしい国にするためのきっかけとなるはずだ。そのためにも、この国難下の舵取りを任せることのできる真のリーダーを、一日も早く選ぶ必要があるだろう。

4月22日 午前1時20分校了