社会時評エッセイ

危機感を持って膨張する
中国へ対抗すべきだ
Vol.335[2020年8月号]

藤 誠志

約一万人が犠牲になった
天安門事件から三一年

 
 新型コロナウイルスの感染拡大は、様々な分野で世界中に大きな打撃を与えた。その起源の解明について、産経新聞の六月四日付朝刊一面の「コロナ 苦闘と共生」というコラムでは、次のように伝えている。「ミャンマーとの国境沿い、中国南部の雲南省に雄大な自然が広がる。この地域の廃坑に新型コロナウイルスのルーツを探る手掛かりがあった。洞窟を好むキクガシラコウモリから見つかった『RaTG13』と呼ばれるコロナウイルスだ」「広東省で二〇〇二年に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因ウイルスを調査していた武漢ウイルス研究所が一三年に発見した。全遺伝情報(ゲノム)の塩基配列を新型コロナウイルスと比べたところ、九六%が一致することが判明。新型コロナウイルスはコウモリのウイルスが変異して生まれた可能性が高いことを今年一月に突き止めた」という。コウモリは強力な免疫を持つ故に「ウイルスの貯蔵庫」と呼ばれ、この免疫に対抗するためにウイルスは進化して、人に感染した場合に毒性を増すという。こうした起源も含めたウイルス自体の研究やワクチン、治療薬の開発が、今、全世界的に急ピッチで進められている。
 そんな新型コロナ禍の中、中国の動きが活発になってきている。同じく産経新聞六月四日付朝刊の一面トップの見出しは「中国、全体主義化進む」だ。六月四日は天安門事件から三一年目だった。天安門事件とは「一九八九年四月、胡耀邦元総書記の死去を受けた学生らの追悼活動が大規模な民主化要求運動に発展し、当局が武力鎮圧した事件。六月三日夜から四日未明にかけて、学生らが占拠する天安門広場の制圧に乗り出し、軍が広場に向かう途中で多数の死傷者を出した。当局は死者数を三一九人としているが正確な人数は不明。中国政府は事件を『反革命暴乱』と規定し、再評価を拒否している」ものだ。この死者数に関しては、二〇一七年に機密解除された在中国のイギリス大使の外交電報が中国国務院のメンバーの友人の話として、約一万人だったとしていることをBBCが報じている。このように中国の発表は、国家の都合に合わせて過大だったり過小だったり。信憑性については、疑問を呈さなければならないことが多い。

香港、そして台湾へ
中国は統制を強める方向に

 「台湾侵攻危機 高まる」とのサブタイトルがついたこの記事の本文は、以下のように続く。「『(民主化運動が高まった)三一年前の北京は現在の香港のようだった。政治問題を自由に議論できた。だが今の中国はますます全体主義に向かっている』。大学一年だった三一年前、北京で民主化運動に参加した政治研究者の男性(四九)は、香港で再び血なまぐさい弾圧が起きることを危惧する」「中国の全国人民代表大会(全人代)は先月、香港に国家安全法を導入する決定を採択し、反政府デモを厳しく取り締まる決意を示した。『北京(中国当局)はすでに鄧小平路線の一国二制度を信じていない。香港の全面的な統制強化に向かっている』」「共産党が香港に導入しようとしている手法は、自らの成功体験に基づいている。一つは新疆ウイグル自治区で導入した『反テロリズムの手法による統制強化』(先の研究者)だ。中国政府は二〇一四年以降、少数民族ウイグル族ら一万三千人以上を『テロリスト』として拘束。一〇〇万人以上を『職業技能教育訓練センター』に強制収容したとされる。同じ弾圧を国際金融都市の香港で行えば混乱は世界に波及する」「天安門事件後、共産党は若者の支持を得るために国内での愛国主義教育を展開した。全体主義的な国家は、国内の諸課題への関心を対外的な問題にそらし、求心力を高める。中国当局は今後、香港でも愛国主義教育を本格導入する構えだ」「中国のインターネットやメディア上は、香港の反政府デモを敵視し、国家安全法導入を支持する声がほとんどだ。新型コロナの初動をめぐっては、三月上旬頃までネット上に政府批判の声があふれ、体制の動揺を感じさせた。ただ国内の感染状況が落ち着き、欧米諸国の被害が中国以上に膨らんだ後、そうした意見は当局の検閲と愛国的な声によってかき消された」「香港や台湾の問題は中国にとって国内問題であると同時に国際問題だ。『断固として打撃を与えなければならない』。共産党序列三位の栗戦書・全人代常務委員長は先日の二九日、『一つの中国』原則を認めない台湾の蔡英文政権を念頭に、『反国家分裂法』に基づく軍事行動を示唆した。北京のメディア関係者は『中国側が実際に台湾に武力侵攻する可能性は高まっている』と断じる」「『今の中国は第二次世界大戦前のドイツに似ている』。別の中国人ジャーナリストはこう指摘した」という。
 二〇一三年三月に習近平氏は国家主席に就任した。それまでの胡錦濤氏も江沢民氏も五年二期十年の任期で国家主席を退いていたが、習近平主席は二〇一八年三月の全人代で、この二期十年の任期を撤廃する中華人民共和国憲法改正案を成立させた。これにより習近平主席は、二期を超えて長く国家主席の座に就き続けることができるようになった。中国の習近平帝国化への道を開いたものと言える。
 米ソ冷戦の代理戦争だった、長く続いたベトナム戦争に疲弊したアメリカは、一九七一年、キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官を極秘裏に北京に派遣した。キッシンジャー補佐官は周恩来首相と直接会談を行い、米中和解への道筋をつけた。この和解を利用して、キッシンジャーはベトナムやソ連と交渉を重ね、一九七三年のパリ協定締結によってアメリカはベトナム戦争からの名誉ある撤退を成し遂げることができた。一九七二年には日中国交正常化、一九七九年には米中国交正常化が行われ、豊かになれば中国は民主化すると考えた西側諸国が、中国との経済関係を深めていった。一九八九年の天安門事件における自国民の虐殺で国際制裁を受けた中国は、日本の天皇来訪を突破口に制裁を打破した後に、急速に経済成長を達成することができた。しかし民主化とはならず、共産党一党独裁のまま豊かさを軍事力増強に回した中国は、次第に世界覇権国家となることを明確化してきた。

戦争を起こさないために
憲法の改正が必要

 一九四九年の中華人民共和国成立後、中国は内モンゴル、チベット、東トルキスタンを自治区として併合、インドやロシア、ベトナム等、陸続きの周辺国とは一通り戦ってきた。一九七九年にカンボジアに侵攻、国民の半数を虐殺した毛沢東思想を信じるポル・ポト政権を崩壊させたベトナムに対し、中国の鄧小平は「懲らしめる」と中国人民解放軍をベトナムに侵攻させた。しかしベトナム軍はアメリカ軍から鹵獲した最新兵器に加え、ソ連から援助された兵器もあり、武器効率の差で人民解放軍を撃退した。以降、人民解放軍は軍事力の近代化に力を注ぎ、その成果を出してきている。
 特に戦闘機はかつてのロシアの技術依存から脱し、独自開発の最新の第五世代戦闘機を保有している。空軍力は増強されていて日本の制空権も危うい。海軍にも力を入れていて、購入空母を改良した「遼寧」に加え、二〇一九年には初の国産空母「山東」を就役させた。あと三隻、国産空母を計画しているという説もあるが、海に浮かぶ標的艦のような巨大な空母は、今や無用の長物と言ってもよく、日本が開発中の高高度からマッハ10~20の速度で飛行し、経路を変えられる極超音速の新型対艦ミサイルⅩASM‐3を航空自衛隊の爆撃機に搭載して攻撃すれば、一撃で撃沈できる。中国が計画している空母四隻からなる空母打撃群(空母が作戦行動を行う際は海上には駆逐艦・巡洋艦、海中には潜水艦、上空には護衛哨戒戦闘機を随伴する)を造ることは、その後の運用も含めて膨大な費用がかかり、その他に回す戦費が縮小し、益々日本との戦争をできなくしているとも言える。
 今中国は海軍力を生かして、南シナ海の岩礁を埋め立てて軍事基地化を行ったり、日本人が鰹節工場を経営していた実績もある尖閣諸島を自らのものにすべく、領海侵犯を繰り返したりしている。尖閣諸島を狙っている理由は、ここを出口として太平洋へ一気に進出することができるからだ。アメリカ太平洋軍のキーティング司令官(当時)は、二〇〇七年に中国海軍幹部から、ハワイを境界として、太平洋を二分しようという提案を受けたことを明かしている。冗談だとしても、看過できない発言だ。日本近海の制海権維持には、航空自衛隊のF2戦闘機に搭載する空母キラーミサイルと、海上自衛隊のイージス艦と、深深度潜水艦に深深度魚雷が大きく貢献している。深深度潜水艦は深度九〇〇メートルまで潜航が可能で、そこから深深度魚雷を発射することができる。この世界で唯一の装備によって、日本の制海権は守られているのだ。しかし将来中国が同様の兵器を導入してくれば、日本の制海権は危なくなる。
 一九五二年のサンフランシスコ講和条約の発効直前に韓国は李承晩ラインを宣言、竹島を軍事的に占領した。日本は憲法第九条があるために、軍事力によってこれを奪還できず、今に至っている。同様に中国が尖閣諸島に上陸した場合、日本国憲法を考えると自衛隊が奪還戦争を行うことができるのか、非常に難しい判断が必要となるだろう。では自衛隊に代わってアメリカ軍が戦ってくれるのか。どの国も基本は自国第一主義であり、他国のために自国の若い兵士の血を流すことはアメリカ世論が許さないだろう。憲法第九条があれば戦争に巻き込まれないというのは愚かな主張であり、むしろ九条のために日本が戦場となる可能性が増している。日本の安全保障のためにも、改憲が必要なのだ。

中国に対し宥和ではなく
力の均衡を重視した対応を

 対中宥和的な二〇〇九〜一七年のアメリカのオバマ政権の八年間で、中国の軍事力、経済力は大きく伸びた。その後をヒラリー・クリントンが継いでいれば、中国はさらに力を付けて、日本等周辺国を貶めようとしてきたはずだ。しかしトランプ大統領は、中国の膨張を抑えるべく、しっかりと対中強硬策を打ち出し、今ではこの方針は共和党だけではなく民主党の支持も得ている。後手に回った新型コロナウイルス対策や白人警官による黒人男性死亡に対する抗議デモ等の懸念材料があるが、「強いアメリカ」を標榜し、中国に世界覇権を握らせるなと対中強硬論を掲げるトランプ大統領は、相当な確率で今年の選挙で再選を果たし、二〇二四年まで大統領を続けるだろう。一方安倍首相は来年二〇二一年までが自民党総裁の任期だ。任期到来で退任すれば、現状では強力な首相候補も存在せず、また一年ごとに首相が変わる弱い政権が続くことになる。総裁任期をもう一期延ばして二〇二四年までとするべきだ、そうしなければその間に中国は日本を呑み込もうとするだろう。
 産経新聞の記事にあるように、香港に国家安全法制導入を決める等、中国政府は香港の一国二制度を蔑ろにし、全土の全体主義を強化しようとしている。香港の次は台湾であり、新型コロナウイルス対策の成功で支持率を大きく上げている蔡英文総統を失墜させるべく、軍事行動に訴えることもあり得るだろう。記事中にあるように「今の中国は第二次世界大戦前のドイツが第三帝国を千年王国と称していたことに似てきている」と言える。例えば一九三八年のミュンヘン会談を想起すればいいだろう。この会談ではイギリス、フランス、イタリア、ドイツの首脳が集まり、ドイツが主張するチェコスロバキアのズデーテン地方の領有を巡って協議を行ったが、結局イギリスのチェンバレン首相(当時)の宥和政策によりドイツの言い分を認めたことが、後の第二次世界大戦に繋がった。その二の舞にならないためには、膨張の野心を露骨に顕してきた中国に対して「宥和」ではなく、強硬路線も含んだバランス・オブ・パワーを維持する対応を取るべきなのだ。香港や台湾の延長線上には、必ず日本がある。まず日本が危機にあるという認識を持たなければならない。そして今日本に必要なのは、独立自衛の国家に相応しい憲法への改正と、これを成し遂げることができる力強い政権だ。
 そのためにも国会で些末なことによる揚げ足取りのような論法で安倍政権を批判する野党は、もっと国益に沿った建設的な議論をすべきだ。
 まずは安倍政権という強い現政権を維持すべく、自民党の党則を改正して総裁の任期を三期九年から四期十二年に延長、二〇二四年まで安倍首相がその任を全うできるようにする。そしてアメリカに依存することなく自衛隊がしっかりとその力を行使できるような憲法に改正すべく、議論を開始するのだ。衆参ともに今であれば、憲法改正の発議に必要な三分の二の賛成をぎりぎり確保できる可能性があり、憲法審査会で本筋の議論でもないことで引き延ばし、発議をさせないようにしている野党議員にとらわれることなく、衆参両院で議決して憲法改正の発議をすべきである。
 新型コロナウイルスの背後で中国は着実に目的に向かって手を打ってきている。日本も危機感を持たなければ、新たに勃発したこの新米中冷戦の下、どんどん中国の勢力下に取り込まれ、いつの間にか「中国日本自治区」となってしまっているだろう。私はこの暗黒の未来を深く憂慮する。

2020年6月8日(月) 17時30分校了