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ビッグトーク246(BIG TALK) 国の飛躍的な発展のためには 知恵を世界から求めることが必要だ

一九六〇年の独立後、軍事政権や内戦を経て一九九九年に民政に移行。十年前の民生開始以降政治的な安定を高めているナイジェリア連邦共和国。駐日大使のゴドウィン・アボ氏に、アフリカ最大の人口と石油をはじめとした豊富な資源を持つナイジェリアの現状をお聞きしました。

古くから王国が栄えていた
肥沃な土地・ナイジェリア

元谷 本日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。

アボ こちらこそありがとうございます。代表はこれまで読者の皆様に時事問題を広く伝える事に成功されています。これに非常に感銘を受けました。

元谷 そのように言っていただけると、大変うれしいです。私はアフリカへ何度も足を運び、ウガンダ、ルアンダ、ケニア、南アフリカ、エジプト、モロッコ、チュニジア、リビアなどを巡ってきたのですが、まだナイジェリアを訪問したことはありません。聞くと、アフリカで最も多くの国民を抱える国だそうですね。

アボ その通りです。ナイジェリアの人口は約一億六千万人。世界最大の黒人国家で、アフリカの黒人の四人に一人がナイジェリア人ということになります。国土の広さは日本の約二・五倍。周囲をニジェール、チャド、カメルーン、ベナンとギニア湾に囲まれた国です。

元谷 まさにアフリカの中心にありますね。

アボ ナイジェリア自体は西アフリカに位置しますが、その規模ゆえにアフリカの中心的な役割を果たしています。

元谷 多くの日本人がナイジェリアのことを良く知りません。国土が日本の二・五倍というのはなんとなく想像ができても、人口が日本の一・二倍と聞くと、「えっ」と驚く人が多いのではないでしょうか。今日はそんな読者のために、いろいろと教えていただければ。

アボ 日本は物理的にもアフリカから遠いし、過去に植民地化された経緯もないことから、日本人にとってはアフリカやナイジェリアについてあまり知らないのでしょう。しかしそんな状況は変わりつつあります。今ではたくさんのナイジェリア人が日本でビジネスをしたり日本人女性と結婚したりしています。日本語を流暢に話すナイジェリア人もたくさんいますし、日本からナイジェリアへもビジネスや観光でたくさんの日本人が訪れています。

元谷 まず歴史のお話から。ナイジェリアには長い歴史があります。アフリカにはあたかも歴史がないかのように、「暗黒大陸」などと呼ばれていましたが、これは西欧白人列強の勝手なイメージ付けであり、実際にはヨーロッパ人がやってくる前から多くの国が栄え、固有の文化を持っていました。この辺りを教えていただけますか。

アボ どのように歴史を勉強したかによっても違ってくるとは思いますが、確かな事は、アフリカにも歴史があると言う事です。人の起源をアフリカに見出した歴史家もいます。ナイジェリアは世界でも特別で主要言語が三つも存在しています。ハウサ語・イボ語とヨルバ語です。驚くべきはナイジェリアという国には二百五十もの異なる部族がそれぞれ違う言語を使っている事です。ご存じかとは思いますが、一九一四年にイギリスに併合される前までは、ナイジェリアの地には数多くの王国が存在していました。そのような多様性、それぞれの文化や歴史や食文化といった要素がナイジェリアを面白くしているのです。

元谷 イスラム教徒は多いですか?

アボ ナイジェリアは多宗教国家で国教というものはありません。ナイジェリア全土でイスラム教徒を見かけますが主に北部に集中しています。キリスト教徒は南部に集中しています。また、伝統的な宗教を信仰している人たちもいます。イスラム教徒とキリスト教徒が半々ですね。

民から民への政権移譲も実現
民主主義がすっかり定着

元谷 首都はラゴスではなく、アブジャになるのですか?

アボ そうです、ナイジェリアの首都はアブジャです。ラゴスは経済の中心地です。一九九一年にラゴスからアブジャに遷都しました。

元谷 気候はいかがですか?

アボ ナイジェリアには乾季と雨季があります。十一月から三・四月までが乾季でだいたい三・四月から十月までが雨季です。北部は北アフリカに近い事もあり乾燥していて熱いです。他方、南部は熱帯雨林気候です。南部は土地が肥沃なためカカオ、キャッサバ、とうもろこし、綿花、パームヤシ、落花生にゴムなどが育ちます。

元谷 その他にはどんな資源がありますか。

アボ そうですね、先ほどの農作物以外では、石油が非常に豊富です。ナイジェリアは、世界の産油国の中で第八位にランクされるほどの生産量を誇っており、日に二百五十八万バレルの生産能力を持っています。また鉱物資源も豊富で重要な産業の一つです。銅やスズ、コロンバイト、ビチューメン、石炭、ライムストーン金などが採れます。また、教育を受けた健康で豊富な労働力も、ナイジェリアの大きな資源です。

元谷 北部と南部で大きな違いがありながらも、紆余曲折を経て現在の政治的な安定を獲得したということが興味深いです。スーダンの様に国土が二分されることがナイジェリアにも起きると思いますか。
アボ この質問に対する答えははっきりしています。ナイジェリアは今もこの先も二分される事はありません。一九六七年から一九七〇年にかけて起こった内戦もナイジェリアが一つである事を確実にしました。神父様もおっしゃる通り「神の合せ給ふものは、人これを離すべからず」です。ナイジェリアは一つです。分裂することなど考えられません。国家としての課題がないわけではないですが、国を分裂することなく問題を解決していこうとしているのです。ご承知の通り、ナイジェリアには民主主義が定着しており、西アフリカの国々に対しても民主主義の定着を働きかけています。シエラレオネやリベリア、最近ではコートジボアールでのナイジェリアの果たした役割を思い起こしていただければと思います。

元谷 かなり状況は良くなっていますね。
アボ はい。ナイジェリアの政治体制は今非常に安定しており、民主的なプロセスを日々学び、改善していっています。数十年もたてば必ずやナイジェリアが民主政治の基準となることでしょう。

ナイジェリアの発展の鍵は教育

元谷 政権も安定したところでこれから重要なのは、やはり教育でしょう。日本が明治維新の後、急速な近代化を果たすことができたのは、江戸時代から寺子屋や藩校などの教育システムが整備されていたからです。ナイジェリアは国土も大きく資源にも富み、人口も多い。教育さえ進めば今後の発展性は非常に高いのではないでしょうか。

アボ おっしゃるとおりです。ナイジェリア政府も教育には重きを置いており小中学校は学費が無料なだけでなく義務となっています。また、就学率を一〇〇%にすべく政策を進めています。ご指摘の通り、学校に行く年齢に達した子どもの人口やインフラなど課題はまだまだあります。現在ナイジェリア政府は高等教育の分野での課題を解決すべく大学等の増設に加え私立学校の設立を促しています。

元谷 明治時代になって日本は俗にいう「お雇い外国人」を多数雇用して、欧米の技術や学問を吸収していきました。能力のある人を広く世界に求めたのです。この外国人たちがブースター効果を生み出し、日本を飛躍的に発展させていきました。これに倣い、ナイジェリアでも石油など豊富な資源から生み出される資金を使って、世界中から優秀な人材を集めて要職に起用していけばいいのではないでしょうか。

アボ ナイジェリアにはたくさんの課題がありますが、優秀な人材については多くのナイジェリア人有識者や専門家が、言葉の面でも有利な為、欧米で活躍しています。国連や世界銀行、国際通貨基金といった国際機関で活躍しています。このような人材を生かすべくナイジェリア政府は海外在住のナイジェリア人を繋げるための機関を設置しました。南アフリカがアパルトヘイトの後半に経験した事とナイジェリアとでは事情がかなり違います。一九六〇年にイギリスから独立する前にイギリスはナイジェリア人を教育し、その後国を引っ張っていく人材を育てました。そのため、独立と同時に国を引き継ぐことができる人材が育っていたのです。

元谷 能力のある個人をヘッドハンティングするのが良いと思います。「お雇い外国人」は個人単位で、国家や企業とは無縁でした。国家や企業単位での「助っ人」を依頼すると、上手く利用されて美味しいところをもっていかれる羽目になりかねません。特に中国とか・・・。

アボ 先ほども申し上げた通り、ナイジェリアには優秀な人材の卵がたくさんいますが、今ナイジェリアが最優先で求めているもののひとつに技術的な援助があります。国益に基づき、お願いする先をアメリカだったり、日本だったりと複数の国にしています。日本の技術はシンプルでわかりやすくて、使いやすくてさらに耐久性があるので、ナイジェリアの企業は日本の製品をひいきにしています。

日本からの投資と支援

元谷 
定年退職した日本の熟練労働者が世界の注目を集めているという話もありますね。ウガンダに行った時には、青年海外協力隊でやってきた日本人が非常に多かったのに驚きました。ナイジェリアではいかがですか?

アボ 特にTICAD(アフリカ開発会議)に係わる支援の分野でたくさんの日本人が活躍しています。TICAD(アフリカ開発会議)のおかげで、たくさんの青年海外協力隊とシニア海外ボランティアの人々がアフリカ中にやってきて、皆非常に助かっています。日本とナイジェリアの関係は以前からかなり親密なものです。

元谷 ナイジェリアのコストが低い労働力を求めて多くの企業が入ってくるでしょうが、携帯電話の通信網とか流通網とかを、特定の企業や国に牛耳られないように気をつけて。その点、日本人や日本の企業は大丈夫です(笑)。

アボ もう一度強調しておきますが、ナイジェリアは絶好の投資先です。日本の企業に対してもこの機会を見逃さない様働きかけています。適正なビジネスを歓迎しており、海外からの投資を保護する政策も実施しています。私が駐日大使として来日してから三年が経ちました。毎年ナイジェリアから企業団を訪日させて、日本企業に対して投資に関する説明を行ったり、意見交換をしたりして、パートナー関係が築けるような機会をつくってきました。その甲斐あって、トータルでは一兆円の民間からの投資をいただくことができています。

元谷 それは素晴らしい。大使の本国での評価も鰻登りでしょう。ナイジェリアと日本の今後の貿易をどのように見ていらっしゃいますか。

アボ 今後も良好だとは思いますが、改善の余地もあります。日本はナイジェリアの石油や天然ガス、鉱物を必要としていますし、ナイジェリアは日本の技術や投資、今後の発展のための支援を求めています。とにかくナイジェリアには有望な投資案件が目白押しです。発電や鉄道、道路、通信のインフラ構築から食品加工、原油や天然ガスの精製、そして農業や鉱物資源など枚挙に暇がないほどです。すでに丸紅、双日、味の素、日揮、ヤマハがナイジェリアでのチャンスを生かそうとしています。

元谷 農業はいいかもしれません。美味しい作物を作ることにかけては、日本の農業技術は世界一でしょう。これを導入すれば、かなり投資効果の高い作物を作ることができるはずですよ。

アボ その通りです。現在でもすでにたくさんの日本の技術がナイジェリアでの農業に活用されています。ナイジェリアをアフリカへの投資の「ハブ」として活用していただき、さらに多くの国への投資を着実に広げていくことも可能です。マーケットとして見た西アフリカも将来有望。これらを見据えた事業展開もぜひ考えていただきたいですね。

先人の業績を学ぶことが
国のさらなる繁栄に繋がる

元谷 
観光でナイジェリアに行った場合には、どんな場所を訪れるのがおすすめでしょうか。

アボ ナイジェリアにはたくさんのおもしろい観光スポットがあります。オシュン=オシュグボの聖なる木立や、ヤンカリ動物保護区、アルグング魚釣り大会、ニュー・ヤム・フェスティバル、バダガリーの奴隷貿易跡地、オグタ湖、オブニケ洞窟などはとても面白いと思います。数多くのナイジェリアの彫刻を収めたラゴス国立博物館やナイジェリア国立劇場、そして夜はアフリカでも有数のミュージシャンが演奏を行うライブハウスがラゴスの見ものです。日本からも毎年数百人の観光客がナイジェリアを訪れています。

元谷 
わかりました。ひとつ大使にお願いが。先日南アフリカでもネルソン・マンデラ財団の責任者の方にお話したのですが、日本が日露戦争に勝利し、その後先の大戦まで数々の戦いを行ったからこそ、多くの有色人種が自信と誇りを取り戻し、独立を果たすことができたのではないかと。今では国連加盟国の半分以上が有色人種の国です。しかし国連はまだ日本を敵国と見做す旧敵国条項を撤廃しようとはしません。この撤廃に助力をいただきたい。また日本の国連安全保障理事会の常任理事国入りへの支持もぜひお願いしたいのです。

アボ ナイジェリアと日本は長年友好国としての関係を保ち今ではそれが急速に高まりつつあります。現在日本とナイジェリアは国連安保理改革について意見を同じくしています。日本が果たしている重要な役割について世界各国が承知していることと思います。例えば、日本は国連に対し世界でも二番目の規模の貢献をしています。TICADプロセスを通じてのアフリカへの支援の規模から見てもアフリカの国々にとっての友人です。この二国間の関係を強化するためにもナイジェリアはいつでも日本をサポートする用意があります。
元谷 
今後とも、日本とナイジェリアのためにがんばってください。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

アボ 日本の教育制度は世界で最も優れたものの一つですし、平均的な日本の若者は今の世界で成功するために必要な競争力と創造力を備えています。日本の文化や価値観を守ると同時に、日本の若者が世界に通用する人材になるためにも、もっと国を出て、異なる文化に自分をさらしてほしいと思います。今や日本は、特に車や電化製品、ハイテク分野で一つのブランドです。これからの日本も引き続きこのブランド力を保てるかどうかは若者にかかっています。
元谷 
私も全く同感です。大使にもぜひ勝兵塾に来ていただいて、講演をしていただきたいですね。すでに六カ国の駐日大使にも入塾していただいていますの。

アボ お誘いありがとうございます。考えてみます。
元谷 
よろしくお願いします。今日はありがとうございました。

ゴドウィン・アボ氏
Godwin Agbo
1957年エヌグ州の州都・エヌグ生まれ。ナイジェリア大学にて1984年科学学士号を、2007年法学士号を取得。製薬マーケティング会社の経営、南エヌグ州ナイジェリア中央政党議長、州初等教育委員会委員長、南北エヌグ連邦代議員を経て、2008年より現職。

対談日:2011年11月2日