社会時評エッセイ

「正義の戦争」と「公正な平和」

藤 誠志

オバマ大統領の「核廃絶」は目新しいものではない

 昨年4月にチェコのプラハで行った演説で、核兵器の禁止を目指すと表明したアメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した。まだ実績のない彼に賞を贈るというのは、将来の核廃絶に強く期待してのことだろう。しかし一旦作られた核兵器が廃棄されることはない。唯一例外は南アフリカだが、これは白人政権がその後の黒人政権に核を委ねるのを嫌い、あえて廃棄したものだ。アメリカは北朝鮮の前にも、インドやパキスタンなどに対して核開発の放棄を訴えてきたが、どの国も結局核開発を継続し完成させている。完成前は経済制裁など強硬姿勢をみせるアメリカだが、一旦開発してしまえば北朝鮮に対してそうだったように、さらなる拡散防止のために、態度はむしろ柔軟になる。オバマ大統領が核廃絶の演説をしたからといって、アメリカが自らの核兵器を廃棄するという話ではなくて、これから核を持とうとする国に対して持たせないように牽制しているのだ。
 核兵器はあまりにも威力が大きいために、保有する量と脅威が比例しない。アメリカが多少減らしても、他国に対する威嚇効果は十分である。要するにオバマ大統領は、保有国の段階的な核兵器削減と引き換えに、核の拡散を防ぎたいだけで、これは何も目新しい話ではない。12月11日の読売新聞の国際面に、『米CNNテレビとオピニオン・リサーチ社が9日発表した世論調査によると、オバマ大統領が「平和賞受賞にふさわしい成果を上げた」との回答は19%で、10月の受賞決定直後の調査から13ポイントも低下した。「ふさわしくない」は逆に67%から80%に上昇した』とあるように、かなり疑問のあるノーベル平和賞の受賞なのだ。

ただ求めるだけでは平和は達成できない

 しかしオスロでのオバマ大統領の受賞演説は非常に良かった。特に私が感動したのは、「我々は単なる運命の囚人ではない、我々の行動には意味があり、歴史を正義の方向へと向けることができる」とする『正しい戦争』という概念と、『公正な平和』という言葉を口にしたことだ。彼のいう平和の本質とは、『平和は単に目に見える紛争がないということではない。すべての個人の持つ尊厳と生来の権利に基づく公正な平和だけが、本当に持続することができる』のだという。
 これまでに第三次世界大戦は起こっていないが、第二次世界大戦から今日まで、世界中で戦争を上回る悲惨なことが行われてきた。例えば中国で毛沢東が何をやったのか。彼は自らの独裁体制の確立と権力維持のために、戦争での犠牲者の比ではない多数の自国民を犠牲にしてきたのである。1960年代後半から1970年代前半まで続いた文化大革命は毛沢東が劉少奇から政権奪還を目的として始め、その後中国共産党指導部内の大規模な権力闘争となり、これが大衆を巻き込んだ大粛清へと発展していった。この共産党指導部に扇動された暴力的な大衆運動によって、当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医師、弁護士などの知識人等が弾圧の対象となった。その後、弾圧の対象は中国共産党員にも及び、多くの人材や文化財などが甚大な被害を受けた。文化大革命が起こる要因ともなった大躍進政策もあわせると、行方不明者を含めた虐殺数は、推計で約3000万人から約7000万人と言われ、これらの政策によって中国の経済発展は30年遅れたと言われている。なお現代中国政治を専門とする政治学者の中嶋嶺雄は中華人民共和国建国後、起こした人民への弾圧・迫害・虐殺行為など犠牲者総数は、2億人前後に及ぶと推計している。
 また、カンボジアのボル・ポト政権下では、1976年からわずか4年間で国民の3分の1、200万から300万人にも及ぶ人々が虐殺や飢餓により死に至らしめられた。昨年私が訪れたルワンダでも、1994年のわずか100日の間に80万~100万人もの人々が虐殺された。フツ族の大統領の搭乗機がミサイルで撃墜され大統領が死亡したことをきっかけに、政府軍及びフツ族強硬派民兵などによって百万人ものツチ族の市民が虐殺されたのだ。
 再びオバマ大統領の演説を引用する。『自由に話したり、好きなように礼拝したり、自分たちの指導者を選んだり、恐れず集会を開くといった権利が否定されている場所では、平和は非常に不安定なものになると信じる。抑圧された不満が募り、部族や宗教に根ざしたアイデンティティを抑えれば暴力につながりうる。我々はその逆も真実であることを知っている。欧州は自由になった時、やっと平和が訪れた』。戦争がないことを平和と捉えている人が多いが、オバマ大統領が言う通り、それは正しくない。抑圧されている状況が平和と言えるだろうか。現体制が崩壊してみないことにははっきりした数字はわからないだろうが、北朝鮮でも恐らく百万人を超える人々が飢餓や弾圧、迫害、虐殺行為などで犠牲者となっており、今も15万人を超える人々が強制収容所に収容されている可能性が高い。そしてこれまでに多くの日本人をはじめとした外国人を拉致していて、今も解放していない。そんな国が今や核兵器を持ち、日本の大都市に照準を合わせている。さらには中国、ロシアと、日本は核保有国に包囲されている。オバマ大統領の演説の中には『平和が望ましいという信念だけで平和が達成できることはめったにないことを知っている。平和には責任が必要だ。平和には犠牲を伴う』という一節もある。今の東アジアの状況下では、友愛を主張すれば平和が保たれるなどという鳩山首相のような理想主義は、非常に危険なことと言える。

鳩山首相は連立を解消し、政策ごとのパーシャル連合で政権の主導権を確立せよ

 普天間基地問題一つをとっても、鳩山政権は連立パートナーの社民党とアメリカの板ばさみで苦しんでいる。この件に関する鳩山首相の指導力のなさを見ると、この政権も先行きは短いのではと思わざるを得ない。12月11日付けの朝日新聞の政治面に『連立ゆさぶる小党』という見出しの記事がある。『福島、亀井両氏は発言力を強めようと携帯電話などで連絡を取り合い、閣僚懇談会でも連携。基本政策閣僚委では両氏が事実上の「拒否権」(亀井氏)を握り、瀬戸際戦術を展開している』『菅氏は「福島政権でも亀井政権でもない(のに)」と不満をあらわにした』しかし『両党の強気の背景には、議席構成がある。民主党は衆院で3分の2に迫る308議席をもつが、3分の2には13議席たらないし、参院では過半数(122)に7議席足りない。この現実から連立離脱に恐怖を感じ、何としても連立を維持したい小沢民主党幹事長の思惑を仄聞しながらの参院選向けの強気戦略と言える』
 私は、「連立解消で民主党は、参議院で過半数を割ってねじれ状態になったとしても、自民党から共産党まで全ての野党が結束することはまずないので、ここはパーシャル連合で政策の一致する党や議員と連携すれば良い」と思う。だから思い切って、連立を解消して懸案の政策を早急に決定すべきだ。でないと、社民党と国民新党に振り回され続けることになる。その姿はかつて尻尾が胴体を振るように公明党に翻弄され、次第に支持を失い、政権与党の座から滑り落ちた自民党に重なる。
鳩山首相には、早急に毅然とした決断が求められるだろう。それができなければずるずると支持率を落とし、国内のみならず海外からも信頼を失っていく。民主党の「ばらまき」マニフェストは野党の時に作ったマニフェストで、実際の政権運営に直面して、その通りには物事が進まないことが明らかになってきた。このタイミングでもう一度、民主党政権としてやるべきことを、過去のマニフェストに捕らわれずに描くべきではないか。とにかく今のような迷走ぶりでは、周辺国からなめられる一方だ。
 日本が再び強国となって対抗してくることを恐れたアメリカは、占領時代、徹底的な日本弱体化政策をとった。しかし彼らも、戦後六十四年経ってまで、こんなにも弱体化の効果が残るとは思ってもみなかっただろう。自分の事を決められない国民に、自分の政権の方針を決められない総理。草食系現象が日本をすっかり覆っている。その一つの例が、12月11日の朝日新聞の夕刊に出ていた。『米留学尻込み』という見出しで、日本人のアメリカへの留学者が、1997年の47000人をピークに減少、2007年には34000人になったという。逆に中国からアメリカへの留学生は10年前の2倍に増えているそうだ。記事によると、『「留学して英語を身につけたい」という学生でも、アメリカに対して「競争が激しい」という印象を強く持ち、「ゆっくりリラックスして学びたい」とカナダやオーストラリアを希望する学生が目立つ』とのこと。いつから日本人はこんなにも気概を失ったのだろうか。

早急に求められるまっとうな政権の登場

 選挙の結果とは言え、政策が一致しない「選挙当選互助会」とも言える民主党にこれまた政策が真反対な連立2党が加わり、意見がばらばらで何事も決まらない、こんな今の与党の状況は酷過ぎる。そんな中、民主党の小沢幹事長は総勢六百人、国会議員を143人も含む訪中団を率いて中国を表敬訪問した。胡錦濤国家出席とのツーショットではしゃぐ小沢氏の姿は、客観的に見て情けない限りだ。しかもこの訪中の手土産としたのが、中国の次期国家主席候補の習近平国家副主席と天皇陛下との会見だ。海外要人と天皇陛下との会見は、通常は1カ月前までに文書で申請しなければならない「1カ月ルール」といった慣例があるにも拘わらず、12月15日の会見が中国側から要請されたのは11月の下旬だった。一旦は断ったが、中国側からの再度の強い要請に応えたい鳩山首相の意を受けた平野官房長官が、宮内庁長官の羽毛田信吾氏に電話で2度にわたって強く要望して、結局強引に設定したという。ルール無視の暴挙については、羽毛田長官も異例の記者会見を行い、経緯を明らかにするとともに、「2度とあってほしくない」と発言。鳩山首相の指示の背後に、これを訪中の手土産にしたい小沢氏の強い希望があったのは明らかだ。天皇を政治的に利用する悪しき前例を作ってしまった。
 中国ではほとんど報道されない多数の国会議員を連れての訪中、さらにルールを曲げて天皇会見を実現させたというのは、小沢氏の個人的な力を誇示するセレモニーに他ならず、中国への恭順を示すまるで朝貢外交のような姿勢は、今後ますます中国を増長させることになり、日本の国益にまったく合致しない。鳩山政権は、普天間の迷走にせよ、中国への接近にせよ、天皇の政治利用にせよ、そのありように危惧を感じざるを得ないことばかりだ。その根本にあるのが、表面は鳩山だが、実質は小沢という民主党の権力の二重構造だろう。今の小沢氏から感じられるのは、かつての毛沢東のような、独裁者の匂いだ。毛沢東は大躍進政策の時、他の共産圏諸国に媚を売って自身の国際的立場を有利にするために、自国よりも豊かなソ連や東欧諸国に食料の無償提供を行った。そのせいで数千万人もの自国民が餓死したのである。本来どこの国でも政治家は誇れる国づくりをして、自国民の繁栄と国益を守ることが仕事だ。しかし小沢氏が今やっていることは、中国に擦り寄って自らの権力を見せつけることである。小沢氏は自民党幹事長時代に「担ぐ神輿は軽くてパーなのが良い」とうそぶいた。今の元気のない谷垣自民党の流れからすると、民主党は次の参議院議員選挙にも勝利して、過半数を獲得する可能性が高い。しかしそれまでに小沢氏による首相の首のすげかえもあるのではないだろうか。かつて国家主席を選び続けた中国の鄧小平のように、また刑事被告人となっても総理選びの力を持ち、キングメーカーと呼ばれた田中角栄のように、小沢氏は自らは総理となることなく、次から次へと総理を替えていくのだろう。本当にそれで、日本はいいのだろうか。
 オバマ大統領のノーベル平和賞の演説には、視野の広い世界観と、しっかりとした自分自身の哲学があった。これらのことは、残念ながら鳩山首相からは全く感じられない。政治家としての格の違いをはっきりと見せつけられた感じだ。一日も早く日本はまっとうな政権と総理とを選び出し、独立自衛の国家戦略の下に結束して、国を立て直さなければならない。さもなければ、早晩中華勢力圏内に日本は取り込まれてしまうだろう。ロシアもこの日本の劣勢と相対的な中国の増長を警戒し、日本の中国侵略の「始まり」とみなされている張作霖爆殺事件の定説を覆す、ソ連特務機関犯行説の公表を7~80年も経ったこのタイミングで行ってきた。この「ロシアカード」を使って、「真の近現代史観」に立脚した誇れる国日本の再興を、今まさに目指すべき時ではないだろうか。