社会時評エッセイ

藤誠志 社会時評エッセイ221: 真の独立国家を目指して

藤 誠志

東京裁判史観に反する人をメディアはヒステリックに批判する

先日、空港ラウンジで週刊新潮の十二月五日号を見ていたら、『国家の品格』で知られる藤原正彦氏の連載エッセイ『管見妄語』が目に入った。『政治家の失言が日本ほど問題になる国もないだろう。吉田茂首相は昭和二十八年、しつこい野党の質問に怒り自分の席に戻ってから「バカヤロー」とつぶやき解散に追いこまれた。昭和六十一年には藤尾正行文相が「日韓併合は韓国側にもいくらかの責任がある」と発言し更迭された。六十三年には奥野誠亮国土庁長官が「日中戦争は日本に侵略の意図はなかった」と発言し辞任に追いこまれた。平成六年には永野茂門法相が「南京大虐殺はでっち上げだと思う」と述べ辞任、また桜井新環境庁長官が「日本は侵略戦争をしようと思って戦ったのではない」と述べ辞任した。翌年には江藤隆美総務庁長官が「植民地時代に日本は韓国にいいこともした」とオフレコ発言しただけで辞任に追いこまれた。平成十二年には森喜朗首相が「日本の国は天皇を中心とした神の国」と言って二週間後に解散へと追いこまれた。平成二十年には中山成彬国交相が「日教組は日本の教育のガン」と言い大臣就任後三日で辞任した』『私から見れば彼等は単に自らの心情を吐露し、歴史認識を開陳し、心情を語ったまでだ。政治家にだって信条や表現の自由はあるはずと思うのだが、野党、テレビ、新聞は鬼の首をとったように大騒ぎする。とりわけ東京裁判史観と異なる発言に対してはヒステリー症状を呈し必ず辞任にまで追いこむ。占領軍の一方的な史観に従わない者は即軍国主義者になる。不思議な国だ』と藤原氏は言う。このエッセイを読んで、私は二年前の第一回「真の近現代史観」懸賞論文を巡る大騒動を思い起こした。『日本は侵略国家であったのか』というタイトルの論文で最優秀藤誠志賞を獲得したのが現職の航空幕僚長である田母神俊雄氏だと発表した途端、ご存知の通りの大騒ぎとなった。数多くの「解散」や「辞任」を生み出したのと同じ、藤原氏の言うところの「東京裁判史観と異なる発言に対するヒステリー症状」によって、真実を主張した田母神氏は更迭され、退職を余儀なくされたのだ。
第二回「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀賞を獲得したのは、明治天皇の玄孫で慶応義塾大学講師の竹田恒泰氏が誰もが論じがたい天皇主権論について語った『天皇は本当に主権者から象徴に転落したのか?』、第三回はキャスターで戦後問題ジャーナリストである佐波優子氏が自らの九年間に及ぶ遺骨収集体験を綴った『大東亜戦争を戦った全ての日本軍将兵の方々に感謝を』が最優秀賞に選ばれた。佐波氏の論文はその文章が優れているのはもちろんのことだが、学生時代から九年間も遺骨収集を行なってきた佐波氏の活動自体に深い感動を覚えた。この三回の最優秀賞受賞作品は、いずれも東京裁判史観に沿わず、これまで公にし辛かった主張を行っている。メディアが六十年以上にわたって東京裁判史観とは異なる言論を弾圧し続けた結果、日本はどんどんおかしな方向に向い、中国からも韓国からも非難し続けられ、近隣諸国からも尊敬されない今の体たらくな国家となってしまった。しかし二年前の田母神氏の受賞、論文の発表から世の中が変わり始めたと言っても過言ではない。先般尖閣諸島沖の衝突事件の映像をインターネット上に公開した海上保安官は、航空幕僚長だった「空の田母神」になぞらえて、「海の田母神」と呼ばれているそうだ。であれば今回の最優秀賞受賞者の佐波氏は陸上自衛隊の予備自衛官でもあるので、「陸の田母神」と呼ぶべきかもしれない。藤原正彦氏のこのエッセイ『管見妄語』にひとつ注文をつけるとすれば、冒頭の部分の『政治家の失言が日本ほど問題になる国もないだろう』は、『日本ほど政治家の言葉尻をとらえて、問題視する国もないだろう』、この方がより今の事態を正確に表現していると思う。

リビアのカダフィ大佐の語る『過去から現在まで搾取され続けるアフリカ』

読者がこの稿を目にする時にはすでに帰国しているが、二◯一◯年十二月中ごろを利用して、私はチュニジアとリビアを訪れる予定だ。チュニジアのチュニスで行われる第二回「日本・アラブ経済フォーラム」への参加が、今回の旅の一番の目的だ。紀元前十二世紀から地中海沿岸諸国との貿易を行っていたという古い歴史を持つチュニジアへの初訪問も楽しみだが、リビアも私がかねてから訪れることを熱望していた国だ。事実上の国家元首であるカダフィ氏が一九六九年に二十七歳で国の実権を握った時から、私は彼の言動に非常に関心を持っており、今回の訪問でも会えるものならぜひ一度会ってみたいと考えているのは、昨年の十二月十五日にカダフィ氏が明治大学の学生と衛星回線を使って行った対話集会の講演録を読んだことにある。私の思いとも非常に近く、この時の彼の講演の抜粋を少し長くなるがここに引用する。『アフリカは残念なことであるが、奴隷制の時代とそれにつづく植民地時代、そして現在の外国勢力による搾取と国内問題への様々な干渉のために粉々に破壊された大陸である。アフリカは侵犯され、虐待を受けた。他者、中でも白人と人種差別主義者と植民地主義者たちによる悪意ある行為によって最低辺に置かれることになった。そして、現在では欧米やシオニストの会社が略奪している。アフリカは残念ながら惨めさの中で暮らしている。すなわち、アフリカに影響を与える工業国の工場からのガスの排出や温室効果の原因となる大気汚染により様々な病気や後進性や砂漠化や乾燥化が現れている。残念なことだが、彼らはアフリカを互いに奪い合う餌食と見なしている。アメリカは「アフリコム(米アフリカ軍司令部)」を通してハードな入口から入って来ている。軍事基地、石油の開発、力による石油への保護を通して入り込む。あたかもこの大地には国民がいないかのように、未来がないかのように、住民がいないかのように』『他方で、遺憾なことだが、中国はソフトの入口から入り込んでいる。中国の入口はアメリカの入口のようにハードな入口ではない。しかしアフリカの住民を空っぽにすること、すなわち、アフリカを三二◯◯万平方キロの面積に十億足らずの人口と考えた上で自国の住民のアフリカ大陸への移住を欲しているように見える。アフリカにはインドや中国の溢れる人口を受け入れる空きがあると考えられている。残念ながら、アフリカは現在、この種の冷たい侵略に直面している』。
『日本は意思の自由のない国であると言える。日本は第二次世界大戦の中でアメリカの占領下に置かれた国である。非常に残念なことだが、二つの原子爆弾の攻撃を受けた。初めてこの殺人兵器により、途轍もない恐怖に陥れられ、跪いた。野蛮で強大なアメリカ軍が日本に対してもっとも唾棄すべき兵器、すなわち原子爆弾を使った後、それに屈服したのだった。そのとき以来である、数万のアメリカ兵が日本を占領したのだ。現在公表されているだけで、約五万人のアメリカ兵が日本を占領している。空軍基地を複数あり、彼らは日本の海に展開するアメリカ艦隊に援護されている』『第二次世界大戦以来、現在まで-いま現在は正確には言えないが-、きわめて直近の数年まで日本は完全にアメリカの支配化に従属していて、あたかも植民地のように見える。つまり、日本は第二次世界大戦においてはアメリカの占領下に置かれたのである。もちろん、ドイツは大いに日本に似ている。日本のような偉大な国にとっては、ドイツのような偉大な国にとってさえも、これはきわめて屈辱的な状況にあるが、世界のほかの国々のように武装することのないように、そして軍隊として行動をすることがないように強いられているのだ』『日本国民は独創的であり、技術の分野でアメリカと競争することができる。ヨーロッパと競争することも、中国と競争することもできる。強大な国民である。尊厳の中に頭を上げて生きることが求められていた。奇妙なことである。日本を原子爆弾で攻撃し、その爆弾の影響がいまなお日本人の中に残りつづけている中で、われわれはあたかもアメリカ人の親しい友人のような日本人を見るのだ。これは驚くべきことだ。どうしてあなたは原子爆弾で攻撃し、世界の中であなたを侮辱し、屈辱的な制約を課している者の友人なのか。どうして、あなたがたは自分の父親や祖父や家族を殺戮した者たちの友人であるのか。私は日本とアメリカの間の敵対を呼びかけているのではない。そんなことは決してない。そのことは分かって欲しい。しかし私はアメリカの同盟者であり、アメリカの友人であることが奇妙なことに思えるのだ』『日本は世界のどの国よりも先に原子兵器を保有すべき国である。と言うのは、日本こそはこの兵器による被害を蒙ったのだからだ。日本には、再び核によって攻撃されないための核の抑止力が不可欠である。日本がアメリカの支配から自由になり、独立した国となり、自らと世界の平和を防衛する力を持たない限り、日本が到達した高度な技術やこの点での独創的な実績の面から日本にある豊かな可能性が有益なものとなることはない』と語った。
カダフィ氏はアメリカやヨーロッパ諸国、そして日本からもテロリストというイメージで語られることが多い。それは世界のマスメディアが、常にユダヤやアングロサクソンのフィルターを通してニュースを流しているからだ。確かに過去に様々な問題を起こしたカダフィ氏だが、日本でももっと幅広い視野から彼のことを評価しなければならない。大切なのは自ら真贋を確かめる努力をすることだ。私の諸外国の訪問はこのリビアが七十三カ国目となるが、これまでも各国の高官、時には最高指導者である大統領や首相とまで忌憚のないディベートを行なってきた。そこで私は日本で報道されたり教えられていることが、世界的な視野から見ると非常にいびつであることに気づいたのだ。そのいびつさの一因が藤原正彦氏も指摘する東京裁判史観であり、その考え方に従わない人を軍国主義者と決め付ける日本のメディアの姿勢だ。冷戦終結によるロシアからの情報流出に始まり、ソ連のアメリカに潜入したスパイの暗号通信を解読したベノナファイルの公表などで明らかとなった史実に基づき、絶えず矛盾のない様に歴史は書き改められなければいけないのに、六十年間もフリーズしたままだ。アメリカの外交文書などを暴露し続けるウィキリークスなど最近のインターネットの発達により、国家が隠蔽していた真実がどんどん明らかになってきている。国家機密がもはや維持できない時代に突入しているのだ。このような現実世界の中で、いつまでもアメリカのマインドコントロールにかかっていないで、真の近現代史観に基づき、世界で最も戦争リスクの高い東アジアから撤退しようとしているアメリカと勢力圏の拡大を求める中国の狭間の日本は、力の空白域を作らないためにも一日も早く憲法改正して、自分の国を自分で守ることのできる力を保持しなければいけないし、今やアメリカもそれを望んでいる。

各党の保守勢力が結集した真正保守政権の誕生を望む

尖閣諸島での衝突事件では逮捕した中国人船長を中国の恫喝に屈して意味なく釈放し、北方領土へのロシア・メドベージェフ大統領の訪問を許してしまった民主党政権だが、その弱腰の遠因はしだいに左傾化していった前の自民党政権にある。それを明確に表したのが、自民党政権末期の田母神俊雄氏の更迭事件だ。この左傾化を背景に、日本は中国や韓国に謝罪を続けてきたのである。そしてカダフィ氏が指摘するように、アメリカは今も日本を実質的に植民地支配し、日本が軍事力を行使することを禁じている。世界の人々の目にも、国益よりアメリカに同調することを優先する日本の態度は異常に写っている。アメリカ軍による占領支配が終わった後は、日本は自らが自分のことを自分で決めるべきはずなのに、そのことができない国にしてしまったのは、敗戦利得者、保守側の公職追放により栄達できたマスコミや大学教授・官僚に、GHQ民政局のコミンテルン思想を柱にする一方で安保条約によって米国の日本占領を永久化することに手を貸す「保守本流」と称する吉田学校の官僚政治家だ。彼らは主として東大法学部出身者でこの阿吽の呼吸で共助するステルス複合体である。本来日本は世界に胸を張って誇ることのできる国だ。しかし新聞やテレビなどのメディアによる報道を鵜呑みにすることで、自らを貶める考えがすっかり国民に根づいている。これは記憶力重視の偏差値教育の弊害である。自虐的な姿勢を払拭して、誇れる国・日本の再興を目指さなければならない。それには議論を通じて何が正しいことかを見極めることができる国民が増えることが必要であり、ディベート教育にもっと力を注ぐべきなのだ。さらに「真の近現代史観」懸賞論文によって、一人でも多くの国民が真実に目覚め、東京裁判史観による手枷足枷を取り外し、アメリカのマインドコントロールから放たれて、真の独立国家を目指すべきなのである。
私はこの次の総選挙が日本にとって非常に重要なものだと考えている。今の民主党にも自民党にも、しっかりとした真正保守の考えを持つ人がかなり存在する。そろそろこれらの勢力が、政界再編によって結集すべきではないか。今後二年八カ月以内に総選挙が必ず行われるが、民主党が前回のような議席を獲得することは絶対にあり得ない。野党が過半数を占める参議院の状況も、この後三年近く変わらない。こんな膠着状況の中、政界再編の鍵となるのは、田母神俊雄氏が主催する「頑張れ日本!全国行動委員会」だ。尖閣問題に対する中国の行動に抗議する集会に四千人以上もの人々を集めるなど、保守の大きな力に育ってきている。田母神氏が会長となることで、右翼と一線を画する「真正保守」の集会であることが明確になったために、たくさんの国民が安心して集会に参加することができたのだろう。この広がりに危機を感じた反日メディアはこぞってこの集会を報じなかった。一方民主党内部にも真正保守の政策集団が作られようとしており、政界再編の機運はどんどん高まってきている。こうして生まれるであろう新しい真正保守の党を、多くの国民が望んでいるはずだ。この党が政権与党の中核となり日本を正しい方向に牽引し、真の独立国家とすることを、私は強く願っている。