社会時評エッセイ

虚偽の発言を
検証せず報道し
誤った道に導くメディア

藤 誠志

福島第一原発事故の被害は
民主党政権による人災だ

 十月七日の産経新聞朝刊の一面に、「福島原発の賠償・除染負担八兆円増」「電事連、国費要望へ」という記事が出ている。「大手電力会社でつくる電気事業連合会(電事連)が、東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う賠償と除染費用が当初計画より約八兆円上回るとの試算をまとめたことが六日、分かった。賠償費用が膨らんでいることなどを考慮した。電事連は超過分の国費手当を求める方針だ」「賠償と除染費用は、東電が国の認可法人『原子力損害賠償・廃炉等支援機構』から資金の交付を受けて支払う。賠償については東電を含む大手電力が負担金を機構に納め、除染は、機構が保有している東電株の売却益を充てる仕組み」「現在の見込み額は賠償五兆四千億円、除染二兆五千億円だが、試算では賠償は二兆六千億円増えて八兆円に、除染は四兆五千億円増えて七兆円となる。さらに東電の株価が低迷し、売却益が一兆円下振れすると見込み、合計で計八兆一千億円上回る可能性があるとしている」という。しかし実際の負担はこんなものでは済まないだろう。
 東日本大震災はもちろん天災だが、福島第一原発の事故による被害については、民主党政権による人災と言えるのではないだろうか。当時の菅政権がまず責められなければならないのは、大震災直後に原子力の知識が多少あるからと、ヘリコプターで福島第一原発の視察に行った菅直人首相の行動だろう。首相が被曝してはいけないということで、適切なタイミングで行うべきだったベントが遅れ、一号機と三号機、四号機で水素爆発が発生、建屋が吹き飛ぶという事態になった。経緯は以下の通りだ。全電源喪失によって原子炉の冷却水が絶たれ、高温となった炉内では燃料被覆のジルコニウムが還元され、水素が大量に発生した。本来であればベントによって外部に出すべき水素や水蒸気などが、電源が無いためにベントが遅れ建屋内に充満、水素濃度が高まって水素爆発を起こしてしまったのだ。後知恵かもしれないが、ベントに時間がかかるのであれば、水素が爆発濃度に達する前に自衛隊がヘリコプターで外部から銃撃等を行って建屋の天井に穴をあけ、溜まった水素をいち早く放出して、爆発を回避するという手段もあったはずだ。この爆発で国民の恐怖は頂点に達した。
 次に問題だったのは避難指示だ。震災直後の三月十一日二〇時五〇分に福島第一原発から半径二キロ以内の住民へ出された避難指示は、その日の二一時二三分には三キロに、翌十二日には十キロメートルにと変更したほか、福島第二原発を含めて四回も避難指示するという迷走状態の挙句、結局二十キロ以内、第二原発八キロ以内となった。しかもこの段階では、風向きを考慮に入れずに同心円状に避難地域を考えていたために、逆に放射線量が高い地域に避難して、必要のない被爆をしてしまった人々もいた。またその後に避難の基準を年間積算線量二〇ミリシーベルトとして、多くの人々を強制避難させたのも問題だ。避難を余儀なくされた人々の中には、重篤な病で入院している人々や高齢者も含まれ、救急車ではなく一般のバスなどで避難をした結果、災害関連死として多くの人々の命が奪われてしまった。年間二〇ミリシーベルトや一〇〇ミリシーベルトの地域であれば、一週間や二週間、その場所に長く滞在したからといって身体に影響はないはずだ。パニックで慌てずに、ゆっくり、病人や高齢者の避難は時間を掛けて、命を守る万全の策をとるべきであったし、医学的根拠に基づかずに、原発から二〇キロのところに封鎖線を張って、人も物も救援物資も入れず、ガソリンスタンドもコンビニも全て閉鎖して避難させたことで車での移動も出来ず、ただ逃げ出すだけにしてパニックを増大させた。これはまさに人災だ。

過度な除染基準によって
莫大な税金が必要になった

 また民主党政権は除染を行う基準を日本の年間平均自然放射線量一・四ミリシーベルトを一ミリシーベルト以上超えたところとしたが、世界平均の自然放射線量が二・四ミリシーベルトであることから考えても、この基準はあまりにも低すぎる。私は『Apple Town』二〇一二年五月号の本稿で次のように書いた。「世界で自然放射線量の高いところとしては、平均で年間一〇ミリシーベルトを超えるイランのラムサールや、平均年五・五ミリシーベルトと、高いブラジルのガラパリなどで、そこでも人々は健康に生活しているし、かつての広島も長崎も除染したとは聞いていない。そんな所がある中、政府の除染基準を一ミリシーベルトとするのは世界の平均にせよということで、これはコストも時間も度外視したもので、あまりにも低すぎる。今後除染費用として天文学的な税金が投入されることになるだろう」。引用した産経新聞の記事からもわかるように、私の予想通り、除染に対して膨大な額の税金がさらに投入されようとしている。
 また菅首相が法的根拠なく中部電力の浜岡原発を停止させたことが波及して、日本全国の原発が停止することになった。その分を火力発電で賄うために、日本は年間四兆円分もの石油を余分に買ってきた。東日本大震災からの五年で、ざっと二十兆円ものお金が、電気料金となって国民の負担で電力維持のために消えたのだ。水素爆発に災害関連死、多額の除染費用や余分に必要になった石油購入費による税負担や国富の損失は、全て民主党政権による人災だと言えるだろう。適切に対処していれば、それらは全て防ぐことができたはずだ。
 原発への恐怖が煽られた背景には、アメリカの意図もある。震災直後からアメリカ軍はトモダチ作戦を展開、空母ロナルド・レーガンを派遣するなど、被災者の救援活動を展開した。この際、被災地で活動して空母に帰還したヘリコプターを除染する映像がメディアに盛んに流れ、日本の放射能に対する不安が世界中に拡散していった。具体的にヘリコプターがどれだけの放射線を浴びたのかは、当時も今も発表されていない。アメリカ軍によって煽られた放射能に対する不安は、被災地の瓦礫や除染物の集積場にも向けられ、ごく僅かしか放射能が含まれていないにも拘らず、これらの放射性廃棄物は最終処分場が決まらず、中間貯蔵施設に保管されたままだ。そして原発再稼働も遅々として進まず、その間にアメリカなどの石油メジャーは、日本への輸出を増加させて、多額の利益を得ている。一九九〇年代から盛んになってきたシェールオイルの開発によって、アメリカは石油輸入国から輸出国へと転換してきた。しかしこれにより世界的に石油の供給がだぶついていたため、石油メジャーは大口の需要先を求めていた。日本はアメリカに加え、フランスや中国など、核保有国の大使館情報として流された、東京が危ないという謀略情報に嵌められ、放射能の不安を煽られ、日本から脱出する人まで続出し、全ての原発を止めて、石油を買わざるを得ないように仕向けられていったのではないだろうか。
 「安全基準」を策定する場合、安全を重視しすぎると、その数値は極端なものになり、莫大なコストが掛かってしまう。年間二〇ミリシーベルト程度の弱い放射線なら、むしろ長く浴びているほうがガンの発生率を低下させるとの説もあり、低線量の放射線被曝の場合、広島・長崎の被爆者の研究から唯一わかっているのは、一生の累計で一〇〇ミリシーベルト被爆した場合、生涯においてガンによる死亡率が〇・五%上乗せされるということだけだ。それ以下の線量での影響は「わからない」ということだが、喫煙の場合は、その三百二十倍、毎日三合のお酒の場合も、その三百二十倍、肥満の場合は、その二百四十四倍となっており、年間一〇〇ミリシーベルトの被爆はほとんど人体に影響がないと考えてよいだろう。人が留まる避難地域で未だに放射線量が年間一〇〇ミリシーベルトを超える所があれば、そこだけに限り、除染もその地域を中心に行うなど、避難と除染政策の見直しをすれば、ほとんどの地域に人が戻って来られることとなる。

築八十年超の築地よりも
豊洲の方が遥かに安全だ

 豊洲の新市場の問題が連日メディアを賑わせている。この問題は、建物の地下にモニタリング空間を設けていることが、当初の専門家会議の提言やその後の東京都の説明にあった「盛り土」を行うこととは異なることを、小池百合子都知事が公表したことに端を発する。これまでの都の説明と実態が異なるというのは問題だと思うが、私はモニタリング空間の設置は意味があると思う。建物の下に盛り土をすれば、地下水の汚染が進行した場合にチェックと対処のしようがない。モニタリング空間にすれば、絶えず地下水などをチェックして、汚染に対処がしやすい。これらを勘案して、都職員と設計事務所、建設会社らがモニタリング空間の設置を決めたのだろう。小池知事は退職者までを含めて責任者を処分するとして、また大騒ぎになっている。知事はこの一件の拳の振り下ろしどころを、どこに持っていこうとしているのだろうか。
 豊洲新市場の地下水の検査はこれまで環境基準値以下だったのだが、九月二十九日の検査で環境基準値を上回るベンゼンとヒ素が出て、メディアがあたかもこれが大事件のように報道した。しかしこの環境基準値は飲み水に対するものであり、新市場ではここで採取された地下水を飲用にも清掃用にも使用する予定はなく、こんな微妙な基準値越えでは人体への影響など出ようがない。また、では今の築地市場はどうなのか。建設されて八十年以上経過した築地市場は建物自体の耐震性の問題も大きいが、ネズミが発生するほど清掃が行き届かず、清潔な環境と言うには程遠い状況だ。したがって、築地と豊洲では、比較にならないほど豊洲の方が人体にとって安全な市場なのだ。しかし、この騒ぎで築地から豊洲への移転が、一体いつになるのかわからなくなった。豊洲新市場の維持管理のためだけに多額の費用が日々使われている。日本の環境基準は厳しい。飲み水に関しては、七十年間毎日二リットル飲んでも人体に害が出ないレベルが求められる。この国の基準に対して、地方自治体が「住民の安心のため」と称してさらに厳しい基準を課し、その結果費用負担が増加し、そこに税金が使われることになる。今豊洲新市場を巡って行われていることは、福島原発事故の避難や除染で行われた人災と同じだ。科学的な根拠がない、国や自治体の対応と無責任なメディアの報道で、多くの国民が全く不必要な不安感を煽られている。

第四の権力・メディアを
監視する機関が必要

 虚偽の発言を検証せずに、それが事実であるかのように浸透して誤った政治「真実後(ポスト・トゥルース)の政治」が行われている。豊洲新市場の健康への影響に関しては、もっと大局的に冷静に考えるべきだろう。環境基準値を越えたといっても、その地下水は飲用にも清掃にも使用しない。報道によって世論が「安心」を求めてヒステリックになると、その不安を解消するために、また莫大な費用の投入が必要となるだろう。いつまでもメディアに踊らされるのではなく、国民が自ら考え、判断することが求められる。
 メディアが国の方向を誤らせた例は、枚挙に暇がない。日清戦争では下関条約で賠償金として、金二億テール(現在の価格にして一兆円前後)と台湾などを割譲されたにも拘らず、日露戦争では辛勝であったことを明らかにせず、ポーツマス条約で賠償金などがないのは、日本に不利なものだと国民を焚き付け、日比谷焼打事件を引き起こしたのも当時の新聞報道だ。この結果、国民の反発を極度に恐れた小村寿太郎外相は、アメリカの鉄道王であるハリマンが、日露戦争の戦費を賄う戦時国債五百万ドルを引き受けていたにも拘らず、桂首相がハリマンと結んでいた、南満州鉄道を日米共同経営とする覚書きをご破算にしたのだが、これがユダヤの怒りを買い、その後のオレンジ計画となり、先の日米大戦の遠因ともなっている。第四の権力とも言われるメディアは国家権力の監視をするというが、メディアの監視をする機関も必要だろう。
 今の日本では日露戦争直後と同様に、メディアの誤報によって間違った政策が行われる可能性が高まっている。民主主義は共産主義に比べれば優れた制度であることは歴史が証明したが、メディアの煽動によって国民世論が誤った方向に向かうことがありうる点では、絶対的に正しい制度であるとは言えない。その民主主義の中でどれだけの自由が認められるのか。行き過ぎた言論の自由をどのように制限するかを考える時期に来ているのかもしれない。

さらなる「おわびの手紙」を
拒否した安倍首相は正しい

 昨年の日韓合意に基づき、韓国政府が設立した元慰安婦を支援する財団が、安倍首相の「おわびの手紙」を求めたことに対し、安倍首相は「毛頭考えていない」と拒否した。そもそも韓国は、従軍慰安婦二十万人強制連行という、捏造の歴史を延々と主張してきた。この二十万人が虚偽であることは、当時の新聞記事にもならず、朝鮮人の暴動も起こらなかったことなどからも明らかだ。しかしどこの国にもいたように、売春婦(慰安婦)がいたことは事実であり、日韓合意では、不本意ではあるが安倍首相が、中国寄りに終始してきた朴韓国大統領をアメリカ側に引き入れて、THAAD(最新鋭高高度迎撃ミサイル)の韓国配備を受け入れさせたいオバマ米大統領の要請に応えて「心からのおわびと反省」を表明、韓国政府が作る財団に十億円を拠出することで、この問題を「最終的かつ不可逆的に解決」するとし、実際八月末に十億円を支払っている。これに関して「おわびの手紙」という追加の要求を行うのは、約束違反だ。これまでの日本なら、その場を収めるために承諾していたかもしれないが、それだと相手の要求が増すばかりだったのは歴史が示す通りだ。安倍首相は現実的対応を行ったと思う。
 南京大虐殺も虚構の歴史だ。軍律が厳しかった日本軍では、非武装の民間人を一人でも殺せば、軍法会議で処罰された。しかし南京攻略戦に関して、そんな記録は残っていない。南京から敗走しようと揚子江の河畔に集まった十万人もの中国・国民党軍の中には、「数少ない船を奪い合った末の同士討ち、いかだで逃げようとして溺死する者も多く、宿舎への計画的な放火に絡んで捕まえた捕虜を対岸に船で渡して解放しようとしたところ、北岸の中国兵が発砲。これを日本軍が自分たちを殺害するための銃声だと勘違いして混乱した約二千人の捕虜が暴れはじめたため日本側もやむなく銃を用いた。」(十月十六日産経新聞参照)
南京大虐殺と言われる、非武装の民間人や戦闘によって捕虜とした兵を計画的に殺害した記録は一件も見つかっていないにもかかわらず、東京裁判では松井石根大将がこの虚構の虐殺の件で有罪となり、処刑された。戦後アメリカ占領軍はウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに基づき、南京大虐殺など嘘の歴史を教えることなどで、日本人に贖罪意識を植え付け洗脳した。占領軍が日本のメディアに課した新聞編集綱領(プレスコード)が今でも生きているのと同様、この贖罪意識は今の日本人の多くにも強く残っている。真の歴史を知ることで、日本人は自国に対する誇りを取り戻さなければならない。
 贖罪意識と共にアメリカから押し付けられたのは、日本国憲法だ。先の参院選で改憲勢力が三分の二を占めるようになった今、真っ当な自主憲法の制定を目指して、改憲への手続きをできるだけ早く進めなければならない。改憲勢力内でも、どの部分で改正を行うかのコンセンサスがないため、まず一回目は前文など、明らかにおかしく、国民のコンセンサスの得やすい部分の改憲に止どめ、憲法改正が可能であることを国民に理解させる。そして二回目の改憲で九条などを含めた抜本的な改正とするべきだと私は考えている。

2016年10月17日(月)23時00分校了