社会時評エッセイ

スレイマニ殺害は
金正恩への警告だ
Vol.330[2020年3月号]

藤 誠志

イラクで米兵等六百人を
殺害したスレイマニ司令官

 一月九日の新聞の一面は、イランによるアメリカ軍への報復攻撃一色だった。例えば読売新聞は「イラン、米軍攻撃」「『報復』弾道ミサイル」という見出しで以下のように報じている。「米国防総省は七日(日本時間八日午前)、米軍や有志連合の部隊が駐留するイラクの基地に対して、イランが十数発の弾道ミサイルを発射したと発表した。イランは、米軍がイランの精鋭軍事組織『革命防衛隊』のスレイマニ司令官を殺害したことを受け、報復攻撃を実行したとの声明を出した」「国防総省によると、攻撃はイラクの現地時間で八日午前一時半頃に行われ、イラクの首都・バグダッド西方のアサド空軍基地とイラク北部のアルビル近くの基地が標的になった」
「米メディアによると、現時点では米国人への被害の報告はない。トランプ大統領は米国時間の七日、ツイッターに『現在、犠牲者と被害状況の確認が行われている。今のところ順調だ!』と書き込んだ。『我々は世界中に最も強力で、装備の充実した軍隊を持っている』とも記し、イランをけん制した」「米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)によると、アサド空軍基地はイラク西部における米軍の活動拠点で、無人機(ドローン)や偵察機の発着地としても利用されている。近年は、有志連合に参加しているオランダ軍部隊も駐留している」という。「イラク北部クルド自治区のアルビル近くにある基地は、イラク北部やシリア東部でのイスラム過激派組織『イスラム国』掃討作戦の拠点として使われている」「一方、イランの革命防衛隊は八日、スレイマニ司令官殺害に対する報復として、アサド空軍基地に向けて地対地ミサイル数十発による攻撃を実行したとの声明を発表した。声明は、米国が反撃すれば『より痛みが大きく壊滅的な対応に直面することになろう』とし、さらなる攻撃を行う可能性を示唆した」という。
 「スレイマニ司令官は、イラン革命防衛隊のエリート部隊『コッズ部隊』の司令官であった。イラン革命防衛隊は中東で高度な対外工作を行い、シーア派民兵のイラクでの訓練などを行なっている。二〇一九年四月にアメリカのトランプ政府は、イラン革命防衛隊を『外国テロ組織』に指定した」また「彼の殺害に対し『報復』を誓ったイランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師とは、強い繋がりを持っていた」という。またスレイマニ司令官の「重要性」については元アメリカ軍司令官の言葉として、(彼は)「イランが中東の『シーア派三日月地帯』と呼ばれるエリア(イランからイラク、シリア、レバノン南部までを含む)を制覇する計画においての『建築家』」であり、「イラクだけでも六〇〇人以上のアメリカ兵士、そして多くの連合軍やイラクの仲間や、シリアなど他の国でも人々の命を奪った」と伝えている。私はこのスレイマニ司令官殺害は、トランプ大統領が望む相手を望む時に殺害できるということを示すために行ったと考えている。誰に示したかったのか。それはもちろん北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に、だ。

トランプ大統領は再選戦略として
金正恩の斬首をちらつかせ
朝鮮半島の非核化を迫る

 イランの弾道ミサイルによる報復に対し、アメリカのトランプ大統領は翌日、死傷者が出なかったこともあり、軍事力による反撃は行わないと表明、事態のエスカレーションは回避された。そもそもイランとアメリカが全面戦争になる恐れはなかった。世界一の軍事大国であるアメリカと本気で戦った場合、壊滅的な打撃を受けるであろうことは、イランのハネメイ師も十分に理解していたからだ。今回のイランの弾道ミサイルによる攻撃でアメリカ人の死傷者が出なかったのは、イランがイラクに攻撃を事前通告し、さらに通常人のいない格納庫など、人的被害が出にくい標的だけを狙ったからだろう。予告なしにもっと多くの弾道ミサイルを米兵の集まる場所に撃ち込んでいれば、一人の死傷者も出ないということはあり得なかった。
 イラン国営テレビは弾道ミサイルの発射シーンを放送、さらにその後戦果として、八〇名以上の「アメリカ人テロリスト」が死亡したと伝えた。これらは復讐心に駆られているイラン国民を満足させるために放送されたのだろう。実際にアメリカ人に多数の被害を出すような攻撃を行っていたならば全面戦争になり、核関連施設が全て一気に破壊される事態もあり得た。またアメリカの攻撃にイスラエルが便乗してくることも十分に可能性のあることだが、イランとしては仇敵であるイスラエルから何らかの被害を受けることは、最も耐え難い屈辱だろう。そう考えていくと、今回のイラン政府の「報復」は国内向けにもアメリカ向けにも、ぎりぎりのバランスを保った抑制された軍事行動だったことがわかる。
 トランプ大統領の今最大の関心事は、今年十一月の大統領選挙で再選を勝ち取ることだ。彼は再選に北朝鮮問題を利用しようと考えている。二〇一八年六月にシンガポールで史上初の米朝首脳会談が行われて以来、二〇一九年二月、二〇一九年六月と三回に亘って会談が行われたが、朝鮮半島の非核化は一向に進んでいない。トランプ大統領は北朝鮮に対して何らかの手を打つと思われるが、あまり早いと再選へのプラス効果が少なくなってしまう。年明けから徐々に強硬姿勢を見せているのは、トランプ大統領としては既定路線だったのではないか。ただあまりにも直接的な圧力を掛けることは、核武装国となった北朝鮮に対しては危険だ。
 私はラスベガスのベラージオで毎年行われる年越しパーティーに招待されて参加しており、そこで退役したアメリカ空軍准将と意見交換を行っている。彼が言うには、アメリカ軍による金正恩委員長の「斬首作戦」は既に出来上がっており、トランプ大統領がサインをすればいつでも実行できる状況だそうだ。しかし作戦はまだ行われてはいない。

アメリカが無視できない
イスラエルからの圧力

 北朝鮮は短距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイルまでは核弾頭の搭載が終了、実戦運用に入っていると見做されている。しかし一万キロを超えるアメリカまでの射程を持つ大陸間弾道ミサイルに関しては、大気圏への再突入技術の確立がまだ不十分だ。かなりの高度にまで上がった後に落下するため、落下のスピードが速くなり、弾頭部に非常に高度な耐熱性能が求められるからだ。北朝鮮がこの関門をクリアしてアメリカへの核攻撃が可能となる前に、何としてでもこの大陸間弾道ミサイルと核兵器の小型化への核実験を行わせないというのが、トランプ大統領の本音だろう。まだ核兵器が完成していないイランよりも北朝鮮の方が、アメリカにとっては大きな問題なのだ。
 さらにそこにアメリカの友好国イスラエルの思惑が絡んでくる。イスラエルが脅威に感じているのは、北朝鮮ではなくイランの方だ。一九八一年にイスラエルは「先制的自衛」と称して、イラクのフセイン政権が核開発を行っていた原子力施設を爆撃して破壊した「前科」がある。アメリカはイランの核施設の排除までを、イスラエルから強く求められていたのではないだろうか。もしアメリカができないのであれば、またイラク同様イランの核施設も爆撃する可能性もイスラエルは示したのかもしれない。そこでイランに圧力を掛けることで、北朝鮮への圧力にもなる…と考えられたのが、今回のスレイマニ司令官の殺害だったと思われる。
 現地時間の一月三日の未明、イラクのバクダッド空港から二台の車で移動していたスレイマニ司令官とシーア派民兵組織「カタイブ・ヒズボラ」の指導者をアメリカ軍の無人攻撃機「リーパー」がミサイルで攻撃、殺害した。トランプ大統領は金正恩委員長に、乗る車まで特定して攻撃、殺害可能なことを示したかったのだろう。メッセージは明確で、核の小型化実験や大陸間弾道ミサイル発射実験を行えば、斬首作戦を行うぞという意味だ。実際、平壌市民がスレイマニ殺害の報に触れて、北朝鮮もアメリカ軍の無人機攻撃を受けるのではとの不安が広がっているとの報道もされており、目論見通りの効果を発揮した可能性がある。
 一方イランに対しては、アメリカは当初から報復はあるにせよ、全面戦争にまで発展するリスクは少ないと見積もっていた。また報復してくれば、イスラエルが強く望んでいるイランの核関連施設を破壊する「口実」になるとの思惑もあったはずだ。事態はそこまで発展しなかったが、トランプ大統領のスレイマニ司令官殺害は、概ねその目的を達成したのではないだろうか。

東アジアの平和のために
自衛隊の国防軍化を急げ

 いつの時代にも戦争は行われている。これに備えるのは抑止力としての攻撃力を持つことだ。なぜなら、平和はバランス・オブ・パワーを維持することのみで達成されるものだからだ。しかし、日本は憲法九条が足枷となり、抑止力となる軍事力を十分に保有できずにいる。このままでは、日本は膨張する中国の勢力下で、「中国日本自治区」となってしまうだろう。それは、太平洋西半分は中国、東半分はアメリカと、二分することを意味し、アメリカにとって脅威だ。ここに日米が強く連携をして、日本の抑止力強化を行わなければならない必然性がある。
 今年のアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が再選されることは確実だと私は考えているが、そうであればトランプ大統領の任期に合わせて安倍首相も自民党党則を再度変更して総裁四選を可能にし、首相の任期を二〇二四年まで伸ばすべきだ。そしてこれからの四年間で、憲法改正を二回に亘って行う。一回目は自民党が改正素案を示している通りに憲法に自衛隊を明記、二回目で九条二項を削除する等を行い、自衛隊を明確に国防軍とする。二回も行わずに一回で済ませればという意見もあるだろうが、今の世論を考えれば一回で国防軍創設は国民投票が通らない。まず自衛隊明記で改憲が可能であることを実感した上で、世論を盛り上げて次の段階の改憲に挑むべきだろう。日本を、国防軍を持つ独立自衛の国家として、絶対に中国に組み込まれないようにするのだ。また核への対応は、日本にとっても重要だ。北朝鮮の核兵器の射程に日本は入っているが、日本を守る核の傘は事実上存在しない。アメリカが北朝鮮に核による報復を行うか否かが、甚だ疑わしいからだ。憲法改正と共に非核三原則を撤廃し、アメリカとニュークリア・シェアリング協定を結んで東アジアの核バランスを維持する必要がある。
 中国の軍事的・地勢的膨張と北朝鮮の核問題は、日本にとっても早急に対応すべき大きな脅威だ。しかし間違った教科書で学び、間違ったメディアの報道に馴染んでしまっている日本国民の多くは、これらに無頓着で、望まない戦争は起こらないと高を括っている。しかし、現実の世界では、こちらが望んでいなくても相手が望めば戦いは勃発し、やすやすと勢力下に抑え込まれてしまう。先の大戦終結から七十五年後にようやく訪れた安倍政権下での憲法改正と、自衛隊を国防軍にするチャンスを、決して逃してはならない。

英米の羅針盤 まだ揺れる

 一月十二日の読売新聞朝刊に、旧ソ連の崩壊をいち早く予想したフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏の「英米の羅針盤 まだ揺れる」というタイトルのインタビュー記事が出ていたので、その抜粋を紹介する。

「第一の問いは、英米はどこに向かうのか。」
 市場経済本位のグローバル化は英米で貧富格差を広げ、特に労働者層が犠牲になった。「米国第一」のトランプ氏、「反欧州移民」の英国のEU離脱は脱グローバル化であり、「ナショナル化(国民国家回帰)」への転換に違いあるまい――。
 EU離脱とトランプ大統領選出はともに、既成秩序に対する大衆の反逆でもありました。
 英米の既成秩序に連なる中流層は「反EU離脱」「反トランプ」として激しく抵抗している。英国は三年半の迷走を経て一月末、EUを離れますが、一件落着とは言えない。米国でトランプ氏は今年、抵抗の表れの一つと言える、弾劾裁判に臨みます。
 英米社会の分裂には教育程度の階層的な差も絡んでいる。高等教育をおえた中流層はグローバル化の享受者で、中等教育にとどまる労働者層を見下す傾向がある。米大統領選の民主党候補ヒラリー・クリントン氏がトランプ氏支持者を「惨めな集団」と形容したのは一例。英米の中流層からは「万国の学士・修士・博士よ、団結せよ」という反ナショナル化の声が聞こえてくるかのようです。
 英米ともに内部対立は甚だしく、羅針盤の針はまだ揺れています。
「第二の問いは、米中対立の行方です。」
 トランプ氏の登場を機に米国で世界戦略を立てるエリートの意識が変わった。米国は数十年後、中国に取って代わられるという恐れを認識したのです。私見では、米国は中国の覇権防止という結論に至った。米中対立は貿易問題から世界秩序に関わる地政学問題に移っているのです。
 トランプ政権の対中攻勢は中国の覇権の芽を摘み取る戦略ですが、米中対立の行方は予断を許しません。
「第三の問いは、欧州の運命です。」
 EUは欧州随一の経済大国、ドイツが支配する地域機構になってしまいました。英国が抜けると、ドイツの力は更に突出します。
 ドイツは戦術は合理的だが、戦略展望がなく、勝てない戦争に猛進してしまう――。非合理です。
 欧州は総体として少子高齢化が進み、ドイツの代表する豊かな「北」の国々とギリシャに典型的な貧しい「南」の諸国の経済格差が広がっています。私見ですが、ドイツは南に対し、経済戦争を展開している。
 欧州を主戦場とする二十世紀の二つの大戦は非合理なドイツが原因でした。今、三度目の自己破壊へ進んでいるのではないか。私は憂慮しています。
「第四の問いは、人間の性差の揺らぎの行く末です。」
 人間には生と死と同様に、性差という条件がある。手術で外見などは変えられますが、真の性別変更はできない。
 それでも性差否定論が盛んな背景にあるのは、現代人のアイデンティティーの危機です。自分が男なのか、女なのか、人間なのか、何なのか分からなくなっている。原因は行き過ぎた個人主義です。
 人々はグローバル化で国民国家が弱体化したことにも伴って、帰属する集団を見失いつつある。現代人は戸惑い、人間の条件さえもわきまえなくなっている。
 私は不安です。人々がアイデンティティーを疑い、危機が深まれば、その解消手段の一つは、敵を作り、感情に訴えて帰属集団を再編成する、戦争であるからです。

 日本は、彼の「第四の問いの」未来予測が現実とならないように、正しい日本の誇れる歴史を知り、独立自衛のできる国家となるためにも、一日も早く憲法を改正しなければならない。

2020年1月17日(金) 18時00分校了